novel3 | ナノ



01

あれから、様々な事があった。
ジョースターの男爵としての爵位は、一時的にリリアンが継承する事になった。
家督と、父の貿易会社と、リリアンの商会と、全ての権利が集中してしまったが、身重のエリナにそれらを背負わせるわけにはいかない。
波紋の本格的な修行は出来なくなった。日常生活が忙しくなってしまい、その時間が取れなかった。
基礎的な事だけしか教われないままに終わったが、超能力のコントロール方法は何となく理解出来たので、それで良いのかもしれないと、リリアンは思った。
教わりたい気持ちはあったが、トンペティ氏達をこれ以上この国に拘束するわけにもいかなかった。
彼等はリリアンの身を慮ってくれた。エリナの為に、そして救助された赤子の為に奔走するリリアンを、よく手伝ってくれた。

アメリカ行きの船に乗っていた乗客の名前が乗った名簿は、警察が見つけていた。
何度か話し合いをした後、乗客の中に居た子供と思われる名前、赤子の身元の予想を、警察はつけてくれた。
しかし、子供と共に船に乗っていた家族は多く、名前が絞れなかった。港に集まっていた遺族の中にも該当する親類縁者も居なかった。
何人か名乗りを上げてくれたが、リリアンは赤子を見た時から考えていたように、自分との養子縁組の手続きを進めた。

赤子はリリアンの子供となった。
名前は、エリザベス・ジョースター。
メイド達の手を借りながら、リリアンはエリナ達と共に彼女を育てた。
父の海上貿易の会社は、リリアンが社長となる事にした。家令であった執事を副社長にし、共に貿易事業をメインに行う事にした。
MJ商会は広く細々とした活動と経営を続けていたが、それの社長の名義はリリアンのままに、最も優秀な部下に副社長となってもらい、彼にその経営を全て任せる事にした。
貿易会社からのバックアップは惜しまず、海外への進出を後押しした。
そうしてがむしゃらに働いていたリリアンはある日倒れてしまった。
普通に過労だった。

お腹の大きくなったエリナに泣かれて、ロバート氏に泣かれて、イギリスに残ってくれたストレイツォ氏には呆れられた。


「リリアン…少しは休んでください…エリザベスが貴女の顔を忘れてしまいますよ…ほら、ママよエリザベス」

「あー!マー!」

「ふふ…私の事、ママだって思っていてくれてるんだね…」

「もう!この子の母親は貴女です!その責任はちゃんと果たして…っもっと家に帰って来てください…っ」

「ごめんエリナ…」

「めー!」

「ごめんねリサ…いいこいいこ」


女性陣からは、メイドも含めてかなりきつく注意されてしまった。


「もっと俺に頼ってくれ…。ジョースターさん達に比べれば頼りないかもしれねぇが、俺が支える!いつだって助けになる!」

「付き合いが長くなって分かったが、君の悪いところは何もかもを抱えすぎるところだ…もっと周りを頼れ」


男性陣二人はそう言って、時間差で同じ花束をくれた。見舞いのプレゼントが被った二人はなぜか苦虫を噛んだような顔をしていたが、リリアンはその気遣いが嬉しかった。
花は、直接プレゼントされた事がなかったからだ。祝いとして玄関に飾られたりはしていたが、手渡しは初めてだった。
父やジョナサンやディオからは、時計や万年筆や髪飾りを貰う事はあったけれど、束ねられた生花をプレゼントされる機会は無かった。
父やジョナサンからは今後も貰う機会があったかもしれないが、ディオからは絶対に無いだろうなぁ、などと考えて、リリアンは少し笑った。

エリザベスはどんどん大きくなっている。ハイハイを終え、掴まり立ちを始めた彼女の成長を、リリアンはもっと見たいなと思った。
メイドや家政婦がいるからとはいえ、もう臨月を迎えるエリナに任せきりになるのは良くない。
父の事業を完全に引き継ぎ、分からない事に少し四苦八苦していたのだが、今回はちょうどそれらが落ち着いて、気が抜けたから倒れてしまった。
これを機に少し休もうと、リリアンはまた人材育成の方に力を入れる事にした。

