「ここに銅雀さんが……」


現在、私はと共に璃月港から少し離れたとある場所を訪れていた。そこにはかつての同胞が眠っているお寺があるという。……その同胞というのは、銅雀さんという人物だ。

銅雀さんは、私達と同じ夜叉の一人だ。……そして、魔神戦争の時、私が救えなかった同胞の一人である。


「ああ。どうやらこの寺の像に魂が宿っていたらしい」

「魂が……なら、今も?」

「いや、既に逝ってしまった。我によろしくと言っていたそうだ」

「言っていた? 直接話した訳じゃないの?」

「旅人が言伝を預かっていたんだ。全く、彼奴らしい」


そう言って少し悲しそうに微笑んだ。……そうよね、貴方にとって銅雀さんはただの後輩ではなかった事を、私は知っているわ。


「空さんは本当にいろんな人と交流があるのね。まさか銅雀さんとも関わりがあっただなんて」

「この寺は空とある凡人によって建てられたんだ」

「凡人?」

「この寺を管理している男だ」

「では、銅雀さんの事を知っているの?」

「さあな。だが、夜叉については調べているようだ」


なるほど、夜叉について調べている、と。何を思って夜叉を調べているのかは分からないけど、その動機が良いものであると信じたい。


「では、早速行きましょう。作ったチ虎魚焼きが冷めてしまうわ」

「ああ」


から銅雀さんが眠るお寺があることを聞いて、私は彼の好物であったチ虎魚焼きを作ったのだ。まあ、このチ虎魚焼きは彼に限らず、多くの仙人が好んでいたのだけれどね。因みににはあまり合わなかったみたいだけど、さっき作った時は食べていたのよね。どういう心境の変化かしら……。普段あまり食べないのに。


「こんにちは」

「えぇ、こんにちは……って、仙人様!?」


お寺に男性がいたため、私は挨拶の言葉を掛けた。私の声に反応した男性はこちらを振り返り挨拶の言葉を返した……のだが、私の隣に立っているを見て驚いた声をあげた。


「あれ、知り合いなの?」


てっきり私は空さんを通してお寺を管理している人間がいることを知っている、とが認識していると思っていたのだけど……あの様子だと顔見知りよね。


「……話せば長くなる」

「そ、そうですね……確かに長くなります」

「人間と関わりを持ちたがらない彼と顔見知りなのですね。是非、その過程についてお聞きしたいです」

「だ、そうだ」


私の返答には腕を組みながら目の前の男性に、まるで「お前が話せ」と言いたげに声を掛けた。


「わ、分かりました。では、私から話をさせていただきます」

「ありがとうございます。……えーっと、貴方のお名前を聞いても宜しいでしょうか?」

「はい、私は平安と申します」

「平安さんですね。私は名前と申します。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。では、仙人様との出会いについてお話致します」


平安と名乗った男性はと関わりを持った出来事について話し始めた……。



***



「あれ、と名前だ!」

「お前達か」

「パイモンさん、空さん。こんにちは」


璃月港から西に進んだ場所にあるお寺。そこは前にとある人物を懲らしめ……じゃなかった。行いを反省させるために訪れた場所だ。その当時は壊れた状態であったが、今は修復され、立派な建物になっている。

それも彼、平安さんの行動力のお陰だ。きっと口に言わないだけでも感謝の気持ちを持っているはずだろう。因みにさっき反省させた人というのは平安さんのことである。

実はこの建物、かつてとある仙人……それも、夜叉だった人と出会った場所でもある。その人は銅雀さんと言う夜叉で、にとって仲間だった人だ。

しかし、その人は既に故人であり、平安さんを反省させるために必要だった儀式の道具を借りたあと、逝ってしまったのだ。……仲間だったにある言葉を残して。


璃月を訪れた際に立ち寄るようにしていたのだが、どうやら今日は先客がいたらしい。その先客は、先程思い浮かべた人物であると、彼の妻である名前さんだ。パイモンの声に反応したのか、二人はこちらを振り返った。


「こんな昼間に珍しいね」

「名前が行きたいと言ったから付き合っているだけだ」

「相変わらずは名前に甘いな〜」


変わらない名前さんへの想いに微笑ましく思っていたとき、嗅いだことのある良い匂いが漂ってきた。何だかお腹が空いてきた……俺がそう思うと言うことは。


「良い匂いがするぞ! なんの匂いだ〜?」


パイモンが反応するのは当然であって。
匂いが漂ってきている場所はどこだろう、と辺りを見回した。


「わあ! 大量のチ虎魚焼きだ!!」


銅雀さんの銅像の前に置かれた大量のチ虎魚焼き。良い匂いの元はこれだったのか!
しかし、一体誰がこんな量のチ虎魚焼きを供えたのだろう……?


