「……」


目の前で行われている対人による模擬戦。それをやっているのは、名前と公子と呼ばれている小僧だ。
我の隣には空とパイモンがおり、共に目の前の光景を眺めている。


「あぁ、また負けた! 今のは取ったと思ったのに」

「ふふっ、詰めが甘いですね」


公子が地べたに転がる姿だが、これで5回目だ。何度も負けているというのに、飽きない小僧だ。


「もう1回だ!」

「構いませんよ。次も勝ちますから」


そう言葉を交し、休憩も挟まないまま2人は再び模擬戦を始めてしまった。その様子に苛立ちが募っていく感覚がする。


「しょ、……?」

「なんだ」

「ヒィッ!? やっぱり怒ってる!!」

「仕方ないよ、これで6回戦目だもん。2回戦目の時点で爆発しそうだったのに、よくここまで耐えてるよ」

「何を言っているのか理解できんが、もしや仙人を愚弄しておるのか」

「別に愚弄してる訳じゃないぞ……」

「むしろ、当然の反応だと思うよ」


空から言われた言葉に、我は首を傾げる。

我の反応が普通?
どういう事だ?


「好きな人が他の男と仲良くしてたら、俺もモヤモヤすると思う」

「もやもや」

「タルタリヤと名前さんが仲良くしている所、嫌なんでしょ?」


もやもやという言葉の意味は分からなかったが、あの男と名前が楽しそうに笑うのは見ていて気分が良くない。


「またダメかぁ」

「また連勝記録を更新しました」

「何がダメなんだ……?」

「おや、私も舐められたものです。夜叉の中では弱い自覚はありますが、それでも人間には負けない自信があります」


私に勝てないようでは、帝君には適いませんよ
そう言って名前はまたあの男に手を差し伸べた。そして、男は当然のようにその手を重ねた。


「君に勝てば鍾離先生に1歩近付く訳だね!」

「いえ、最低でもという意味です。貴方が帝君に適うかどうかと言えば、現段階では0に近いです。それに、あの御方の戦う姿は美しながらも力強く、そして何よりも絶対防壁とも言って良い程の守る力…」

「うげっ、また始まった……」


名前が帝君について語り始めた所で、我は腰を上げた。あの方が如何に素晴らしいのかは我も分かっているが、次にいつ模擬戦が止まるか分からん。今のうちに回収しよう。


「名前」

「わあぁっ!? ……って、。どうしたの?」


肩に手を置き名を呼ぶ。どうやら語ることに夢中で我に気づいていなかったらしい。全く、我がそばにいるからと言って気を緩めるとは……。


「もう良いだろう。さっさと帰るぞ」

「え、まだ6回目よ?」

「十分だろう」

「いつも10回以上は行っているのだけど……」


中々渋るな……。そもそも、お前があの小僧と戦う事でしか得られないものがあるのか?
それに、あの男がお前に”それ以上”の感情を抱いたらどうする?

色々考え込みながら名前を見ていると、隣から笑い声が聞こえた。


「どうやら降魔大聖サマは俺に怒っているらしい」

「へっ?」

「む」

「だってずっと俺の事を睨んでくるんだもの! もしかして戦いたいのかなって思ってたんだけど、違うかい?」


どうやら無意識で目の前の男を睨んでいたらしい。だが、向こうは怯えるどころか笑みを浮べている。もしや、我を煽っておるのか?


「その生意気な口を黙らせるには、丁度良いやもしれんな」

「ちょ、ちょっと!!」

「なんだ」

「ただの模擬戦なのに、どうして怒っているの!」


腰に両手をあて、柔らかな頬を膨らませながら我を見上げる名前。……我が怒っている、だと?


「違うよ名前。彼は怒っているんじゃなくて、嫉妬してるんだ」

「、っ!?」

「…………嫉妬?」


公子の言葉に肩が跳ねる。横から名前の不思議そうな声が聞こえたが、それよりも何故我はこの小僧の言葉に動揺している……?


「あっはは、その反応……図星だね?」

「なっ、」

「俺もそうだと思う」

「空、」

「相棒もそう思ったか〜!」


我が、嫉妬……?
数年程度しか生きていない小僧に対してだと?


