※番外編・ピンばあやの内容の続き
「おや、来てくれたんだね」
「こんにちは、ピンさん」
ピンさんと再会して暫く。
私は以前約束していた”会わせたい人”の件で璃月港を訪れていた。
「あ! あなたが師匠の言ってた人?」
「こらこら香菱、楽しみだったのは知っておるけど、落ち着きなさい」
「あ、ごめんなさい……。えっと、初めまして! アタシは香菱、あなたは?」
ピンさんの隣に立っていた可愛らしい女性は、かつて若かりし頃の彼女を彷彿させる髪型だ。……香菱さん、ね。
「初めまして、香菱さん。私は名前、どうぞよろしくお願いします」
「うん! よろしくね!」
年相当な元気で明るい子だ。とてもピンさんを慕っているようですね。……あの髪型はやはりピンさんの影響なのでしょうか。
しかし、彼女からは良い匂いが漂ってきます。うぅ、気を抜いたらお腹が鳴りそうです……。
「まさか、私がいない間に弟子を迎えていたとは。留雲さんと同じですね」
「貴女は弟子をとらないのかい?」
「私に弟子は難しいですよ」
「え? いない間ってどういうこと??」
「そういえば話してなかったね。彼女も私と同じ仙人なんだよ」
ピンさんが香菱さんにそう伝えると、彼女は大きな瞳を数回瞬いた後、「ええぇ〜〜〜っ!!?」と絶叫した。
「そんなに驚くような事でしょうか……?」
「驚くよ!!? 綺麗な人だなぁって思ってたけど、まさか仙人だったなんて!」
「ピンさん、私について彼女に何と説明していたのですか……?」
「グルメな人ってだけ話したよ」
グルメ……確かに間違っていないけど、何故その説明だったのでしょうか……。もっと他になかったのでしょうか……。
「もうっ! 仙人だったならそうと言ってよ師匠! 思いっきり呼び捨てで呼んじゃったし、タメ口使っちゃったじゃない!」
そう言いながら頬を膨らませる香菱さん。その様子はとても可愛らしい。
ピンさんは弟子に意地悪な人なのでしょうか。彼女の新たな一面を知った気分だ。
「構いませんよ。仙人とは言っても、大した存在ではありませんので」
「何を言っておるのかい? 魔神戦争を経験し、現在も尚璃月を守る存在だというのに」
「あわわわわ……っ、やっぱりすごい仙人さんだったんだ……」
「ピンさん! 香菱さんの顔が真っ青です!?」
「ほっほっほっ。ちょっとからかっただけじゃよ」
……と言うわけで暫く。なんとか香菱さんを復活させることに成功した。
そして、敬語も敬称もいらないことを改めて伝えた。
「本当にいいの? 不敬じゃない?」
「私は人間と仲良くなりたいだけなのです。それに、ピンさんのお弟子とあれば、尚更貴女について知りたいです」
「せ、仙人にそう言って貰えるなんて……!」
本当に嬉しそうな表情を浮べている香菱さん。まぁ、私みたいな仙人でも喜んで貰えるのなら良かったのかもしれません。
「それでそれで!? 名前はどんな仙人なの?」
「そう語れるような話は特にないのですが……」
「なら、ばあやから話そうかね。彼女は守りの要として仲間を守った守護夜叉……当時、その姿から希望と称され、瑞相大聖と呼ばれておったよ」
「ぴ、ピンさん! 話を盛りすぎです……!」
「間違っておらんだろう?」
「わああ……! かっこいい……! やっぱりすごい仙人じゃない!」
うぅ、そうまっすぐな瞳で言われると照れますね……。目を輝かせながら私に詰め寄る香菱さんに少しだけ笑みが零れる。
そう思っていると「ん?」と香菱さんは首を傾げた。
「あれ? 瑞相大聖って言った??」
「ええ」
「その名前、聞き覚えがあるんだよなぁ……」
なんと、香菱さんは瑞相大聖という私の名を知っていると言う。ピンさんから先程聞いた話によれば、彼女は料理人の娘さんらしいけれど……。うぅ、料理という言葉を聞いただけでもお腹が……。
「あ、思いだした! 重雲から聞いたんだった!」
「重雲?」
「うん! さっきも言ったけど、アタシ万民堂で料理を作ってるんだ! よくお店に来てくれる男の子なんだけど、前に彼からその名前を聞いたんだ!」
重雲さんという男性、か。私について知っているという話は気になりますね。そもそも瑞相大聖という名は今や仙人しか知らないと言っても過言ではないほど、忘れ去られた名だ。まぁ、以前お会いした平安さんは書物を通して、瑞相大聖の名を知ったようですが。
……その重雲さんも、そう言った経緯で知ったのでしょうか。
「重雲とやらが気になるのかい?」
「な、何故分かって……」
「ほっほっほっ」
心情を見破られ、ビクッと反応してしまった。笑ってないで何で分かったのか教えてください、ピンさん……!