「おや、この料理を知っているのですね」

「なぁ、これ誰が持ってきたんだ?」

「私達ですよ。作ったのは私です」

「そうだったのか! 美味そうだぜ……じゅるり」


名前さん、料理作れたんだ。意外と思ったわけじゃないが、一度も見た事がなかったので少し驚いた。とても美味しそうである。……美味しそうなんだけど、これは銅雀さんのために作った料理だ。パイモンがよだれを垂らしているので食いつく前に止めないと……。


「よければ食べますか? 実は作りすぎてしまって、余っているのです」

「いいのか!?」

「はい。あ、どうせなら皆さんで食べましょう。誰かと食べる料理が一番美味しいのですよ」


そう言って名前さんはこの場にいる全員にチ虎魚焼きを手渡した。何故こんなにも作ったのかは分からないけど、食べてみたいと思っていたため気にしないでおく。


「! んん〜〜っ、おいし〜〜〜い!!」

「程よい塩加減がマッチしてて、何個でも食べられそう!」

「私が食した事のあるチ虎魚焼きとは、また違った美味しさですね……!」

「ふふっ、そこまで褒めて頂けると、作りすぎてしまったのも悪くありませんでしたね」


本当に美味しい。後でコツを教えて貰おうかな……。そう思いながら、何となくをチラ見した。


「お、おぉ……」


あのがパクパクとチ虎魚焼きを食べているではないか!
って、待てよ。このチ虎魚焼き、割と味が薄めなような……それでも後味があって美味しいんだけど。


「ねぇ名前さん」

「どうかしましたか? あ、もしかして魚の骨が刺さってしまいましたか? 全部抜いたはずなのですが……」

「この量全部抜いたのか!?」

「折角の食事なのに、異物感があっては美味しさが半減してしまいます。だから、全部抜いたはずなのですが……」

「大丈夫、骨が刺さったわけじゃないから」

「そうですか、良かったです」


ホッとした表情を浮べた名前さんに、今度こそ目的の内容を告げた。その内容というのは、このチ虎魚焼きの味付けについてだ。


「えぇ。の好みに合わせていますよ」

「やっぱりそうだったんだ」

「初めは普通に作っていたんですが、つまみ食いをしてきたものですから、食べたいのだと思ってそのまま……」


そう言って隣にいるをジト目で見る名前さん。対するは気にすることなくチ虎魚焼きを無言で食べている。


は昔から薄味が好きなのか?」

「そうですね。私達は外にいることが多いので、素材をそのまま食べることが多いのです。それが影響しているのではないでしょうか」


は望舒旅館で食事を取ることがあると聞くが、そのメニューは全て彼に合わせた味に調整されているという。その味の調整については、名前さんが言うように素材をそのまま食べることがあったらしい話が影響しているのかもしれない。


「でも、名前はモンドで結構食べてたよな?」


は食事に対してあまり関心がなさそうだが、名前さんは結構食べていたような……でも、あの時は記憶を無くしていたわけだし、何だったら人間だと思い込んでしまっていたんだし……。


「お恥ずかしい話……私、結構食いしん坊なんです」


パイモンの言葉に少しだけ顔を赤くして照れる名前さん。そして、衝撃の事実が判明する。


「2人は私と初めて会った日を覚えていますか?」

「覚えてるぞ! ヒルチャールに襲われていたよな!」

「お前、魔物に襲われていたのか……情けない」

「仰る通り……」

「ま、まあまあ! その時名前は自分が夜叉どころか仙人だったことを覚えてなかったんだぞ!?」


の言葉に落ち込んでしまった名前さん。どうやら彼女にとって黒歴史に近いものになっているようだ……。


「で、でも! ただ襲われていたわけじゃないわ!」

「ほう? 言ってみろ」


腕を組みながら、どこか挑発するような口調で名前さんにそう言った。なんとなくだが、少しだけ口角が上がっているように見える。

自然と目線は名前さんに向くわけで……しかし、視線の先にいる名前さんは黙ったままだ。それに、何故か顔が赤い。


「……お、」

「お?」

「お腹が空いてて……動けなかったの……!」


赤い顔を手で隠す名前さん。……まさかの事実。だけど納得はいった。だってモンド城に入った時、彼女はお腹の虫をならしていたのだから。


「はぁ……」

「あ! 今絶対名前をバカにしただろ! お腹が空いてたら元気が出ないんだぞ!」

「パイモンさんの言う通りよ!」

「別に馬鹿にしたわけではなかったのだが……」


と言っているだが、呆れているのは間違いないだろう。でも、お腹が空いてたら十分に力が発揮出来ないのはあると思う。俺はパイモンと名前さんの肩を持つかな。

……まさか、名前さんに意外な一面があったとは。前に甘雨が結構な美食家なことを聞いたけど、名前さんも同じなのだろうか。というより、二人は接点あるのかな。同じ仙人であり、長い間璃月で暮らしているわけだけど……。


「……あった!」

「うわあぁっ!? 急に大声出すなよ!?