は名前が大好きだからな〜!」

「そんなの見ていれば分かるよ」

「そういえば、名前さんからに対しての話を聞いた事ないかも」

「確かに!」


そう言って視線が名前に移る。我も周りにつられるように名前の方へと振り返った。


「なあ名前、お前はどうなんだ……って、めちゃくちゃ顔真っ赤だ!?」


我の視界に入った名前は顔を俯かせていた……顔を赤くしながら。その様子を見た公子は「へぇ〜?」と声を漏らし、空は「聞くまでもなかったね」と自己完結していた。


「名前さんもちゃんとの事、好きなんだね」

「……えっと、その……はい」


一体どこに照れる要素があったのか……だがまぁ、その様子を見て嫌な気はしない。


「そ、それで! どうして怒っていたの!?」

「あ、逃げたぞ」

「まあまあ、パイモン」


赤い顔を隠す事なく名前は我に詰め寄る。……うむ、自覚なしか。


「我は怒ってなどいない。ただ、居心地が悪かっただけ…」

「分かったわ! タルタリヤさんと戦いたかったのね! 彼、将来性があるから戦って楽しいわよ!」


我の言葉を遮った名前が放った言葉に、収まっていた怒りが再び沸く。……また”タルタリヤ”か。


「公子である必要はあるのか」

「だって……ったら私がお願いしても相手してくれないじゃない」

「え」


名前の発言に白いのが声を漏らす。……そ、それにはきちんと理由がある。


「お前はまだ療養中だからと……」

「タルタリヤさんとの模擬戦でこれだけ連勝していれば、もう休む必要はないわ。だから妖魔退治についても範囲を広げていいと思うの」


少しずつだが、名前に妖魔退治に復帰させていた。だが、行動範囲を限定して少しずつ広げていくようにと考えていたのだが……。


「そういえばお前、甘雨の時は修行を付けてたのに名前にはしなかったのか?」

「……それ、は」


昔だったら何も気にせず指導した。……だが、名前から「感覚を取り戻したいから相手をして欲しい」と言われたとき、あの時の名前が……邪眼と呼ばれていた道具に囚われていた名前を思い出してしまうのだ。

もう気にしなくて良いのは分かっているのに……次、名前があのような目に遭ってしまったら、今度こそ堕ちてしまったら……そう考えてしまい、柄にもなく不安が自分を襲うのだ。


「パイモン、には理由があるんだよ」

「理由?」

は名前さんを助ける為に一度武器を向けた。……大切な人に対して攻撃なんて、そう簡単にできることじゃない」

「あ……っ」


空の言葉に逸らしていた視線が、自然とやつに向く。……どうして我の思っていた事を見抜けた?
そう思った時、空が旅をしている理由を思いだした。……やつも一緒だった。たった一人の家族を探している。その存在が今どうなっているのかは知らんが、我と名前を見て何か通ずるものがあったのかも知れぬ。


「……ごめんなさい、。私、貴方の気持ちを考えていなかった」

「良い。これは我の問題、いつまでも引きずっている我が悪い」

「いいえ、そんなことないわ。だって、あなたに辛い思いをさせてしまったのは、私なのだから。は悪くない」


……お前は変わらぬな。我の問題だと言っても、お前は必ず自分が悪いと言う。いつも自分を悪と思い込んでしまう。そこは直してほしい所ではあるわけだが。


「……いつまでも引きずるわけにはいかぬ。今は鳴りを潜めているが、いずれまた過去のような厄災が起こるやもしれん。そのことを考慮し、これからは対人戦も交えよう」

「! 本当!?」

「ああ。……あと、行動範囲についても見直そう」

「っ、ありがとう、!」


嬉しそうに我を見上げる名前。……お前が璃月を守る事に誇りを持っていることを、我は良く知っている。そして、守る事しか取り柄がないことや、同胞を救えなかったことに対し、ずっと負い目を感じていることも。

だが、それは我も同じなのだ。お前だけが抱え込む必要は無い。確かに戦場では我とお前は明確な役割が決まっていた。だからこそ、お前は守る事を何よりも意識し、救えなかった事を後悔していた。

しかし、それは我にも言えることなのだ。前線で戦う事も、砦として立ちはだかる事も、目的や最終的な結果は同じになるのだから。


「というわけだ。もうお前は必要ない」

「えー」


公子にそう伝えると、向こうは不満そうな声を出す。聞いてはいるが、この小僧は戦う事が何よりも好きだという。……だったら相手は名前に限定しなくとも良いだろう?


「相手は何人いてもいいじゃない。敵がどのような行動をするのか、様々な対処を考えられるわ」

「お前は我の動きを完璧に理解できているのか? 我はやろうと思えば、違うように振る舞うことも可能だが」

「うっ、」

「当然、知っておるだろう? お前に戦い方を叩き込んだ相手が誰なのか……忘れたわけではあるまい」


戦う事を苦手としていたお前に、戦う術を叩き込んだのは我だ。努々、忘れるでない。


「え、もしかしては名前の師匠でもあるのか!?」

「そうとも言えるな」

「旦那が師匠って……アリなのか?」

「さあ?」


見つめ合って首を傾げている2人は放って置こう。今目の前の問題とは関係ないからな。


「な、なら空さんはどうかしら!?」

「却下だ」

「えぇっ!?」

「空の実力は認めている。だが、お前は夜叉だ。それも、何千年も戦いに身を投じている。経験豊富なお前が成長するには、その上を行く相手……我しかおらんだろう?」


鍾離様は敢えて含めていない。あの方は凡人として生きることを決めたのだから。……凡人に戦いは必要ない。

腕を組み名前を見下ろせば、視線を彷徨わせて迷っている様子だった。しかし数秒後、仕方ないと言った様子で名前は頷いた。おい、そこは迷う事なく頷くはずであろう。何を迷う事がある?


