序章:僅かな繋がりを求めて



璃月には仙人という存在がいる。その仙人と呼ばれる者達に夜叉一族という種族がいた。しかし、魔神戦争時に発生した業障と呼ばれるものに夜叉達は侵食されてしまい、多くいたその者達は段々と数が減り……そして3名だけとなった。
だが、その内の1名は死亡を確認できなかっただけであり、正気を保ったまま生還したのは2名のみだった。


『私……っ、みんなを助けられなかった……!』

『良い。お前だけでも生き残っていてくれた……それだけでいい』


雨降る戦場。その中に白銀の髪を持つ少女が、亡骸を前に膝を着き泣いていた。その亡骸は、その人物が手を施したが救えなかった者達であった。
その少女に手を回し、後ろから抱きしめたのは濃い青緑の髪を持つ少年だ。この二人は見た目こそ少年少女であるが、実際は何千年も生きている仙人である。そして、冒頭で語った生き残りの夜叉一族だ。

この時、夜叉一族は1名の行方不明者を含め3名のみとなってしまった。多くの犠牲を出し、魔神戦争は終結したのだった。


2人の夜叉は仕える主、岩王帝君モラクスに仕えた。それが彼らと帝君が交した契約であるからだ。魔神戦争時のものである残滓と戦い続けた2人だが、その内の1人……少女仙人は魔神戦争時に力を発揮しすぎてしまい、本来の力の半分余りを失ってしまった。力を取り戻そうとしても、業障による影響がそれを阻んでしまっていたのだ。


『名前……?』


弱っていた事が影響したのだろうか。
約200年程前。少女仙人は多量の血痕を残し、少年仙人の前から姿を消した。少年仙人は人間の子供から少女仙人の話を聞き、現場へと赴いた。その話の内容は、少女仙人が大怪我を負っているということ。

何故その少年が少女仙人の現状を知っているのか、何故少女仙人が大怪我を負っているのか。少年仙人はいくつもの疑問が浮かんでいた。だが、何よりもまずはその少女仙人を助けなければと、少年仙人は風の如く目的地へと向かった。

……だが、少年仙人が辿り着いた時には遅かったのだ。


『隠れておるのか? 大丈夫だ、妖魔の気配はない』


少年仙人は見た目こそ人間そのものだが、実際は鳥の姿をしている。また、少女仙人も少年仙人と同じく本来の姿は鳥である。

少年仙人は少女仙人が本来の姿に戻り、どこか安全な場所で身を潜めていると考えたのだ。だが、いくら感じ取ろうとしても少女仙人の気配はどこにもなかった。


『頼む、出てきてくれ……っ』


血痕を見て、少年仙人は少女仙人の状態が危険である事は分かっていた。だから早く姿を見せてほしかった。なのに、少年仙人の呼びかけは虚しく空へ消えるのみ。


『どこだ……どこへ行ったのだ、名前……ッ』


この日から少年仙人は少女仙人を探し続けている。だが。200年探し続けても少女仙人の姿どころか、噂も出てこなかった。


『……誰だ。我の番を……名前をどこへやった……!』


少年仙人と少女仙人はただの同胞ではない。二人は共存を誓い合った仲であった。その様子を当時生きていた仲間達はこう語った。
2人ほどの仲の良い者達は存在しないだろう、互いが互いを大事にしているのがよく分かる、誰が見ても愛し合っている、と。

他人から見ても分かるように、少年仙人は少女仙人を愛し、また少女仙人は少年仙人を愛していた。その様子から、璃月では二人の仲を理想の夫婦像として語られている。それが夜叉という仙人から来た話であることは遠い昔から語られていた故か、理想の夫婦像と語られた仙人とだけしか残っておらず、2人の名は残っていない。


『許さぬ……許さぬ……!』


そうとまで言われ、語り継がれている話の対象である少年仙人が、少女仙人を傷つけた対象に憎悪を抱くのは当然であった。その場に残った痕跡は少女仙人のものである血痕と、そこから僅かに感じ取れる少女仙人の元素反応のみしかなく、少年仙人の欲しい情報はなかった。

時間は少年仙人の願いを叶えないまま、200年の時を進めた。その時間が少年仙人に与えたのは、少女仙人への想いと、自身から彼女を引き離した存在への憎悪。だが、少年仙人はその状況を表へ出す事はなかった。

それでも、少女仙人の消息が絶ったことを知る者はいた。その者達は少年仙人を気に掛け、また微力ながらも協力を続けた。その者達にとっても少女仙人の存在は大きいものであったからこそ、少年仙人の力になると進んで声を掛けたのだった。


しかし、協力者がいても転機は訪れなかった。



「何故、何故お前だったのだ……名前」



少女仙人の名は名前。そして、その少女仙人を探す少年仙人の名は。2人の名は岩王帝君モラクスによって名付けられたものである。
2人には複数の名があった。その名を知る者も、現代の璃月に何人いるだろうか。それほどに仙人……夜叉の存在は人々に忘れ去られていた。


「我はお前が無事であるなら、それで良いのだ。だから、だから……」


いつか自分の存在が愛する人に忘れられてしまうのでは。はその恐怖に怯えていた。だが、共存を誓い合った時、2人には繋がりが生まれた。その繋がりはお互いを結んでおり、気配を感じ取ることができるという。


当時、名前が消息を絶った日。その直後は気配を感じ取ることができず、は名前がこの世からいなくなってしまったのではと絶望に陥っていた。だが、そんな現実を認めたくない気持ちが勝り、その考えを拒んでいた……その時だった。

僅かに感じた名前の気配。それは彼女が生きているという証拠であった。だからは今も尚、名前を探し続けているのだ。



「無事に、我の元へ帰ってきてくれ……」


月の光が大地を照らす。その月へとは手を伸ばす。その様子はとても痛ましいものであった。



「……!」


場所は変わり、国はモンド。
フードを深く被り、前進を覆うローブを纏う者が岩に背を預け眠っていた。しかし、何かに呼び起こされたかのように目を開けた。


「また、聞こえた……」


淡い青緑の瞳を大きく開き、そう呟いた声は女性のものと思われる。


「あなたは誰なのですか? どうして私を支えてくれるのですか……?」


突如、突風が吹く。その突風は女性と思われる人物が被るフードを容易く外した。



「私はあなたがいることを信じます」



フードから現れたのは白銀の髪を持つ少女であった。この少女が探している人物は誰なのか、そしては名前と再会できるのか。
このすれ違った物語は、とある旅人による介入で動き出す。






2023/01/09


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