「す、すみません! ずっと気になっていた事が解消されたので、つい声に出てしまいました……」


そう言えば会話に参加してこなかったな……。パイモンに謝る平安さんに視線を移す。


「許してやるぞ! それで、気になっていたものってなんだ?」

「実は名前さんの容姿がずっと引っかかっていて……」

「私ですか?」


名指しされた本人、名前さんが首を傾げる。そして隣にいるは平安さんを探るような目で見ている。……警戒しすぎな気がするんだけどなぁ。


「はい。先程も話しましたが、私は仙人……特に夜叉について書物を集めています。その中に貴方の容姿に当てはまる記述のものがあったんです」


どうやら俺達がここに到着する前、色々話し込んでいたらしい。今平安さんが言った内容はそれに該当するだろう。


「私に当てはまる? 聞かせてくれませんか?」

「はい。……これは妖魔退治を生業とする方士の一族だった男が残した記録のようなものです」


平安さんが見せてくれたのは、見ただけでも古いものだと分かる書物だ。しかし、方士か……その言葉を聞いて俺は、ある方士の少年が思い浮かんだ。


「彼は、過去にある女性に助けられたと言います。その女性は白銀の髪に青緑の美しい瞳を持っていたそうです。しかし、男はその日を最後に女性の姿を見ていません」


白銀の髪に青緑の瞳。
これは名前さんの容姿に当てはまる。しかも女性となれば、自然と名前さんを指しているんじゃないかと思ってしまう。


「男はまだ幼かった。女性が危険な状態だったことを分かっていたのに、自分には助ける力がなかった。男は女性の言う通り、逃げることしかできなかったのです。その後、男は女性の行方を探しましたが、見つける事はできなかったそうです」


危険な状態……女性を見つける事ができなかった……。益々名前さんではないかと思ってしまった。部分的だったとは言え、名前さんから聞いた過去の話と一致しているからだ。


「男は何もできなかった自分を情けなく思った。そして怒りの感情を自分自身に向けた。……そして、男はあるものを欲するようになりました。戦える力が欲しいと。その後、男は戦う力を身に付け、璃月を守る方士になったそうです。そこで男は、かつて自分が助けた存在について知ったのです」


平安さんは書物から顔を上げ、名前さんを見つめた。


「___男を助けた女性は、『瑞相大聖』と呼ばれた希望を象徴する夜叉であると」


瑞相大聖。
その名前は聞いたことがある。それに、何の偶然だ……その名前を聞いたのはここがまだ廃れた状態だったとき、目の前の銅像……銅雀さんから聞いたものだ。
なんとなくの降魔大聖という名に似ていると当時は思っていたが……。