「名前の旦那様は独占欲が強いな〜」

「え、旦那??」

「あ、タルタリヤは知らないんだっけ。と名前さんは夫婦なんだ」

「何それ初耳なんだけど。てっきり両片想いのすれ違い状態だと思ってたよ」

「もう帰ってよいか」


話し込んでいる3人に我は話しかける。公子と模擬戦をする理由はなくなった。であればこれから我と名前がする事と言えば……


「俺はいつでも大歓迎だからね」

「は、はは……」

「それじゃあね、、名前さん」


苦笑いを浮べる名前の腕を引いて横に抱え、風輪両立でその場を去る。移動先は我の洞天だ。


「ちょ、ちょっとなんで洞天…」


下から聞こえる声を無視して、寝室の扉を蹴る。開いた扉の奥に見える寝具へと真っ直ぐ進み、その上へと名前を寝かせる。


「え、?」


状況を理解できず、起き上がろうとする名前の肩を押し、再び寝具へ寝かせる。同時に我は名前の上に跨がる体勢になった。


「あ、あの、……?」

「そういえばまだ、仕置きをしていなかったな」

「仕置き? ……まさか」


我が言っていることを理解できたようで、視線を逸らし顔を赤らめる名前。全く、いつまで経っても初々しい反応だな。そんなところも愛おしい。


「我はまだお前の身体が回復していないと思って手を出さなかった。だが、あれだけ動けているのであれば問題ないな」

「な、なんの問だ……んむぅっ!?」


言葉を遮るよう、態とその唇に噛みつく。……言わずとも理解できるだろう?



「本来は勝手に姿を消した分のみであったが……あの小僧との模擬戦も気に食わん。だからそれも仕置きに含める」

「り、理不尽!!」

「そう言っておいて、嫌ではないだろう?」


我と名前には目に見えない繋がりがある。ただしそれは、番の契約を申し出た我にのみ分かるもの。名前には感知できない。
その繋がりから伝わってくるのだ……この状況に期待していることをな。


「二度と馬鹿な真似をしないこと……そして、我がどれだけお前を想っているのか、その身に直接叩き込んでやろう」


衣服に手を掛ければ、抵抗する気は無い様子。……まぁ、抵抗してもその気にさせるだけだ。



「200年分だ。……覚悟して貰おう」



見下ろした先に見えた碧色の瞳が我を見上げる。
我と番の契約を交したことで、淡い青色から現在の色へ変化した……否、変化させた瞳。我の番という目に見える証拠。

誰にも渡さぬ……例えそれが、信頼している異邦の旅人だろうが、敬愛する帝君だとしても。



***



「……」


生理的な涙を流し眠る名前の目元に指をのばし、優しく拭う。夢中になって気がつかなかったが、いつの間にか日を跨いでいたようだ。


「……お前は知らなくて良い」


公子と模擬戦をしていた名前を空達と観戦していた時、あることを聞かれた。あの日……邪眼なる道具に囚われた名前のそばに居た人間についてだ。

公子から聞いた話が気になり、我に尋ねてきたのだ。


「あの人間はもう時期死ぬ。仙人の血を取り込むなど、馬鹿げた事をするからだ」


”あのファデュイの女性なんだけど、名前さんが人の理を超えてるって言ってたんだ。何か知ってる?”

空の質問に対し、我はこう返した。あの人間は仙人の血を取り込んでいた、と。こう答えれば、どの仙人の血か分かるはずだからな。

今思うだけでも吐き気がする。名前の容姿に惹かれ、自分の好みを押し付け、更には共に生きるために自身が誰なのか分からない状態だったあやつの血を抜き、それを己に適用した……。

これを名前が知ればどう思うだろうか。否、教えぬ方が良い。お前にとってあの出来事は、忘れたくても忘れられない記憶として刻まれてしまっている。それを更に深くする必要は無い。


「これは罰だ。直接的に痛みを与えるより、徐々に侵食され、苦痛を味わう方が丁度いい」


美しい白銀の髪に指を通しながら、その頭を撫でる。……誰の女に手を出し、傷つけさせたか理解させるには十分だろう。



***
オマケ

好感度で開放されるボイスネタ
〇〇についてその2

名前→
「昔からはああなのか、ですか? ……えっと、私に対して過剰に世話を焼くことでしょうか? そうですね、所謂過保護というものでしょう。……え? 聞きたい事はそれじゃない? はっきり言ってくれないと分からないですよぉ……」

→名前
「我が過保護? 名前が言っていたと? ……あやつは肝心な所で鈍い。我の苦労など知らぬのだろうな……はぁ」






2023/02/26


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