「だったらうちの店、来る? 絶対とは言えないけど、もしかしたら会えるかもしれないよ?」
「いいのですか? では、お邪魔しますね」
先程彼女も言ったように、その重雲さんという人物は万民堂へ食事に来る事があるらしい。偶然の一致は難しいけれど、可能性があるのなら行動に出るのみだ。
「やった! あ、折角ならご飯食べていかない?」
「いいのですか!? ……実は貴女から良い匂いがしていたもので、お腹が空いていたのです」
……実は万民堂へ来ないかと言われたとき、あわよくば食事させて貰えないかと思っていたり。まさか向こうから尋ねてくれるとは思いませんでしたが、頷くしか在りませんね!
それに、万民堂の料理は美味しいと甘雨さんから聞いていたので、実は楽しみだったんです!
「あっはは! 名前ったら可愛い〜! うんうん、ご馳走するよ!」
「ありがとうございます、香菱さん」
今日はちゃんと財布を持ってきていますよ。前に甘雨さんと食事に行った際に財布を忘れる失態を犯してからは、璃月港を訪れる時は持ち歩くようにしたのです。……まぁ、実際はそこまで多く訪れているわけではないんですけどね……。
「ここだよ!」
暫く歩いて。私とピンさんは香菱さんの案内により万民堂へ辿り着いた。……とは言っても、万民堂の場所を知らなかったのは私だけなのですが……。
「良い匂いがしますね、目的を忘れそうになります」
「絶対に来るって言い切れないから、料理を味わって欲しいなー!」
「では、お言葉に甘えて」
席に着くと、店の奥にいる男性がこちらを振り返った。すると、「お、帰ったか!」と香菱さんへ笑いかけた。知り合い……、もしくは親族だろうか。そう思っていると「お父さん! ただいま〜!」と言葉を返していたので、どうやら男性は香菱さんの父親だったようだ。
「見ない顔だな? お友達か?」
「そ! 新しいお友達なんだ〜!」
友達、か。
友人と言えば名が浮かぶのは甘雨さんでしょうか。隣に座っているピンさんは友人と言うと違いますし……頼れる方ですから、友人とは違う立ち位置でしょう。それを言うならば留雲さんや理水さん、そして削月さんも該当しますね。
……それに、友人であった方達は、魔神戦争で亡くなってしまいましたから。ですから、友人と呼べる存在は甘雨さんだけです。
ですが、香菱さんが私を”友”と見てくれるのならば。
「ええ。彼女とは先程知り合ったばかりですが、私も香菱さんを友人だと思っています」
私は彼女の気持ちに応えましょう。それに、純粋な人間の友は初めてですから、少し緊張していますが嬉しいのは確かです。
「〜〜〜っ、嬉しい!! すっごく嬉しいよっ、名前!」
「きゃっ!!?」
カウンター越しに引き寄せられ、優しい温もりを感じる。彼女は裏表のない純粋な心を持つ人間だ。……とても好感の持てる子です。
「あ! アタシ名前に食べて貰いたい料理があるんだ! いいかな?」
「構いませんよ。貴女がどんな料理を作るのか興味がありますから」
「分かった! 得意料理をご馳走するから、ちょっと待っててね!」
……と言うわけで香菱さんが料理を作ってくれている間、私はピンさんと雑談を交していた。そして遂に……。
「じゃーん! お待たせっ! 万民堂名物『黒背スズキの唐辛子煮込み』だよ!」
私達の前に出された出来たての料理。黒背スズキの唐辛子煮込みと呼ばれた料理はとても美味しそうだ。
「美味しそうですね……! では、いただきますね」
「どうぞどうぞ!」
私とピンさんの前に肘を立て、その手に顔を乗せた状態でこちらの様子を窺う香菱さん。その表情からは自信が読み取れ、恐らく彼女の得意料理なのだろう。
さて、どんな味がするのか……
「そういや瑞相大聖。貴女、辛い食べ物が苦手ではなかったかい?」
な?
