※大遅刻な2023年バレンタイン
「甘雨さん、これを」
「まあ!」
璃月港、月海亭付近にて。
私は休憩中である甘雨さんにあるものを渡していた。
「また名前が作ってくれたチョコスイーツを食べられるなんて……ぐすっ」
「あああぁ、甘雨さん! 泣かないでください!?」
「だって、貴女の作るスイーツをまた食べられることが嬉しくてぇ……」
涙ぐんでしまった甘雨さんの背中に手を添えていた私だが、彼女の言う通りだなと思っていた。
海灯祭が過ぎて暫く経つと訪れる催し……バレンタインデー。これは外国から伝わってきたもので、私は甘雨さんから存在を知ったのだ。彼女は外交を担っているため、外国の事情について詳しいのだ。
話は戻しますが、この日は感謝を込めて大切な人へ贈り物をするのだそうです。どうやら国によってバレンタインに贈り物をすることの意味が変わるそうですが、私にとってこの日は感謝の気持ちを返す日、と決めています。
……それで、何故甘雨さんが泣いているのかといいますと……私が璃月を離れる前まで毎年贈っていたからです。久しぶりの対面の時と同じ理由だと思います。
「あぁ、そうでした! 私も作ったんです。はい、どうぞ」
「ありがとうございます、甘雨さん! ……良い匂いがしますね」
甘雨さんから受け取ったものからは、チョコレートの匂いが微かに漂ってきた。お腹が鳴りそうです……。
「名前には負けますが、頑張って作りました!」
「貴女の作るスイーツも美味しいですよ。帰ったら早速いただきますね」
「また後日、感想を聞かせてくださいね!」
「ええ。でも、きちんと休んでくださいね? 留雲さんから聞きましたよ、貴女働き過ぎてどこでも寝るようになったとか……」
「うぅ、だって睡魔には勝てないですよぉ……」
昔から何一つ変わらない彼女に、思わず笑みが零れる。甘雨さんは働く事が何よりも楽しいと思っており、誇りだと思っている。……私も彼女の様に、何か一つ誇れることを見つけなくては。
「所で、彼には渡しましたか?」
先程の涙ぐんでいた彼女はどこへやら。何か含みを持った笑顔で私を見ている。
「璃月ではバレンタインデーは恋人に贈り物をする日です。貴女にはその立場にあたる方がいらっしゃるでしょう?」
……あぁ、なるほど。甘雨さんの言いたい事が分かった。
の事だ。
璃月に伝わってきたバレンタインという概念。他国で意味が多少違うように、璃月もバレンタインデーはこういう日だ、というものが定まっている。
「バレンタインデーと言えば恋人の日! この日にはとある仙人夫婦の話が浮き出てくるんですから!」
「は、ははは……」
「もうっ、他人事のような反応をして……あなた達の事を言っているんですよ」
璃月ではバレンタインデーは恋人の日と呼ばれている。……それと同時に、私達の話がちらほらと聞こえるようになるのだ。璃月の民は、理想の夫婦像に私と
を思い浮かべているという。……未だに実感がありませんが。
恋人という過程を踏んでから夫婦となるのが人間社会では基本だということで、バレンタインデーでは私達の話が出てくる、と言うわけだ。
「で、勿論渡しているのでしょう?」
「いえ、まだですよ」
ニコニコとした表情で尋ねてきた甘雨さんが、私の返答に固まってしまった。数秒後、私の肩を勢いよく掴むと「何故ですか!!?」と叫ばれてしまった。
「来た時に渡せば良いかなと思いまして……。それに、暫く璃月を離れてご迷惑を掛けた方にも渡していたので、時間がなく……」
「なるほど、そうでしたか。夫婦不仲なのではと焦ってしまいました」
「いえ、それはどうでしょう……私、彼の事を理解できているのか不安で……」
まだ璃月で魔神戦争が勃発する前の話。その時には既に交流があった私たちだが、彼から申し出があったのは魔神戦争に踏み入れる前でした。
今思えば何故彼は私を番に選んでくれたのでしょう……?
私の力を買ってくれたと言うのなら、それは可能性が低い。何故なら当時の私は敵に矛先を向けることが嫌いで、痛いことが嫌い……夜叉一族として情けない存在でしたから。
それに、現在のように能力も思うがままに操れていたわけではありません。だから尚更、どうして私を選んでくれたのか分からないのです。
聞きたい気持ちはあります。……ですが、何故かそれを聞くことを恐れている自分がいて、今保たれている現状が壊れそうで聞くことができないのです。
「……そうでしたか。でも、私には愚問としか思えませんが」
「え?」
「後ろを見てください。貴女の後ろでずっと羨ましそうにこちらを見ている方がいますよ」
「へっ!?」
私の背後を指さす甘雨さん。振り返ればそこには眉をひそめて不機嫌そうな
がいた。
「な、なんでここに」
「我がいると何か問題があるのか」
「いや、別に……」
これは本音だ。彼がいるからと不都合なことはない。ただ驚いただけだ。おかしいわね……
は璃月港は勿論、人の多い場所は避けるというのに。
これも私がいない間に起きた何かがきっかけで、彼の背中を前に押したのかもしれないわね。
「ふふっ、降魔大聖にもこんな一面があるのですね。なんだか新鮮です」
「甘雨、それはどういう意味だ」
「あ、名前が貴方について不安なことがあるみたいですよ」
「なんだと?」
「か、甘雨さん!!」
どうしてそれを言っちゃうんですかぁ……!