けれど、そうして落ち着き出した頃に、リリアンはまた自分の体に異常が起こっていると、ようやく気がついた。


「ストレイツォ…あの、調べて欲しいことが…あるんですが」

「どうした?」


ストレイツォはジョースター家の従者(フットマン)となってくれていた。
チベットでの修行は良いのかと問うリリアンに、石仮面の問題に巻き込まれて女子供だけとなった物達を放っておく事は出来ないと言われた。
波紋の師のトンペティ氏もそれに賛成というか、せめてエリナの出産が終わるまではイギリスに残るようにと彼に言いつけて、一人でチベットへ帰ってしまった。
また会いにくるし、機会があれば来て欲しいと言ってくれた師は、別れ際までリリアンをとても気遣ってくれていた。
ストレイツォ氏とは最初こそお互いに遠慮していたが、最近はもうお互いの名前を呼び合う程にと打ち解けられていた。


「あの…私…」

「な、なんだ…?」

「私の身体に…貴方の波紋を流してくれませんか…?」

「…??」


その言葉に、ストレイツォは怪訝な顔をした。


「…ど、どこか身体に不調でも?君自身で波紋を扱えなくなったのか?」

「いいえ…でも、私の弱い波紋では、分からない事があって…今はその、上手く言えないのですが、貴方の高精度な波紋を流して貰えれば、少し分かると言いますか…」

「分かった…何か言い辛い事でもあるんだな?…医務室を借りよう」


そして、リリアンはストレイツォの波紋を流してもらった。
全身を駆け巡る、暖かな波紋。びりびりとした強い彼の波紋がリリアンの身体を満たした。


「どうだ…?何か分かったか?」

「…、私の身体に、特に異常は無いですよね?」

「ああ、それは確かだ。脈拍も体温も呼吸も正常。外傷や体内の傷も何も無い」

「そう…ですよね」

「どうしたのだ…?何がそんなに不安なのだ…」

「その…」


ストレイツォは本当に心配そうな顔で聞いてくれているが、リリアンは彼に言っても良い話題なのか分からず、口ごもった。
文化の差もあるし、男性にこんな事を言うのは少し憚られる、と。


「私の身体…妊娠したりとか…してない…ですよね?」

「……………は?!」


ストレイツォはたっぷり5秒は固まって、そして顔色を赤くしたり青くしたりして、大きな声で驚いた。


「だ…ッ誰にされた?!スピードワゴンか!あいつか!?いつのまに君達はそんな中に…!」

「違います違います…!レオさんとそんな関係じゃないです!あのっ!ちょっと!ストレイツォ!」

「このストレイツォ容赦せん!!」

「ちょ…待って!!」


リリアンは椅子から荒々しく立ち上がって医務室を出て行こうとしたストレイツォの腕を思い切り引っ張って止めた。
そして誤解を解き、話を続けた。


「生理がこない…と」

「ええ…妊娠していないのは貴方も波紋で分かりましたよね…?なのに、生理が来なくて…というか、ここ半年以上来ていないことにようやく気が付いたんです…」

「それはいつからだ?」

「ずっとバタバタしていたので最後にあった日を覚えていないのですが…父が死んですぐくらいだったような…その後とても立て込んでて、そしてディオに攫われて…その…また色々とあって…精神的にも肉体的にも参っていたので、止まってしまっていたのだと思っていたのですが…」

「ここ最近、君は十分な休養を取れて、比較的規則正しい生活を送れている。それなのに、来ないと…医者には見せたのか?」

「はい…でも、特に何とも無いと…」

「それで私に…あまり女性の身体に詳しいとはいえないが、半年以上…もう一年近いじゃないか。
それだけの期間に無いというのはやはりおかしい。波紋でも特に異常は無く、妊娠も確認出来ないから、何か別の原因があるのでは…?」

