きらいで充分
あれがきらいとかこれがきらいとか僕がきらいだとかぜんぶきらいとかそれがきらいとか世界が嫌いとか、とにかくきらいなモノが多すぎたきみが、とうとう好きなモノを見つけたらしいので僕は宝を見つけた気分で見にいこうと思う。
「きみ、ひょっとして緊張してるの?」
「まあね」
──ピーマンは?
──きらい
──数学は?
──きらい
──教頭先生は?
──きらい
──じゃあ僕のことは、
──きらい
ポンポンポンとまるで童歌を口ずさむように。あの子と僕は仲良くなる前から、あの子のきらいなモノをひたすら探していた。
あの子は好きなモノの話なんて今まで一回もしたことがなかったし、僕もずっとそれが普通なんだと思っていた。だからあの子がはにかみながら好きなモノの話を出してきたのは正直驚いた。
人って本当にかわるんだなあ、と思って。
「どんな人?」
「みたらわかる」
あの子が初めて好きになったモノは一つ下の学年の男の子らしい。
朝の七時十五分きっかりに家を出たときに、家から数えて二つ目の交差点で彼と合流できるんだとか。
そんなことをきいたら、当然話だけで済ませられるわけもなく。照れる彼女の手を引いて、今日は二人で彼のことを待ち伏せしている。
どんな人だろう。前例がないだけに気になってしょうがない。詳細をきいてもあの子は「みたらわかる」の一点張りだし。
「あっ……」
隣の彼女が期待を孕んだ声をあげる。僕の期待も最高潮だ。交差点の向こう側をみると、僕らと同じ制服に身を包んだ少し背の高い男の子がいる。
さあ、きた。
僕は“あの子の嫌いなモノ”代表として、あの子が初めて好きになったモノと対面する。
【きらいで充分】
横断歩道を渡ってきた噂の彼は、言葉では言い表せないくらいの女顔だった。そして僕のすぐ横にいる彼女を視界に入れた瞬間、顔を歪めて舌打ちをする。
ちょっと……これ、大丈夫?
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