「思っていたより、変わっていないわね」


今私がいるのは璃月港だ。
傷が癒え、身体の感覚もある程度取り戻した私は、少し外に出て身体慣らしをしようと考えた。それと同時に、しばらく彼、の洞天に閉じ込められていたこともあって外の情報を一切分からないのだ。

……なんでの洞天にいたのかって?
あの後、鍾離様のお言葉に甘えてしばらく往生堂にお世話になっていたのだが、どうやら往生堂に仕事が入ってしまい、私を置いておくことが難しくなったのだ。というわけで私はの洞天で身体を休めることになったのである。


『我も着いて行く』

『港に行くと言っても?』

『…………』


私の言葉には無言になってしまった。理由は分かっている。


前に空さんとパイモンさんに聞いたのだが、どうやらは人避けるため滅多に璃月港に降りてこないという。だが、2人の説得で何度か璃月港に姿を見せてくれたそうだ。今後もと仲良くしてほしいと切に願うものだ。

……と、そういうことではない。

いくら空さんとパイモンさんの力があれども、やはりまだ抵抗があるようで。まあ仕方のないことだけれど。
彼は業障を抱えている。業障は人に害を与えてしまう……私が戻ってくるまでに彼の業障は酷くなっていたため、それがまだ染みついていて、戸惑っている様子だった。


『無理して来なくて良いのよ。璃月港なのだから、危険はないわ』

『……しかし』

『私は人に会いに行くだけよ』

『誰だ』

『甘雨さんよ』

『甘雨か。………分かった。だが、何かあればすぐに我を呼べ』

『はいはい』


……と言う話があったのだ。
現在の甘雨さんが何をしているのか勿論知らないため、彼女が普段どこにいるのかも分からない。なのでに聞いたところ、甘雨さんは月海亭で現在も秘書として働いているようだ。


「あの、すみません」

「はい?」

「こちらに甘雨という女性はいらっしゃいますか?」


近くに立っていた女性に甘雨さんがいるか尋ねる。……あ、そもそも目の前の女性が甘雨さんを知っているかしら……。


「甘雨様? えぇ、いらっしゃると思いますが……貴女は?」

「私は名前と申します。甘雨さんとは昔からの知り合いなのです。もしかして、立て込んでいるのでしょうか?」

「そこまでは私も把握できてません。様子を見てきましょうか?」

「うーん……では、お願いしてもいいでしょうか。忙しそうであればお構いなく」


女性にそう伝えてると、彼女は頷いて建物の中へと入っていった。……さて、女性が戻ってくるまで暇ね。


「流石に200年も経っていれば多少変わっているものね。建物も例外なく劣化していく。その度に補修が行われたから、こうして今も美しさが保たれている」


200年も璃月を離れていれば、多少景色が変わっているものだ。それでも尚、私が覚えている200年前の景色とあまり差異がない。……ふと、前に鍾離様が言っていたことを思い出した。何故凡人になることを選んだのか、と。

……私に口を出す権利はありません。貴方様が考えた結果がそうだったのならば、私は鍾離様の判断に従うのみ。
それに、貴方が神の座を降りようとも、私は過去に貴方と交した契約を放棄する気はありません。貴方との契約を守り、そして璃月に蔓延る悪を今後も滅するだけですから。



「___名前?」



色々考え込んでいた時だ。背後から懐かしい声が聞こえたのは。
振り返ればそこには、最後に見た姿から全く変わらない親しき人物……甘雨さんがいた。


「お久しぶりです、甘雨さん」

「っ、今までどこに行っていたんですか!! ずっと、ずっと探していたのですよ……っ」


怒りながら私に近づいて来た甘雨は、次第に弱々しくなり、遂に涙を溜め始めたではないか。


「な、泣かないで下さいっ」

「うぅっ、ぐす……っ、泣いてません」

「その顔では説得力がないですよ……」


彼女を見ていると、それだけ心配させてしまったと言う事が身に沁みて分かる。だが、この光景を見た道行く人達がざわつき初めて来たため、なんとか甘雨さんを落ち着かせた。


「す、すみません……いろんな気持ちが一気に溢れてしまって」

「謝るのは私の方です。だから気にしないで下さい」


漸く私は甘雨さんに会いに来た理由を話すことができた。それを聞いた甘雨さんが「今日は定時で上がるので、夕方待ち合わせましょう。その時に話を聞かせて下さい」と言った。そうだった、彼女は仕事中でした……とうわけで、約束の時間までの間、どこで時間を潰そうかしら。



