死兆星号での日常



※捏造あり



「あ、おはよう万葉」


朝。
朝餉をとりに食堂へ行けば、拙者に気づいて振り返る愛おしき妻……名前がいた。彼女の挨拶に「ああ、おはよう名前」と返して席に着く。


「楓真は先にご飯食べて友達と遊びにいったよ」

「そうでござったか」


隣に座りながら楓真について話す名前。どうやら宵宮殿の元にいた頃から早起きだったようで、朝餉を取るとすぐに遊びに行ってしまうようだ。
元気でなによりでござるな。


「名前も既に食べた後でござるか?」

「そうだよ。だってまだとっていない人もいるから、その人達の朝餉を用意しなきゃ」


名前が死兆星号内で担っている役割、それは主に家事だ。食事の用意、船内の掃除、船員の洗濯など……。やっていることは主婦そのものなのだが、残念なことに拙者だけにやっているのではない。


「おー、名前ちゃん! 朝餉頼むぜ!」

「あ、おはようございます! すぐに用意しますね!」

「俺は大盛りで頼む!」

「はーい!」


この部屋は食事のために設けられた場所であり、共用だ。料理担当を任せられた名前は、当然拙者以外の船員に食事を用意する。

隣に座っていた名前は椅子から立つと、駆け足で調理場へと戻っていく。その様子を食べ物を咀嚼しながら見送っていると、近くの席に先程入ってきた船員達が座った。


「いやぁ話してるところわりーな、万葉」

「気にしておらぬ故、心配無用でござる」

「しかし、名前ちゃんが料理担当になってから船で食べる料理が美味しくてたまらねーぜ!」

「やっぱり花があるのはいいことだよなぁ」


名前の料理は船員に好評だ。彼女が料理担当を担うことになったきっかけとして、北斗の姉君に料理を振る舞ったのが始まりだ。

名前は所謂花嫁修業なるものを受けていた時期がある。だからこそ、将来妻となるために必要なことを身に付けている。料理もその一つだ。


「それに、あの子が掃除した場所はめちゃくちゃ綺麗なんだよな〜」


時間を見つけては掃除もやっている名前。掃除以外にも、家事のコツとやらをトーマ殿から教わったようで、鼻歌を歌いながらやっていることもしばしば。


「洗濯物なんて綺麗に畳んでくれてるんだもんな〜。馴染みの洗剤使ってるはずなのに、良い匂いがするぜ」

「良い嫁だな、万葉が羨ましいぜ〜」


こうやって名前を褒める言葉を聞いたのは何度目だろうか。自分の事の様に誇らしく思うのは当然なのだが、少しだけ黒い感情が生まれている自分がいる。


「名前ちゃん、おかわり!」

「はい、ただ今!」


名前は優しい心の持ち主だ。人の為に尽くすその性格もあり、船員からの信頼を早々に勝ち取ったのだ。

船に馴染めていることを喜ばしく思わねばならぬのに、拙者の心は徐々に黒く染まり出している。醜い嫉妬でござる。


名前は昔から人見知りで、交流の幅が狭かった。だからこそ支えてやらねばならぬという気持ちが当時は強かった。
だが、名前の元を離れて5年ほど……彼女は人見知りな部分はなくなっていた。これは宵宮殿のお陰であろうな。


だが、本心は……拙者だけにその笑顔を見せて欲しい。そう思うのは、これまで酷い仕打ちをさせられていた彼女に対して酷な願いなのだろうか。


「けど、戦闘の時は人が変わるよなぁ……」

「そうそう。武芸に優れているとは聞いていたけれど、あそこまで血の気が多い子になるとはなぁ……」


なんて考えていると、話が変わっていたようだ。どうやら次の話題は、戦闘中の名前についてらしい。


海の上だと海賊に襲われる事がある。実際、名前と楓真を船に向かい入れてから何度か襲撃があった。その際、非戦闘員は船の奥に避難するのだが……



『北斗さん、私にお任せください。あの賊の長を倒してきます』

『え、おい名前!?』



これは少し前に海賊に襲われた時の話だ。
名前は姉君の制止の声も聞かず、足に力を入れて賊の船に飛び込んだのだ。力強く飛び上がったというのに、着地は足音立てず軽やかに。……そして。



『な、なんだ!!?』

『ヒイィッ、お助けを〜〜〜ッ!!!』


あっという間に下っ端と思われる者達を戦闘不能にして……。


『チッ、外れか!! ずらかるぞ!!』


撤退にまで追い込んでしまったのだ。
その時襲ってきた海賊達は最後まで名前の姿を捉えられなかったようで、目に見えないものによる襲撃に倒れ、怯えたことで数分の内に撤退したのだ。


『ふぅ。何とか追い返しましたね』


軽やかに船に戻ってきた時の名前はまさに仕事人。
あの時の名前の清々しい表情と、それを傍観していた船員達の温度差は激しいものでござった……。


『流石母上でござる! 見事な剣術でござった!』


そして、母親の勇姿を見ていた楓真は大きな瞳を輝かせていた……。楓真は名前に憧れている事を前に聞いていたので、その勇姿を見る事ができて嬉しかったのだろう……。



「万葉の嫁さん、ある意味なんでもできるよな……」

「怖いもの知らずって感じだよな」

「なぁ万葉、お前の嫁さんって何か弱点とかあるのか?」

「弱点、でござるか?」



あると言えばある。……だが、もしかすれば会えていなかったこの数年間で克服している可能性がある。


「ふふっ。……それは拙者だけが知っておれば良い」


名前の弱点……というより、苦手なもの。それは”幽霊”でござる。理由は幼き頃に本人が話していたことなのだが……



『だって幽霊ってすり抜けちゃうんだよ!? つまり倒せないって事だもん……!』



という理由である。愛らしい弱点であろう?
今度それとなく聞いてみようか。いまだに幽霊は怖いのか、と。



「なんか機嫌良いな、万葉……」

「さっきまで笑ってるのに目が笑ってない感じに見えたのは気のせいだったのか……?」



拙者の耳が良いことは知っておるはずなのに、声を潜めて話す船員に敢えて気づかないフリをして、朝餉の用意をする名前の背中を見つめた。


……後に聞いた話だが、名前の様子を見る拙者の眼差しは、まるで甘いものに更に甘みを足したようなものだったらしい。

ふむ、結局『甘い』ことに変わりないと思うのだが、何が違うのだろか?







2023年06月04日


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