仕えていた者、従えていた者



「お兄様……」


稲妻を離れていく船を見つめていると、隣から綾華が私を呼ぶ。振り返れば悲しそうにこちらを見あげる妹と目が合った。


「私、知っています。お兄様は……」

「綾華。ひとつ昔話をしようか」


私は綾華の発言をわざと遮りながら、目線を再び船の方向へと向けた。その対象は徐々に小さくなっており、もう少しすれば、形すら分からないほどになってしまうだろう。


「これは私達が生まれる前、とても遠い昔話だ」



はるか昔、そこには妖怪と呼ばれる人ならざる存在が多くいた。その妖怪の中でも、精霊と呼ばれる存在について話そう。

精霊とは、ありとあらゆるものにやどる存在だ。炎だったり、水だったり、氷だったり……今回私が話すのは花に宿る精霊についてだ。


その花の精霊は武芸……特に刀についての心得があった。見知らぬ存在が領地に踏み入る時、その武芸で敵を撃退していたそうだ。

その技に魅入られた将軍様は花の精霊に自分の武芸を伝授し、その技を伝えていくことを使命として与えた。


ここまでの話は以前伝えたかな?
では次は、その花の精霊にまつわる話ではなく、その本人について話をしよう。

花の精霊と言えど、複数の種類が存在していた。花はたくさんの種類があるだろう?
それと同じで花の精霊もたくさんの種類がいたんだ。

先程話した花の精霊は『桔梗』の花の精霊で、女性だったそうだ。ここからは桔梗の精霊と呼ぼう。


彼女は大切な存在の為に力を振るう。桔梗の精霊は大切な存在がいるからこそ、本領を発揮する精霊だった。

だが、桔梗の精霊は心の底から大切だと思える存在がまだいなかった。共に育ってきた仲間は当然大切な存在だけれど、桔梗の精霊の力が発揮するための条件になる存在は当時はいなかった。


……しばらくして、桔梗の精霊は心の底から愛する存在ができた。その存在は人間の男性だった。

どのような機会で2人が出会い、そして結ばれるまで至ったのかは分からない。けれど、警戒心の強い彼女が心の底から信頼し、そして愛している存在だから周りは2人を祝福した。


桔梗の精霊は人間の男性に一途だった。対する人間の男性も、桔梗の精霊の愛を受け止め、そして精一杯返していた。

周りは2人の愛は確かなものであると認めた。種違いの愛はあると言わせたんだ。

そんな二人の間に子供が生まれた。桔梗の精霊と人間の男性の血を持つ男の子だった。桔梗の精霊はいずれ現れる大切な人のために武芸を磨くようにと、自分の子に言い聞かせた。

この武芸は大切な人を守りたいと思ったその時、真価を発揮するから、と。
その話は500年ほど前の話だった。


「桔梗の精霊、武芸……! まさか、」

「こらこら、まだ話は終わっていないよ」


同じく私の話を聞いていたトーマが、何かに気づいたのか声を漏らす。しかし、まだ綾華が気づいていない様子なので、わざと声を遮る。


「すみません、若」

「いいんだよ。さ、話を戻そうか」


今から500年前、桔梗の精霊はその武芸を買われ、とある戦争に選抜された。悲しむ家族を諭し、必ず帰ることを約束した。……だが、桔梗の精霊は帰ることはなかった。

彼女は戦場で散ったのだと、家族に報告があったからだ。


当然、男も、2人の子も悲しんだ。特に男の方は桔梗の精霊の死に酷く嘆いた。

周りは子供がいることも考え、新たな出会いはどうかと提案した。しかし、男は聞く耳を持たなかった。彼女以外ありえない、と。……その様子を見ていた者はこう語ったという。『桔梗の精霊』による呪いだと。


時は流れ、2人の子は大人と呼べるほどまで成長した。母である桔梗の精霊から継いだ武芸を身につけ、稲妻へ貢献した。

そんな彼も愛する女性を向かい入れ、そして子を授かった。……薄くなったとはいえ、その子もまた桔梗の精霊の血を継いでいた。

そしてまた、何かの運命なのか桔梗の精霊の血と人間の男の血を持つ子も、愛する女性とその子供を置いて逝ってしまった。
だが、彼の父親と同じく、彼女もまた再婚という考えはなかった。

桔梗の精霊の血は次第に薄くなり、遂には特徴だったものも次第に小さくなっていった……。その様子を当時を知る者は呪いが小さくなったのだと物語っていた。

だが、目に見える特徴は少なくなり、始まりの血が薄くなれど、その性質は全く変わることは無かった。桔梗の精霊の血を持つものは、愛した者を永遠に愛し、その思い出に相手を捉え、自分も囚われる。
また、桔梗の精霊の血を持つものに愛された者も同様だ。


桔梗の精霊の血を持つ者は、特徴として青紫の髪色に蒼色の瞳を持つ。
また、1度愛したものに誠実に愛する。……同時に愛されたものは、受けてきた愛に縛られ、死ぬその時まで相手を想い続ける……。


「さて、これは本当に愛と呼べるのでしょうか」


話は以上、と言うように締めくくり、2人の反応を伺う。


「思ったより壮大な背景があったんですね」

「ええ。私も初めて知った時は、その壮大さに驚いたよ」


トーマの言葉にそう返していると「お兄様」と私を呼ぶ綾華の声が聞こえた。
妹の方へ振り返るとこちらを見上げる綾華と目があった。


「きっと、その時間が幸せだったからこそ、相手方は再婚という道を選ばなかったのだと思います。それを簡単に呪いと言っては悲しいです」

「幸せだったから、か」

「お兄様。お兄様は桔梗院家の血によることを分かっていても……愛していたのでしょう?」


綾華は分かっていた。そしてきっと、トーマも知っていた。

私自身、何度も駄目な事だと、無駄な事だと思ったことか。
それでも目的のために動く姿や、自身の分身である幼子に対する眼差し、私に秘密を明かしてくれた当時の表情……気づけば彼女を部下として見ていなかった。

桔梗院家の血について知っていなければ、私は彼女の想い人から引き離し、強引に自分のものをしていたのだろうか。


だが、それを知らなかったとしても、彼女を見て思う事は一緒だろう。……彼女は彼しか見えておらず、また彼しか愛していないことを。

桔梗の精霊が女性だったということもあって、何故だか彼女がその本人ではないかと勘違いしてしまいそうだ。そんなこと、一言も聞いていないというのに、ね。


「あんな様子を見ていては、入る隙などないだろう? 再会して、ようやく自由になれたんだ……その先の未来を祝福することが、元上司による最後の務めさ」


話し込んでしまったからか、もう船の姿は見えなくなってしまった。
……名前、どうか幸せに。稲妻に戻った際は、思い出話を土産に神里屋敷へいらして構いませんからね。







2023年05月05日


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