※2023年ホワイトデー



運命
それはよく聞く言葉ではないが、時偶に耳に入ることがある言葉でもあった。

それは幸福な意味を指し示すことや、残酷で考えたくもないものを告げてきたりと、いい意味とも悪い意味とも取れる言葉だ。


「運命の番、か」


凡人が書いた書物によれば、それは目視できない赤い糸で結ばれているらしい。その言葉を聞いて思った事がある。



『おい、お前……泣いているのか……?』


初めて名前と会った時、あやつは泣いていた。普段ならそんな者見て見ぬフリをしていたと思う。幼き頃から他と関わる事が苦手だったはずなのに、あの時名前に声を掛けたのは、もしかすれば見当の付かない”何か”を感じ取っていたのかもしれない。


『あなたは……?』


___淡い水色の瞳に我を映し出す名前が、自分にとって最初で最後の運命の相手だった事を。



「急にどうしたんだよ、運命とか言っちゃってさ」

「まあまあ。でも、唐突だよね」

「独り言だ。流してくれていい」


そう言えば彼ら……空とパイモンが望舒旅館を訪れていたのだった。決して忘れていたわけではない。旅の話を聞かせてくれていたのだ。

我は璃月から離れる事ができんからな。彼らの話は興味深い。璃月の外に興味がないと言えば嘘になるが……名前が目を輝かせながら話すものだから、少しだけ気になっている。


「運命って言えば、この前神子から押しつけられた話に、運命の番って内容の娯楽小説があったよな!」

「あぁ、あれね……確かにそうだったけど内容が……」


娯楽小説?
小説は知っているが、娯楽小説とは初めて聞いた。新種の小説か?

娯楽小説は分からんが、運命の番という単語は気になる。


「なんだ、その言葉は他国でも知れ渡っているのか?」

「どうなんだろう? でも、唐突に思い着くことはないだろうから、元ネタはあると思うよ」

「もとねた」

「えぇっと、始まりというか、思い着くきっかけになったものって言うか……あ! 発想なら意味が分かるか!?」

「ああ。理解できる」


なるほど。もとねたというのは発想するに至ったきっかけという意味なのか。凡人は様々な言葉を知っている。


「内容はアレだったけど、運命の番ってと名前もそうだったのか?」

「うん? 何故だ?」

「小説の内容だから根拠が薄いかもしれないけど、二人はどうだったんだろうなーって。だって二人とも本当に仲がいいじゃん」

「それにそれに! 璃月の人はお前達を理想の夫婦像として挙げているんだってな! 前に鍾離が教えてくれたぜ!」

「て、帝君……」


確かにそう言っていた者はいた。終いには帝君にも言われる始末……いや、決して恥ずかしいと想っている訳では無いのだが、少しだけ変な感覚を覚えてしまうのだ。
昔、我と名前を見て仲間達はからかい、そして羨ましいと言っていたな……まぁ、名前を他に渡す気などないが。


「……今思えば、その運命に当てはまるのやもしれん」

「おおおぉ……!」

「だが、そういうものは互いが惹かれ合うのだろう? 我は名前に対しそう感じたが、名前がどう感じたのか……」


やつは優しい。慈悲に満ちた美しい仙人ひとだ。
確かに夜叉一族でいえば名前は変わり者だ。仲間達に避難されていたという話は納得できてしまう。我らは戦う事を好んでいる故、大人しいやつは珍しいどころか気にくわない者もいるだろう。

……というより、実際にいたのだ。
魔神戦争で名前は自身の力を開花させた。その姿を見たある者は彼女を希望と呼び、賞賛の言葉を掛けた。だが、別の者……特に、名前を良く思っていなかった者たちは気にくわないのか妬みの言葉を影から飛ばしていた。

フンッ、仙人が聞いて呆れる。
我らの世界は実力が全て。陰口など叩く暇があればその力を示せば良かったものを。まぁ、その者達の行方は知らぬ故、今どうなっておるのか分からんがな。