「今の医療技術は波紋法に劣ります…その波紋でも分からないという事なら…」

「私は治癒波紋が得意ではあるが、それでも人体の構造を全て知っている訳ではない。一度、大きな病院で検査してもらうべきだ」

「はい…」


リリアンはその後、何度か最新の医療機関で検査を受けたが、それでも結果は変わらなかった。
(X線が発見されるのは1895年の為、触診や聴診以上の詳しい検査は出来ない)
おかしいな、と思いはしたが、身体にそれ以外の異常はなく、むしろ生理がこない為、今まで以上にバリバリと働けたくらいだ。それで過労で倒れたので元も子もないが。
現代医療を超える波紋法でもわからないのならお手上げだった。
そして、そうこうしている間にエリナが産気づいた。

リリアンは初めての事にパニックになった。これに関して言えば、ロバート氏の方が落ち着いていたかもしれない。


「落ち着けリリアン。エリザベスが不安がっちまうだろ?お前はこの子の母親なんだ。エリナ嬢ちゃんの事は医者達に任せて、どんと構えてろ」

「レオさん…はい…。」

「ママ?」

「うん…大丈夫…リサもエリナママを応援しようか」

「ん!」


エリザベスの誕生日は分からないが、おそらく、救助された今年の2月の段階で生後2ヶ月は過ぎていた筈だ。
そこから逆算して、彼女は11月か12月産まれ。今は10月なので、もうすぐ1歳になる。
その辺りの日付で生年月日を決めて役所には提出した。
喃語だが楽しそうに何事かをご機嫌そうにおしゃべりしてくれる彼女は、最近意味のある単語もたくさん喋れるようになってきた。
そんなエリザベスをあやしながら、病院の待合室で待っていると、やがて一つの産声が聞こえた──







「新しく館を建てましょう!」

「リリアン、」

「おう!手続きは任せなァ!」

「爵位もいますぐジョージに渡します!」

「リリアン、落ち着いてね」


リリアン達はハイになっていた。エリナは無事に出産を終えて、母子共に健康だった。赤ん坊は男の子だった。
名前は、エリナの希望でジョージと名付けられた。
父の名前からとってくれた事に、リリアンは感激した。ジョージ2世となったその子は、ジョースター家の希望、新たな星の子どもだった。

リリアンはあまりに舞い上がってしまった。
小さな頃のジョナサンとよく似た赤子。ジョージという名前、その存在全てが愛おしかった。
初めての甥っ子の存在はそれ程までにめでたかった。
暫くの間は現在のジョースター邸で皆と共に過ごした。けれど、気をつけては居たがそれまでエリザベス中心だった皆がジョージに夢中になったので、エリザベスの様子が不安定になってしまった。
やってしまった、これはいけないと、リリアンはエリザベスを全力で可愛がり、エリナとジョージと適切な距離感を取ろうと心がけた。

そして、月日が過ぎていく。その間、大変な事は多かったが、楽しい事の方が多かった。
幸せだった。そして、忘れていった。自分の身体の異変を。

そしてリリアンは、ストレイツォとロバート氏に同時に求婚されるという事態に見舞われた。
パニックになった。
言葉をたくさん話せるようになったエリザベスはストレイツォをパパだと呼び出し、彼の味方についた。
エリナはロバート氏の方の味方について彼を応援した。
どちらの事もそういう対象として見てこなかったリリアンは逃げ出した。もとい、久々の海外出張に出かけた。
そしてふと、自分の結婚について考えて、家族のこと、子どもの事を考えて、自分が妊娠出来ない体質だという事を思い出した。
生理が来て居ないという事は、排卵もされていないという事だ。
あの二人が魅力的な事は知っている。けれど、結婚してもリリアンは子供を作る事は出来ない。
そんな、子孫を残せない、妊娠しない女と、一緒になってくれるのだろうか。
ストレイツォは知っている。けれど、ロバート氏は知らない。けれど知ったところで、彼ならばその想いを変えないだろう。
優しい人だ。優しい人達だ。リリアンはそれを、身をもってしっている。
だからこそ、子供を孕めない自分と夫婦になんてならないで欲しいと、思ってしまった。