誤魔化すことは……無理ね、撤回できない。ものすごい眼力で私を見ている
に対し誤魔化すどころか逃げるのも無理だと思う。……逃げ切れた事なんて一度もないけれど。
「ほう……なるほど」
「ひゃあっ!?」
「帰って根掘り葉掘り聞こうではないか」
突如抱き上げられる身体。あれ、ここ最近
に抱えられること多くない……?
そう思っていると「では」と
が甘雨さんに別れを告げているではないか!
「ええ、これを気に本音で話し合ってみてくださいね」
「そうする」
「ちょっと
、私はまだ甘雨さんと話したい事が」
そう言っている間にも
はどんどん璃月港から離れていく。こちらに手を振る甘雨さんの姿が小さくなっていく……。
***
「それで? 何が不安なのだ?」
場所は人里から離れた帰離原某所。そこで
は私を下ろした。
目の前には腕を組みこちらを見る
がいる。……うぅ、どうして話しちゃったんですかぁ、甘雨さぁん……。
「その、えっと……」
「我は名前の発言全てを肯定し、受け入れる。ほら、話してみろ」
分かっている。彼は私に溢れんばかりの愛を与えてくれることを。こうして私に向けてくれる声音が、他の者と話すときより柔らかいことを。
だから私もその愛に答えようと彼を愛した。……これだと語弊を生みそうね。
私は心の底から彼を愛している。これは紛れもない事実だ。あの日、仲間の輪から外れていた私に声を掛け、手を差し伸べてくれた時……きっとあの時既に落ちていたのだろう。
「……私は、本当に貴方と釣り合っているのか、それについて最近ずっと思っている」
何度周りから褒め称えられても、心の底では「本当なのだろうか」と疑問が浮かんでいる。とても優しい方ばかりだからきっと気を使っている。いつもの私だったらそう思い込んで流してきた。
けど、最近はそれを流してしまうのではなく、ずっとせき止めている。本当にこれでいいのかと。
「貴方は魔神戦争でその力を発揮し、金鵬大将という名を授かった。そんな貴方の隣に私が立っていていいのか……そう思ってしまうの」
彼はあの日、私を番として選んでくれた。けど、同胞の仙人達の中には運命の番として出会った存在もいた。
その存在を知った時、自然と私は
の事を思い浮かべた。私と彼が出会ったのは運命としてだったのか、それとも彼の優しさだったのか、と。
もし運命でなかったとすれば、きっと
はこれから出会う運命と惹かれ合うだろう。……その時は潔くこの席を相手に渡すだけだ。
私は彼が幸せであればそれでいい。……独りだった私に手を差し伸べてくれた彼に幸せなことが訪れたのなら、私はそれを祝わなくてはならないのだから。
「……ご、ごめんなさいっ。こんな話、聞いてもつまらな…」
「愚問だな」
私の言葉を遮ったのは、誰でもない
だった。
「我は、お前が可能性を秘めた力を有しているから番の契約を申し出たのではない」
「!」
「我はただ……この悠久の日々を他でもない名前と過ごしたかった。だから、お前を我の元に縛り付けた」
そっと触れられた自分の頬。意識しないと気づかない程に優しいものだった。私を見つめるその顔が哀愁を浮べていて、心に痛みが走る。
「……お前がいない世界など考えられない」
「
……」
「我と釣り合う? そんなくだらないこと考えてくれるな。……我にとって名前は価値を付ける以上の存在なのだ」
「……っ、」
「だから……だからどうか、我を拒絶しないでくれ」
身体が温もりに包まれる。視界の端に見える緑がかった黒い髪が見える。……心なしか震えているような気がする。
「不安があるのなら全て解消できるよう努力する。お前が恐れる脅威を全て排除しよう。だから、お前の心の内を明かしてくれ」
背中に回された彼の腕に力が入る。更に密着することで、彼が本当に震えていたことを実感する。
「……私、貴方の側にいていいの?」
「当たり前だ。……二度と、我のまえから消えないでくれ」
それはこちらが言うことであるというのに……。
魔神によって強制されていたことが影響し、感情を表に出すことを忘れてしまった
。それでも仲間思いな優しい心はそのままだった。
仲間を失うことが怖いから、誰かがいなくなることを恐れる。……それは私だって同じ。
『あ、ああぁ……っ』
過去に勃発した魔神戦争。私は守護の名の下、仲間を守り、癒やした。……それが私の役割だったというのに、救えない者が沢山いた。その事実に受けていた業障が私を呑み込もうと身体を汚染していく。
『ぐっ、うぅ……っ』
