死兆星号・南十字船隊



「わああ……! 大きいでござるな……!」

「そうであろう? 今日からここが拙者達の暮らす場所でござるよ」



目の前には見覚えのある船……死兆星号が見えている。楓真はこの船をいつも遠目で見ていたらしく、乗船できることに目を輝かせている。
その隣で楓真に死兆星号について語っている万葉。そんな2人を少し遠くから離れて見つめていた時だ。


「新天地に思いを馳せる……良いことです」

「綾人様! それに綾華様にトーマさんも!」


後ろから聞こえた声。振り返ればそこには綾人様と綾華様、そしてトーマさんがいた。


「今日が出発日だって聞いたから、見送りに来たよ」

「忙しい中、ありがとうございます」

「名前さんと楓真くんのために時間を作るのは、当然のことですから」


わざわざ時間を作っていらしてくれた……優しい方達に巡り会えたことに幸運だと常々思う。


「おー、万葉! 戻ってきたな!」


3人と話していると、聞き覚えのある凛とした声が聞こえた。その声が聞こえた方へ振り返ると、頭の中で浮かんでいた人物がそこにいた。


「北斗の姉君。今戻ったでござるよ」

「ん? アタシの目がおかしくなったのか? 万葉が二人いるような……それも一人はちっこい」

「拙者は楓真だ!!」

「紹介しよう。拙者の息子、楓真でござる」

「お前に息子!? ま、こんだけそっくりだとそう思わざるを得ないな」


死兆星号・南十字船隊の長である人物であり、昔万葉について依頼した際に受け入れてくれた懐の広い女性……北斗さんだ。

当時初対面した際、私は頭巾と一緒に口元も隠していた。そのため、彼女は私の素顔を知らない。ま、知られなくて良いと思っていたから気にはしていないのだけど。


「で? 相手は誰なんだ? ……前々から散々言い聞かされた例の女性か?」

「うむ。そこにいるでござるよ……名前」


こちらを振り返りながら万葉が私を呼ぶ。私は綾人様達に一礼し、自分を呼ぶ彼の元へと歩く。


「はじめまして。万葉から話は聞いています。私の名前は…」

「初めましてじゃないだろ? ……漸くアンタの素顔と名前を知れたよ、名前」


こちらを捉えた赤い瞳は、前に見たものと変わらない。力強く、そして不思議と頼りになると思わせる。そして、その笑顔は相変わらず安心できるものだ。


「漸く? どういうことでござるか?」

「話してなかったのか?」


北斗さんが私を見ながら問いかける。その問いかけに対し、私は目を逸らしてしまった。私の反応を見て察してくれたのか、北斗さんは私から万葉へと視線を移した。


「万葉、お前がうちの船に乗るように誘導した存在がいただろう?」

「ああ。確か終末番だったと思うが」

「彼らは貴方を探し出し、北斗さんの船に誘導しただけです。北斗さんに直接交渉した人がいるのですよ」

「綾人様」


私達の会話を聞いてなのか、綾人様がこちらへ近づいて来た。……しかも、どこか含みのある言葉を添えて。


「交渉? そういえば、先程北斗の姉君が……」


何かに気づいたのか、万葉が私を見る。目が合った瞬間、また私は目を逸らす。……その反応は完全に何か隠してるってバレてる。


「名前。お主何かあの件について知っておるな?」


言葉が完全に確信を持っている。隠し通せないと思い、私は深い溜息を吐いた後、頭に浮かんだ言葉を口に出した。


「えっと、実は北斗さんに交渉したのは……私、です」

「名前。もう1つ忘れていますよ、北斗さんの船を私に提案したのも貴女でしょう?」

「うぐっ」

「おぉ、そうだったのか! それは知らなかった!」


どうして言っちゃうんですか、綾人様ぁ……!
できれば隠して欲しかったのに、北斗さんに綾人様は口が軽いのだろうか……いや、綾人様については態との可能性がある。あの方は私生活では割と悪戯好きであることを知ってる。


「万葉さん。貴方が思っている以上に名前は貴方の為に色々と行動してくれていますよ」

「そうでござったか。……苦労をかけた」

「私がやりたかっただけだから気にしないで」


隠せないと分かった私は開き直ることにした。それに、万葉のためと思えば苦だとは思わなかった。これは事実だ。


「あ、そうだ。北斗さん」

「うん? なんだ?」

「万葉から今回より私も死兆星号に乗ることを聞いたのですが……」


少し前に聞いた話について北斗さんに尋ねる。万葉を疑っているわけではないのだけど、確認しておきたかった。


「おう! というより、ずっと前から言ってたぜ。確か、目狩り令の件が片づいたあたりからだったか」

「名前の存在を目視で確認できた時でござるから、そのくらいであるな」

「当時の万葉と言ったら、お前の事ばかり考えてて暫くは仕事に手がつかなかったんだぜ」


北斗さんは当時の事を語りながら笑い、対する万葉は少し気まずいのか目を逸らしている。何でもそつなくこなす万葉がそんな状況だったとは思わず、ちょっと驚いているのは本人に内緒だ。


「けどまぁ、まさか頼みに来たアンタが万葉の嫁だったとは思わなかったぜ!」

「え? 嫁??」

「あ? 違ったか? あぁ、許嫁だっけ……あんま変わらないだろ」


北斗さんの発言に固まってしまう。万葉のヨメ、よめ……嫁?!


「わ、わた、私が……万葉の……」

「万葉、言ってなかったのか?」

「違うでござるよ、北斗の姉君。これは慣れていないだけだ。前にしっかりと拙者の妻だと言っておる」

「なんだ、そう言う事だったのか! 真面目なイメージがあったけど、ちゃんと女の子らしいとこあるじゃないか」


改めて言われると、その……照れてしまうと言いますか。実感がわいて動揺してしまう。


「素面のあんたを知れて嬉しいぜ。改めてこれからよろしくな、名前。そして楓真」

「はい、よろしくお願いします。北斗さん」

「よろくし頼む、北斗の姉君!」


北斗さんに挨拶を終え、遂に私達は死兆星号へと乗船した。そして、綾人様に見送られながら私は生まれた国・稲妻を発つ。


「外から見た鳴神島はこんなにも綺麗だったんだ……」


任務で別の島へ行くことがあったというのに、鳴神島の全貌を見た事がなかった。機会はあったというのに、目的に囚われていて見る余裕がなかったというのが正しい。


「稲妻の外の国は、稲妻とは違った美しさがある」

「万葉、」

「これからを名前と楓真3人で見る事ができる。拙者はそれが嬉しいでござる」

「楽しみでござるな、母上!」


私と万葉の間にいる楓真が、笑顔を見せながらこちらを見上げる。


「……うん、私も楽しみだよ!」


今この時だけは母親ぶらずに、素直な気持ちになってもいいよね。
船の上から浴びる風は潮の香りが混ざっていて、初めてではないはずなのに新鮮さを感じた。







2023年05月01日


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