戻ってくると、二人から謝罪を受けた。困らせるつもりはなかったと。
リリアンは心が痛かったが、正式に二人からの申し出を拒否した。自分は妊娠出来ない身体だという事も、説明した。


「リリアン…俺は子供は好きだが、ここに居ねえ子供よりお前が好きだし、大事にしたいと思ってる。
それに子供ならエリザベスがいるじゃあねえか。夫婦間に子供が出来なくたって、いくらでも幸せになれる。
二人で一緒に死ぬまでそばに居てえって、そう思ってる」

「スピードワゴンと同意見なのは癪だが、私もだ。ディオにされた事を気にしているのか…?君がいくら気にしようと、私は気にしない。今の君の存在丸ごと愛している」


二人は、リリアンに欲しい言葉をくれた。
けれどリリアンは、その言葉に、その想いに、その熱量に、同じだけのものを返す事が出来なかった。
恋という心を、抱けなかった。
リリアンの心は、まだディオに、人間であった頃のディオに囚われている。


「ごめん…なさい…」


深く、心の底から謝罪するリリアンに、二人はそれでも優しかった。
その後、暮らしが安定すると、二人はそれぞれ別れの言葉を告げて、リリアン達の元から去っていった。
ロバート氏は、世界を旅すると。ストレイツォはチベットに戻ると。
けれど、また何度でも帰ってくると言って、去っていった。
結局、リリアンは二人を選べなかった。リリアンはエリザベスを、エリナを、ジョージを選んだのだ。

その後、ロバート氏は国に帰るたびに屋敷に寄ってくれた。海外の土産話、情勢の話や、流行りのものをたくさん教えてくれて。
手伝える仕事はないか、海外の支店にもっていくものは無いかなど、リリアンの役に立とうと変わらず頑張ってくれる彼に、リリアンは申し訳無さを感じた。


「俺ァお前が好きだし、外の世界を回るのも好きだ!ジョースター家の役に立てるってのも好きだし、今すげえ楽しいんだよ。人生が充実してるんだ。」

「そう…ですか」

「リリアン、俺はお前がお前らしく生きててくれればそれで良い。海外に興味があるんだろ?俺もだ!
気になる所があれば俺が先に行って、案内してやれるくらい詳しくなってみせるぜ!
エリザベスと、エリナ嬢ちゃんとジョージと一緒に行きたい所があればどこでも言いな!旅行のガイドを請け負うぜ」

「ふふ…レオさんが楽しいなら、私も嬉しいです。頼りにしてます。エリザベスとジョージがもう少し大きくなったら、一緒に、旅行しましょう」

「おお!」


行動力があり、明るいロバート氏を見ていると、気にしているリリアンがおかしいのではないかという気持ちになった。
彼の姿を見ていると、かつて海外に想いを馳せて、その脚で全国を回りたいと思っていた夢を、リリアンは思い出してしまう。
ジョースター家の男達皆に乞い願われて、諦めてしまったその夢。
その夢の先に、ロバート氏は居る。
とくりと、胸が熱くなった。

ストレイツォは一年一度、ジョージとエリザベスの誕生日の時期の11月頃にイギリスへやってきてくれた。師のトンペティも一緒にきてくれた時には、ロバート氏も交えてお祝いをした。
そうして、年月が慌ただしく過ぎていった頃、リリアンはまた自分の身体の異変に気がついた。


「…なんで気が付かなかったんだろ…」


生理どころか、髪の毛、爪、まつ毛、体毛に至るまで、その成長が止まっていた事に、リリアンはようやく気がついた。
枯れない花を撫でながら、リリアンはぐっと胸に手を当てて、己の心臓が動いている事を確認して、ため息を吐いた。




[ 33/52 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -