※2023年生誕日に公開された「グルメの旅『璃月グルメ集』第四期」から唐突に思い着いた話
※時間軸は序章「僅かな繋がりを求めて」より前(どのくらい前かは皆さんの想像にお任せします)
※ちょっと暗め
※主人公は回想のみ登場
※いつもより短め



「……今日も騒がしいな」


否、賑やかと言うべきか。
そう自分の発言に自分で訂正を入れながら見下ろすのは、望舒旅館へ食事を取りに赴いた凡人達だ。その中には冒険者だったり、恐らく恋人と思われる男女……そして、家族など様々な客が訪れていた。


様、いらっしゃいますか?」

「……なんだ」


自分を呼ぶ声が近くから聞こえた。降りてくればそこには現在の望舒旅館のオーナーであるヴェル・ゴレットがいた。
何用かと問えば、食事の用意が出来ているとのこと。


「……そうか」


フンッ、我がいればこのように食事を用意するなど、律儀なやつらだ。用意して貰っているのならいただくとしよう。我はオーナーの横を通り、望舒旅館の調理場へと階段を降りる。


「……! この匂いは」


階段を降りる途中、料理の香りが漂ってきた。その匂いは我が凡人の作る料理でよく食すものである杏仁豆腐のものともう一つ……。


「……これは」


ハスの花パイと呼ばれている料理。……あやつが、名前が好んでいた料理、ハスの花パイだった。


「あぁ、いらしていたのですね。料理はできあがっています、どうぞ召し上がってください」


我の存在に気づいたのか、調理場にいた男、言笑はこちらを振り返った。言笑の言葉に我は頷き、料理の置かれた食台へと足を進め、近くの椅子に腰掛けた。

彼の料理の腕は評価している。ただ、何故ここにハスの花パイを同時に置いたのかが疑問だった。


「本日は様のお誕生日だと聞いています。ですので、本日の食事にハスの花パイを加えてみたのですが……お気に召されませんでしたか?」


どこか不安げな表情を浮べる言笑に、気にしてないことを告げる。そう言うと言笑は「そうでしたか」と安心した表情へと戻った。


「お口に合わなければ、いつでも申してください」


そう我に伝えた後、言笑は調理場の奥へと戻っていった。どうやら今は忙しいようだ。外の客の数をみれば明らかか。


「……!」


杏仁豆腐を食べる前に我は一口、ハスの花パイを口に含んだ。その味はかつて名前が作ってくれたものと似た味をしていて……懐かしさを感じた。
咀嚼を繰り返せば広がる味と、憎しみで奥に追いやっていた懐かしい記憶が呼び起こされた。



『これ、の好みに合わせてみたのだけど……どうかしら』

『美味い』

『本当に思ってる? 無理して言ってない?』



それは自分の好きな料理であるハスの花パイを作っていた名前から、1つだけいただいて食べたときの会話。当時、何気なかった日常の一部。

勝手に食べたことに対しては何も言わず、ただその味が我に合っているかを問うていた。


『お前は我の味の好みを把握しているであろう? それが更に改善されただけだ』


だが、我は知っている。自分の好きな料理であるハスの花パイでさえも、我の好みの味に近付けようとしていたことを。そして、その味を好きになろうとしていたことを。

その行動は我の心を温かくするには十分だった。



『それならいいけど……あ、杏仁豆腐はいる? 材料はあるから作れるわよ』

『では、いただこう』



我の返答に名前は笑みを見せ『分かったわ。少し待ってて頂戴』と言って背を向けた。料理を待つ間に見る彼女の背中が好きだった。動く度に揺れる髪束が愛おしかった。

……しかし、その背中は暫く見ていない。否、我の不注意によって見失ってしまったのだ。



「……っ」



食事を取っているだけだというのに、どうして胸が痛い。何故こんなにも張り裂けそうなほどに痛む。業障とは違う何かによって身体が蝕まれているような感覚がする。

同時に目元が熱くなっていく感覚がする。……可笑しいな、我はもう涙を流す方法を思い出せないと言うのに。



様。いかがでしたか?」

「悪くなかった。……ただ」

「ただ?」


食事を終え、席を立つと言笑がこちらへ駆け寄ってきた。彼の問いかけに我は一言で終えようとしたのに……続きがあるような言いぶりをしてしまった。

言ってしまった事はすぐに撤回できない。悩んだ末、我は続きを話すことにした。


「しばらくハスの花パイは良い」

「やはりお気に召されませんでしたか?」

「否、そうではない。……我の問題だ、味は悪くなかった」

「そうでしたか……はい、承知しました」


言笑は我の言葉の意図をどう汲み取ったのか知らぬが、こちらの要望をあっけなく了承した。食器を片付ける言笑を横目に我は階段を登り、定位置とも呼べる最上階の屋根へと腰を下ろした。

……以前であればこの隣にはあやつもいたのに、な。
隣に手を這わせればすぐ傍にあるはずだった存在……温もり。それは今はなく、手が感じ取った感覚は空気のみ。



「……また」



また、お前の作ったハスの花パイが、杏仁豆腐が食べたい。
そう思っていると、遠くに見える雪山から風が運んできたのであろう冷たい空気が我の元を通り過ぎていった。

その空気がまるで名前みたいだ、と感じてしまった我は重症だろうか。やつから感じる空気とも、冷気とも違うと言うのにな。







2023/04/19


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