……と思いながら一口、口に含んだ時ピンさんがそう声を掛けてきた。
”辛い”
その単語が聞こえた時には既に遅し。
「か、から……ぃ」
「名前!!?」
美味しい味を感じた数秒後に私を襲った辛み。それを感じ取った瞬間、私はバタリとカウンターの上に頭を思いっきりぶつけたのだった……。
私は近くで聞こえる香菱さんの慌てる声に返答できず、後味残る辛さに目を回すことしかできなかった……。
***
「何故先にそれを伝えなかった」
「ほっほっほ、何故って彼女も香菱の料理を楽しみにしていたから、ついな」
名前の危機を感知し飛んできてみれば、場所は璃月港。そして見知った顔が2つ。一人は昔から付き合いである仙人、そしてもう一人は空からの頼みで知り合った凡人。彼女が作った料理を試食して欲しいと頼まれたのだが、悪くない味だった。
……だと言うのに、彼女が得意とする料理が、まさか名前が苦手な辛い料理だったとは。
知っていたのなら何故止めなかった、歌塵よ。笑って誤魔化そうとするな。
「ど、どうしよう仙人さんっ、名前から尋常じゃない汗が!!」
「こやつは存在が氷に近い故、熱いものに弱いのだ」
「こ、氷?」
「名前が言うには、この状態は溶けているらしい。あぁ、これは言葉の綾だから、実際に溶けているわけではない」
「熱いと辛い……な、なるほど?」
顔を赤くし、未だに目を回している名前。名前が食していたのであろう料理を匙で掬い、口に含んだ。……これは、絶雲の唐辛子を使っているな。名前はこれの後味である辛みを嫌っている。当然、この料理も苦手なものに含まれるだろう。
……しかしこれは、我も少し苦手やもしれぬ。味が濃い。
「か、かかかかか……っ」
「? なんだ、言いたい事があるならはっきり言え」
「へっ!? いや、なんでもないです!!!」
何故か顔を赤くしている料理人の凡人に首を傾げつつも、名前を回収する。こやつから出ている汗の冷たさを感じながら腕に抱え、さっさと帰ろうと背を向けた。
「あの、仙人さん。名前、怒ってないかな……?」
「? 何故だ」
「だって辛いのが苦手だったなんて知らなくて、それを食べさせちゃったから……」
どうやら彼女は名前に辛いものを食わせた事が気になるらしい。……教えてやるか。
「問題ない。むしろ、食べきれなかったことに申し訳なさを感じているようだ」
「そ、そうなんだ」
「ああ。……だから、また機会があれば名前と話をしてやってくれ」
それだけ彼女に伝えると、我は望舒旅館へと向かった。……我らが璃月港を去った後、2人がこんな会話をしているとも知らず。
「なんで仙人さんは名前の気持ちが分かったんだろう?」
「教えてやろうかね。二人は夫婦なんじゃよ」
「へー、夫婦……………え、夫婦!!? だからあんなに自然と間接キスを……っ」
「香菱も聞いた事あるだろう? 仙人の夫婦についての話じゃ」
「うん、知ってるよ! お母さんがよく言ってた! アタシも好きなんだ〜」
「その仙人が、あの2人のことなんじゃよ」
「…………へ? やっぱり名前ってすごい仙人じゃない!!」
「しかたないねぇ。あの子は昔から自己評価が低いんじゃよ。だから香菱、あんたがうんっと褒めてやりなさい」
「勿論!」
***
オマケ
好感度で開放されるボイスネタ
〇〇について
名前→香菱
「聞いた話、香菱さんの料理の腕は璃月でも有名なんだそうです。……そろそろ辛い料理を克服しないと、いつまで経っても香菱さんの得意料理を完食できません……」
香菱→名前
「あの日から度々万民堂に顔を出してくれるんだ。それで、辛い料理を克服したいって言って私の料理を食べてくれるんだけど、毎回顔を赤くしてるからちょっと心配……」
○主人公ちゃんの嫌いな食べ物
・辛いもの
味というより後に来る辛みが苦手らしい。
本人は克服したいと思っているが、体質が辛い料理に弱いため、限界に達すると目を回して気絶してしまうらしい(辛味による体温の上昇)。同様の理由で熱い料理も苦手(辛いものよりは耐性あり)。味というより温度が問題らしい。
また、辺りに大量の汗(と言う名のただの水。熱さで出ているものなのでちょっと温い)を放出してしまうので、ちょっと恥ずかしいらしい。
2023/03/31
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