***



「待たせてしまいましたか?」

「いいえ、大丈夫ですよ」


夕方。
約束通り甘雨さんは待ち合わせ場所に現れた。


「私が定時で上がることを伝えたら、何故か皆さん驚いていたんです。何故でしょう?」

「貴女が仕事熱心だからではありませんか? きっと変わらず残業とやらをしているのでしょう?」

「勿論です!」


200年経っても彼女は変わっていなかった。懐かしさに浸りながらも、そういえばどこに向かっているのか来ていなかったことに気づく。


「そういえばどこへ向かっているのですか?」

「新月軒です。覚えてますか?」

「勿論ですよ。あのお店の料理を食べるのは久しぶりですね……あ」

「? どうかしましたか?」

「私、モラを持ってきていません……!」


まさかお店に入るとは思わず、モラを持参していなかったのだ。人の作る料理を食べないわけではないのだが、基本的に外で採れるもので食欲は満たされるため、食事に行くことをかんがえてなかったのである。


「大丈夫ですよ。私が払いますから」

「うぅ、すみません……。今度、お返しに行きますね」


彼女の優しい言葉に感謝と一緒に払った分の支払いを返すことを伝えた。……のだが。


「? 甘雨さん?」

「はっ! ごめんなさい、また泣きそうになってしまって……」

「えぇっ、何でですか!?」

「だって、だって……」


甘雨さんは涙ぐんだ声で理由を話した。そして、彼女が泣きそうになっている事に納得した。
……そうだ。あの日、私が璃月から離れた日の数日前。私は甘雨さんの元を尋ねていた。それはあの少年についてだった。


『……なるほど、分かりました。この件、私達の方でも探してみますね』

『ありがとうございます、甘雨さん』

『いいんですよ。私も貴女の力になりたいんです』


甘雨さんは当時の私が力の半分を失っていたことを知る1人だった。だからよく気に掛けてくれたのだ。


『……そうでしたか』

『はい。間違いないでしょう』


そして、当時私が追っていた少年の手掛かりを探す上で、真実を伝えてくれたのは甘雨さんだった。


『その少年を襲う人間について、こちらに任せませんか?』

『ありがとうございます。でも、下手に七星が動けば怪しまれます。大丈夫、少年を連れてくるだけですから』

『……分かりました。お気を付けて』


本来であれば、少年を七星の元へ連れて行き保護して貰う予定だったのだ。……だが、私は少年を連れて璃月港へ戻る事ができなかった。
彼女はずっと私の帰りを待っていたのだ。……しかし、当然のようにあるはずだった”返事”が帰ってこなかった。仕事上ではあったが、交した約束を私は守れなかったのである。


「こうして”次”がある。それが帰ってきた事が嬉しいんです」

「……もう二度と、このような事にならないと約束します」


彼女の手を取り、そして綺麗な瞳を見る。まだその瞳には涙が溜まっており、そして不安を覗かせていた。


「……もう同じような気持ちを私は味わいたくありません」

「はい」

「だから、もっと私を頼って下さい……!」

「私は十分、甘雨さんを頼っていますよ」

「もっとです。もっと私を頼って下さい!」

「貴女忙しいのにそんな時間あるのですか……?」

「作ります、貴女のために!」


どうやら彼女の中で私はかなり深い傷痕を刻んでしまったらしい……。この後話すつもりだが、力も戻ったしもう二度と捕まるような真似はないと思う。……断言できないから説得力がない?