「ま、まさか……」

「貴女のことではありませんか、名前さん」


パイモンはまだ確信できていなかったようだが、俺はなんとなく察しが付いていた。ここでその名が出た時点で、瑞相大聖とは名前さんの別名ではないのかと。

自然と視線は名前さんに移った。俺の視界に入った名前さんは、その青緑の瞳を見開いて平安さんを見つめていた。


「その書物は……まさか、あの時の少年が書いたものなのですか……? 名は、名は何と言うのですか?」

「……ダメですね。名前が記されていた跡はありますが、何せ古い書物ですから、文字が掠れていて読み取れません」

「私に見せて下さい」


そう言って平安さんにずいっと近付いた名前さん。その表情は真剣なもので、平安さんが手に持つ書物に記された文字を一つ一つ確認しているようだ。

……そうだよね。名前さんは自身が助けた少年の行方を探している。偶然だったとは言え、手掛かりを見つけたのだ。真剣になって当然である。


「……」


……当然、なのは分かるんだけど、自分の旦那を気にして欲しいな〜って思うんだ。明らかに不機嫌ですって顔のを放置しないで。
多分の心情が分かる。「近い」でしょ。


「……本当ですね。見つけられたと思ったのに」

「ねぇ名前さ…」

「平安さん、私についての書物はまだありますか? もしかしたら、私が探している人間が執筆している可能性が…」

「あ、あの……」


あ、俺の声が届いていない……。
そう思いながら、平安さんに詰め寄る名前さんに苦笑いを浮べる。


「……おや? 平安さん顔が赤いですよ」

「こ、これは! そのっ」

「あ、もしかして寒かったですか!? すみません、風邪を引いてしまいましたか!? 私、冷気を放ってしまうものですから、もしかしたら……」

「いえ、そうではなく……」

「え? では何故顔が……わあぁっ!?」


平安さんを心配する名前さんが、短い悲鳴を上げる。……まあ驚くよね。だって突然後ろに引っ張られたら。
誰が彼女を引っ張ったのかというと。


「しょ、

「近付きすぎだ」


そう、である。名前さんはに引っ張られたことで、平安さんから離れた(離れさせられたが正しい)。こうして見ると、名前さんって結構身長低いんだな……。本人には失礼だが、本当に蛍より低いかも……。


「あ、業障……すっかり忘れていたわ。ごめんなさい、気を付けるわね」


名前さん、が言いたいのは……業障も入ってるかもしれないけど、一番はそれじゃないよ!
……って大声で言いたい。

謝罪の言葉を向けられた本人、は少しだけ機嫌が良くなったようだ。さっきの表情を名前さんに見て欲しい……本当に怖かったから。


「平安さん。さっきの話の続きなのですが、他に私についての書物はありますか?」

「あるにはあるのですが、恐らく貴女を指しているだろうという内容だけで、はっきりと分かるものではありません」

「そうですか……では後日、その書物についてお話できませんか? 実は探している人間がいるのです。先程の書物はきっと私が探している人間が執筆したに違いないのです」


残念な事に、今は彼女が助けた少年の方に意識が向いているらしい。すぐに離れてしまった名前さんを、どこか拗ねた顔で見つめる。その光景にまた苦笑いが出てしまった。


「名前の旦那様は嫉妬深いな〜」

「我は番を守ろうとしているだけだ」

「仙人に欲はないって言ったのは誰だったっけな〜?」

「うるさいぞ」


パイモンの言葉にそう返しただが、はっきりと返せていないのが証拠だよ。別に欲があっても良いと思うけどなぁ。仙人だからって抑える必要はないと思うんだけど、それが仙人の中で常識だったりするのだろうか。

そう思いながら名前さんと平安さんの会話を眺めていると、ふと銅雀さんの銅像が目に入った。そして、ある言葉を思い出した。


「そういえば銅雀さんに”あれ”は言った?」

「”あれ”?」

「『瑞相大聖と末永くな』って話だよ」


この言葉は、あの日銅雀さんがに伝えて欲しいと言った言葉の1つだ。


「……あぁ、それについてか」


あの時はその名前が誰のことを指しているのか分からなかったけど、にとって大切な人がいたことは察しがついていた。
少し経った今日、銅雀さんの言っていた瑞相大聖が名前さんであることが判明したわけだけど。


「あの時は言えなかった。……名前の事を思い出すと、自分を制御出来ない自信があったんだ」

……」


彼の表情を見ると、にとって名前さんの存在がどれだけ大きいのか改めて感じた。


「でも、今なら言えるだろ?」

「?」

「銅雀さんの言葉に対する返答だよ」


パイモンの問いかけに首を傾げたに、俺は先ほど告げた内容をもう一度口にした。俺の言葉には一瞬だったが、少しだけ目を見開いた。


「……そうだな。だが、この場所に名前と共に来る事が出来た。それが銅雀に対する返答だ」


腕を組み、は銅像を見上げた。その表情はこちらに背を向けていることもあって見えなかった。……もしかしたら、普段無表情な彼の顔を緩くしていたかもしれない。銅雀さんには見えたかな。


「おい、帰るぞ」

「え、まだ話したりないのだけど……」


……あと、平安さんに嫉妬している顔も。ま、さっき見たから、これは何となく想像がつきやすいかな。

銅雀さんはこの光景を見て、どう思ってくれたかな。何となく銅像を見上げ心の中で問いかけてみた。



***



オマケ

今回の話であった内容のちょっとした補足
・名前と甘雨は戦友というよりグルメ友達
・実は名前は美少女(本人は無自覚)
→無自覚と言うより、容姿に自信がない
これは過去に自分の能力が他の夜叉と違うことで、周りから除け者にされた経験によるもの
は名前関連で昔から苦労している(人を惹く容姿・誰にでも優しい・真摯になる等で距離感が近いetc...)
・名前は昔から存在している璃月の料理のレベルが高い(チ虎魚焼き・ハスの花パイ・仙跳牆など)
→戦場での食事をよく作っていた(その影響で一度に作る分量がおかしい)
仲間からの評価は高かった





2023/02/3


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