話が逸れたが、まぁ……名前は優しさで我と共に生きているのでは無いか、悠久の時間を共にすると誓ったのではないかと思う事がある。
でも、それでも我は、今更拒絶の言葉を聞こうがそれに頷く事はできぬ。

それほどに彼女を愛し、離す事ができなくなってしまったから。もし我を差し置いてまたどこかへ行ってしまえば……それも、我以外の男となれば。

間違いなく我は___



「そんなに考え込まなくてもいいと思うよ」

「え?」

「知ってる? の事を話してる名前さん、いつも楽しそうなんだ」


空が話してくれたのは、我について話す名前の様子……何だかんだ聞くのは初めてか。まぁ、我が他と関わる機会が少ない事が原因であるのだが。


「自分の事の様に話すよな! なんか名前が段々のお姉ちゃんに見えてきたぜ」

「言っておくが、名前は歳下だ」

「え、そうだったのか!?」

「とは言っても誤差だ。それに、仙人は生きた年数ではなく、その者が成したことを評価する。故に年齢の違いで区別はしない」


……とはいったが、我は名前を実力で評価し番に選んだわけではない。むしろ、名前にあのような力が備わっていたことに驚いたのだから。

戦闘に長けた夜叉に守る力・癒やす力が宿ることはないと思われていた認識を、あやつは覆した。この例は帝君も珍しいと仰っていたため、稀な事例だったのだろう。


「俺からすれば、どっちもすごいと思うけどなぁ」

「オイラもそう思うぜ! すごいやつらと友達になってることが今でも驚きだぜ!」

「お前達は璃月を救った英雄であり、そして我の大切な存在を見つけ導いてくれた……感謝してもしきれない」

「後者の方が大きそうだな……」

「そういえばこんな話を聞いたよ。二人の話は色んな方向でも有名なんだって」

「有名?」

「璃月では理想の夫婦像がと名前さんの事を指してるでしょ? バレンタインの日に偶然聞いたんだけど、小説のネタとかにされてるみたいだよ」


その話自体は昔から言われていたため知っていたのだが、まさか他の国でも知られていたとは。
……この気持ちは何なのだろう。喜びに近い何かを感じている。悪い気はしない。


「稲妻では二人の話を元にした恋愛小説があるよな!」

「フンッ、題材にするのは構わんが創作物が我らを超えられると思わないことだな」

「そこでも張り合うんだな……」

「けど、元が有名なことと璃月では人気なこともあって、結構人気なんだよ。今度買ってくるよ」

「お前がそこまで言うなら……だが、我は凡人の書物はあまり触れた事がない」

「そこは名前に教えて貰えよ〜。まぁ、にとっては嫌な事だけど、200年人として生活してそれなりに文字も意味を知ってるみたいだし」


名前は昔から人に興味があった方なので、文字は我より読めるものが多い。甘雨とよく出かけていることもあって、俗世の知識は名前のほうが詳しい。
……ということは、先程聞いた凡人が想像する理想の夫婦像が我らである事を知っていたのだろうか。


「あ! バレンタインで思いだしたけど、はお返しは考えたのか?」

「お返し?」

「ホワイトデーのお返しだよ。もしかして知らない?」

「ホワイトデーは知っている。それに対する返礼も当然考えているところだ」

「じゃあ名前からも貰えたんだな!」

「……”も”?」

「あ」


我の言葉にパイモンが「しまった」と言いたげな顔で口元を手で隠す。


「ぎ、義理だったから大丈夫だよ!? 名前さんもお礼としてくれたんだ!」


名前はバレンタインの日が近付くと、知人へ感謝の気持ちを込めた贈り物を作る。今年は200年も璃月を離れていたこともあって、かなり作り込んでいたようだ。数が多い気がしたのは、空やパイモンに渡す分も含まれていたのだろう。