未来を見透すことなど私にはできない。だからといっ安心させる為だけに言っている訳では無い。

この先適わない相手が出てくるかもしれない。……あの魔神のように。
当時の私は夜叉として戦う経験が足りなかった。だが、今の私はあの頃より戦術も知識も蓄え成長した。守る事に関しては……鍾離様以外の誰であれば、自信がある。流石に鍾離様には適わないもの……。


「あっ、ここです。 さ、入りましょう!」


甘雨さんに手を引かれ、私は目的地である新月軒へと入った。そこで甘雨さんオススメの料理……というより、好物である四方平和を頂いた。うん、変わらない味だ。美味しい。

デザートに私の好物であるハスの花パイを頂いた。やはりこの味ですね。昔から変わらない味に舌鼓を打った。



***



「ご馳走様でした、甘雨さん」

「いいえ、こちらこそ。貴女の話を聞けて、有意義な時間を過ごせました」

「それだったら私もですよ。私の知らない璃月の話が沢山聞けたのですから」


お互い200年間もの話をしたため、沈みかけていた太陽はとっくに落ち、月が璃月港を照らしていた。


「またこうして食事をしましょう。まだまだ話したいことが沢山あるんです」

「勿論です」


甘雨さんのお誘いにそう返事したときだ。一瞬だけ吹いた風が私達の間を通り過ぎた。


「……あ、お迎えが来たようですよ」

「え?」


甘雨さんの言葉に首を傾げる。よくみたら彼女と視線が合わない。どうやら私の後ろに目線が向いている。

何だろうと振り返ると、そこには建物の柱に背を預け腕を組むがいた。なるほど、お迎えというのはそういうことでしたか。




「あまりにも遅いから来ただけだ」

「丁度良いタイミングでしたね」


まあ話は丁度良く終わった所だったし、甘雨さんの言葉は間違っていない。だが、タイミングが良すぎではないだろうか……。まさか待っていた、とか?


「帰るぞ」

「はいはい。……では甘雨さん。”また”」

「ええ、”また”」


”また”
何気ない言葉だけど、それを再び交すことができる。そのことに胸が温かくなった。


「その様子だと、楽しめたようだな」

「ええ。……とても楽しかったわ」


また同じ時間を共に過ごすことができる。200年間離れた事は、何気ない日常の大切さを自覚させた。当たり前であることがどれだけ尊いものか確認できた。
……それに気づかせてくれたファデュイには感謝はしたくないけれど。


「まだ会いたい人がいるのだけど、ダメかしら」

「……早めに済ませろ、と言いたいところだが、積もる話もあるだろう」

「なんせ200年もの話をするんだから、一日あっても話しきれないわ」

「せめて遅くならないようにしろ」

「はーい」


本来なら璃月港まで降りてくるのは嫌だったろうに、こうして来てくれた。彼の優しさに少しだけ笑みが零れた。そんな私を見ては一瞬だけ呆れた顔を浮べたが、すぐに小さな笑みを見せてくれたのだった。



***
オマケ

好感度で開放されるボイスネタ
〇〇について


名前→甘雨
「彼女は人間と仙人を繋ぐ存在です。昔、甘雨さんはどちらでもないことに悩んでいたことを私は知っています。でも、それはこうとも言えるのです。甘雨さんは人間でもあり、仙人でもある。彼女がいるから、仙人は璃月で人間と共存できていると私は思うのです。……きっと、他の国で仙人の存在を受け入れてくれる場所は、本当に限られた場所だけでしょうから」


甘雨→名前
「過去の魔神戦争で、彼女は味方のために力を奮いました。結果、確かに救われた者はいたのですが、その代償とでもいうように名前は本来の半分程度の力を失ってしまったのです。それが影響して、突然消息が絶ってしまって……本当に、本当に無事でよかったです……!」






2023/01/16


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