業障の恐ろしさは知っている。人間は受けてしまえばあっという間に呑まれてしまう。仙人で、夜叉である同胞も次々と業障に呑み込まれ、堕ちてしまった。……一体何人の仲間を葬り、楽にしたか。
……これで私も、楽になれるのかな。そう思った時だった。
『名前!』
力強くも心地よい風が私を包んだ。その瞬間、業障によって正気を失いかけていた私は自我を取り戻すことができたのだ。
『良かった、お前まで業障に呑まれたと思うと、我は……我は……っ』
___私は、何て酷い事を考えてしまったんだ。
を置いて逝こうとした。……最低だ、私。
『ごめんなさい、ごめんなさい……私、』
『お前は業障を受けすぎだ。むしろ、今まで堕ちなかった事が幸運だったのだ』
もうよい、楽にしよう
そう言って彼は私と一緒に仲間に矛先を向け、斬り付けた。……私の力を持っても救えなかった。だから、苦しみから解放するために命を奪った。
『私……っ、みんなを助けられなかった……!』
……殺す事でしか、救う事ができなかった。その事実と自分の不甲斐なさに涙をこぼすことしかできなかった。
『良い。お前だけでも生き残っていてくれた……それだけでいい』
雨が降り出し、身体に付着した仲間の血液を流していく。同時に冷えを感じ始めた身体に、背中から温もりが伝わってくる。
……この時私は決めたというのに。彼を独りにしないって。なのに私は、戻ってくる事ができたとはいえ彼を独りにさせ、不安にさせてしまった。
「勿論よ。今度こそ、今度こそ……絶対に守り通すわ」
……こうして抱きしめ合って数分後。状況を理解した私が慌てた事で彼の抱擁から抜け出した。
は不満そうだったけれど……。
「わ、私達の日なんて言われてる日にこんなこと話して……ごめんなさい」
「いや。むしろ、そう言われている日だからこそ、こうして本音を打ち明けられるのがいいのではないか?」
なるほど、
の意見も一理あるわ、ね……って。
「あぁ、そうだった! 貴方にもちゃんとあるの!」
話し込んでしまって忘れていたけど、ちゃんと
にも渡したいものがある。……彼のためだけに用意したものが。
「あ、おいっ」
の腕を引き辿り着いたのは望舒旅館。基本、私達は洞天に戻る事はない。ではどこで作ったのかというと、目的地である望舒旅館だ。
「さ、ここに座って!」
「わ、わかった……」
望舒旅館の最下階にある食堂。食卓前に設置された椅子に
を座らせたあと、私は置かせてもらっていたものを取りに行く。
「笑言さん」
「あぁ、貴方様でしたか。ちゃんと見ておきましたよ」
「ありがとうございます」
笑言さん。彼は現望舒旅館の料理人だ。分かっていたことだけど、私が璃月を離れている間に人が代わっていた。けど、この場所を大事にしているのは伝わっている。
これまで
を支えてくださっていた事のお礼は勿論、今後ともお世話になることも兼ねて仲良くしたい方の一人だ。
「
」
「うん? ……これ、は」
「ハッピーバレンタインっ、貴方に作ったカップケーキよ」
彼の好みに合わせて味を調整し作ったカップケーキ。……口に合うと良いのだけど。
「……美味しそうだな。いただこう」
私からカップケーキを受け取った
は、そのままかじりついた。え、匙を用意していただいた意味……まあ彼が食べやすい方法で構わないけれど。
私は
の隣に座り、咀嚼している彼を見つめる。……ど、どうかしら。
「……ん、美味い」
「! 良かった」
「実のところ、忘れられているのでは無いかと思っていた」
「そ、そんな訳ないじゃない! ……それに、」
「それに?」
こちらを見て首を傾げる
。……えっと、その……。
「か、カップケーキを作ったのは……貴方だけ、よ」
「!」
実はバレンタインデーに贈るものによって意味が変わるという事実を、偶然にも数日前に知ったのだ。それはバレンタインデーに何を作ろうか考えていた時、人間の女の子が話していた内容からカップケーキを選んだ。
「……そうか」
頬を緩ませる彼はきっと、カップケーキを贈る意味を知らない。彼は俗世に疎いから当然なのだけど。
カップケーキ:”あなたは特別な人”
〜ちょっとした小話〜
こちらの話を書くに至って調べたのですが、バレンタインって結構深い歴史があるみたいです
璃月は中国モデルということで、中国ではバレンタインデーは恋人の日と呼ばれているそうなので取り入れちゃいました
過去話の内容について実はこんな流れがあったんだよ的なものを入れる事ができて満足です
数日後にホワイトデー話を公開予定です
2023/03/18
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