「何を焦っている、空」

「だっては、名前さんが異性と仲良くしている所好きじゃないでしょ?」

「……」


……何故分かった。
何か返そうとしたがすぐに見つからず、無言になってしまった。無言は肯定をみなす意味になると言うのにな。


「というか、今更聞かなくても見てれば分かるけどな!」

「なんだと?」

は名前さんの事になるとすごく分かりやすくなるよ」

「……そう、だったのか」

「へへっ。お前達ってお互いの事大好きだよな〜。そういう所はそっくりだぜ!」


名前が分かりやすいのは昔からだが、我に対しそう言われたのは初めてだ。わかりにくいと言われることが多かったのだが……。


「話は逸れたけど、お返しの目処は付いてるの?」

「それについてなのだが……お前達の知恵を借りたい」

「おう! なんでも聞いてくれ!」

「最近、バレンタインの贈り物に意味が込められていることを知ったのだ。なので我も、名前へ贈る返礼を意識したいと思ってな」


バレンタインから数日後。偶然璃月港の外を歩いていた甘雨とこんな話をしたのだ。「名前から何を貰ったのか」を。
その問いに我はカップケーキを貰った事を伝えると、甘雨は「名前らしいですね」と言っていた。彼女の発言に疑問を抱いた我はどういう意味なのか尋ねた。



『実はバレンタインデーの贈り物には意味が込められているんです。カップケーキは”特別な人”という意味なんです』



バレンタインデーとホワイトデーという催しについてはある程度知っていた。だが、まさか贈り物に意味があるとは思っていなかった。これも俗世に疎い故の失態か……。


「なるほどなぁ……じゃあホワイトデーのお返しにおすすめな物と、その意味を調べようぜ!」


パイモンの提案を呑み、調べる事数時間……。


「これでいいのか?」

「ああ。我が名前に対し抱いている気持ちを表すには、この菓子が合う」


空とパイモンに連れられ様々な場所を歩き回り、漸く納得がいく品物を見つけられた。


「けど、これ本当に自分で作るのか? 難しそうだけど……」

「いつ我が料理が下手だといった。これでも菓子作りの心得もある」

「名前さんの影響かな?」

「まぁ……そう、だな」


否定はしない。やつは料理作りを趣味としているから、自然と我も影響された。名前から下手と言われたことがないから素人以上は間違いなくある。


「作り方なら先程の書物にあっただろう。それを見ながら作れば問題無い」

ならそれで作れそうだな! ……たまに見ながら作ったはずなのに変なものができあがる奴がいるけど」

「何故手本があるのにそのような結果になるのだ……」


とにかく、品物は決まった。一度試食用を作ってみて、名前の好みの味に合わせなければ。


「礼を言う」

「どういたしまして。頑張ってね」

「どうだったか聞かせてくれよなー!」


こちらへ手を振る二人を一度見た後、我は移動した。材料は先程空達に付き合って貰い購入済みだ。


「ふむ、では試してみるか」



***



「渡したい物?」


ホワイトデー当日。

漉華の池を一望できる場所に腰掛け、景色を眺めていた名前の元に我はいた。こちらを振り返る青緑の瞳が我を不思議そうに見つめる。


「先日のバレンタインの返礼だ」


そう言って丁寧に包装した返礼の品を差し出す。名前は受け取るとそれを嗅ぎ出した。……一応作ったばかり故、匂いが強く残っていたのかもしれぬ。


「ここで食べてもいい?」

「構わん」


名前は丁寧に包装を解くと、中に入っていた菓子を取りだした。名前はそれを見て目を輝かせながらこちらを振り返った。


「これ……バームクーヘン?」

「ああ」


一口で食べられるように切っておいたのだが、それが何なのか分かったらしい。やはり食べ物に関しては詳しいな。
名前からの贈り物に対し我が選んだ返礼はバームクーヘンだ。


「はむっ……んん〜っ、甘くて美味しい!」


もしかしてこれ、手作り……?
そう尋ねる名前に頷くと、やつはその瞳を丸くし驚きを見せた。


「嬉しい……ありがとう、


……包装を大事そうに抱える名前は、この品を贈った意味が分かったのかもしれぬな。






バームクーヘン:”幸せが長く続きますように”



2023/03/25


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