変わっていく心境
あれから苗字名前は休みが取れる度に帰ってきた。瀞霊廷から持ってきたと言う土産を必ず持って。
やはり流魂街と違って瀞霊廷の中の食べ物は美味いものばかりだ。なのにこの女は婆ちゃんの料理が一番だと言っていた。
瀞霊廷ン中なら美味いものばかりだろうし、服も色んな物がある。間違いなく生活には苦労しない。
なのにどうしてこんな場所に帰ってくるのだろう。
彼奴が帰ってくる度にそんな事を思っていた。……だから思い切って聞いてみた。
『なんで帰ってくるのかって?そりゃあ心配だからさ』
『誰が』
『婆ちゃんと桃。……そして』
『うっ』
急にのしかかってきた重み。それは名前の手だった。
『冬獅郎。……お前だ』
『……ふんっ』
何故か俺はこいつの笑みを真っ正面で見れなかった。それは何故なのか。……その時の俺には分からなかった。
『さて!休憩終わり!桃!』
『うん!!』
前々から桃が言っていた事…死神になりたいという意思は名前に影響されたと言う。つまり桃にとって名前は憧れの存在と言う訳だ。
木刀を振りかざして名前に向かって行く桃。それを平然と受け太刀し、木刀ごと桃を押し切る名前。誰がどう見ても桃の負けである。
『うーん、もしかしたら、桃は剣術向いてないかもなぁ』
『そんなぁ!!……じゃあ私、死神になれないの?』
『そう落ち込むなって。まあ剣を使えた方が良いのは確かだが、死神は剣だけが武器じゃない』
そう言って名前は尻もちを付いた桃に合わせる様に膝を付いて屈むと、手のひらに赤く光る玉を出現させた。
『死神にはもうひとつ、鬼道という技がある。これは私からは教えることはできないが、真央霊術院に入れば身に付けられる。……これは感だが、桃は鬼道の方が得意かもしれないな』
名前は赤い玉を消して、未だに座り込んでいる桃の手を取って立たせた。桃の服に付いた土埃を名前は払っていた。
『さて!今日は私が料理を作ってやろう!何が良い?』
『名前お姉ちゃんが作るものなら何でも!』
『何でもが一番困るんだぞ、桃……』
桃の回答を聞いて苦笑いを浮べた名前は『冬獅郎』と俺の名前を呼んだ。
『お前は何が食べたい?』
『……甘納豆』
『お、甘納豆か!良い所に目を付けているな〜。美味いよなぁ、甘納豆』
女の癖して口調は男っぽい。はっきり言って女らしさはない。
だからといってガサツではない。一つ一つの動作はテキパキしてるし、何よりも___
『? どうかしたか?』
『……なんでも』
さっき桃とやり合っていた時の姿は、動いているのにどこか静かで……。
口を開けば騒がしい名前からは感じられない程に静かな動作だった。
あれが、死神の実力なのだろうか。
それとも、名前の実力なのだろうか___。
***
夕飯を終えて後は寝るだけになった時。
『どうしたの?名前お姉ちゃん』
真っ先に布団に入った名前が急に飛び起きた。……その表情はいつも見てきたものと違って真剣で。
『婆ちゃん、桃、冬獅郎……絶対に外には出るな。……良いな』
『お、おぅ』
名前の声は女としては低い部類に入るが、その声がいつもより低く聞こえた。
真剣さを含んだその声に俺は、素直に頷く事しかできなかった。
名前は手ぶらで家を出て行った。……そう、何も持たずに。
一体どうしたと言うんだろうか。何も武器を持たずに出て行くなんて。
『……名前お姉ちゃん、遅いね』
『そーだな』
『……っ、私! 様子見てくる!!』
『おいっ、桃! 彼奴が外に出るなって言ってただろ?!』
『でも心配なんだもん!!』
そう言って飛び出した桃を俺は追うために、家を出た。
外はすっかり日が暮れていて、真っ暗とまではいかないが、闇に包まれていた。
『おい桃!! ……って』
案外桃はすぐ側で見つかった。
しかし、桃の目の前には___
『な、なんだよ……こいつ……!!』
見た事の無い化け物がいた。
仮面みたいなものを着けていて、うなり声のような声が聞こえる。
俺はその化け物を見た瞬間、金縛りにでもあったかのように動けなかった。
『ゃ……っ、たす……けて……!!』
化け物の手が桃に伸びる。
桃が助けを求めているのに、身体が動かない。
動け……動け……!!
『破道の六十三「雷吼炮」』
その声が聞こえた瞬間、雷撃が化け物に直撃した。
化け物は雷撃に吹き飛ばされ、遠くに転がった。
『大丈夫か、二人とも』
聞こえてきた声は、名前のものだった。
名前は化け物に向けていた手を下ろすと、俺と桃の容態を確認し始めた。
『うん。特に怪我はなさそうだな』
良かったよ、と言って俺達に微笑む名前。
しかし、その後ろから___
『名前、後ろ!!』
俺が叫んだ瞬間、名前は俺を見て微笑んだ。
そして……
『縛道の六十一「六杖光牢」』
名前がそう言った瞬間、6つ光が化け物の動きを封じるかのように捉えられていた。
名前は化け物の方へと振り返り、対面する。
『破道の七十三「双蓮蒼火墜」』
化け物へと手の平を向けたと思えば、そこから巨大な火柱が発生した。
土煙が晴れた瞬間、化け物は呻き声を上げながら消滅した。
死神とか俺には正直よく分からない。
でも、これだけは分かった。……強い、と。
『ごめんな、怖い思いをさせて。 ……もう大丈夫だ』
『うぅ……っ、ふえぇ〜〜〜んっ!!』
『よしよし、もう化け物は来ないから』
緊張が解けたのか、桃は名前に抱きついて泣き出した。そんな桃を軽々と抱き留め、名前は俺を見た。
『冬獅郎も、ごめんな。私がもっと早くに来ていれば……いや、取り逃したりしなければこんな目に遭わせなかった』
『こ、怖くなんかねーよ!!!』
『おーそうかそうか。強いな、冬獅郎は』
『頭撫でんな!!』
『ははっ、照れるな照れるな。さ、ばあちゃんも心配しているだろうから、早く家に帰ろうな』
泣き疲れた桃を名前は背中におぶり、俺の手を取った。
その手は俺よりは大きくて、何処か固くて……そして、頼れる手だと思った。
化け物を倒す名前の背中が、かっこよく見えたのはきっと……気のせいなんかじゃない。
きっとこの時にはもう、俺は彼奴を目標にしてたんだろう……無意識に。
続きます
2021/07/24
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