novel2 | ナノ
   




一度目の告白をされるまでの二人の日常と、二度目の告白をされた後のお話。




 












幼い頃から、きらきらしたものが好きだった。
赤、ピンク、黄色など、幼い少女達が目を輝かせて手を伸ばすような色合いのものが、普通に好きだった。

光沢のあるボタン、ガラスの靴のようなサンダル、おもちゃの指輪やネックレス、宝石を模した飾りの付いた魔法のステッキ。
夏の花火、光を反射する川や海、夜空に輝く星々、天の川、桜並木や銀杏並木、教会のステンドグラス、真冬のイルミネーション。
日本だけでなく、両親に連れられた世界各地で目にしてきた、数々の煌びやかな景色。

幼い頃の秋希乃は、それらを人並みに好んでいた。
わざわざ有名なイルミネーションを観るために遠出を強請る事すらあった程には、興味関心を持っていた。


──それらに一切心が動かなくなったのは、両親と祖父母が死んだ時からだ。


真っ白な病院、真っ暗な遺体安置所。
真っ白な白衣、真っ黒な礼服。
真っ白な花、真っ黒な霊柩車。
真っ白な煙、真っ黒な位牌。
真っ白な骨、真っ黒な自分。


全てがモノクロだった。あの日から秋希乃の世界からは色が消えて、輝きも失くした。
自分が何を好きだったのかすら、忘れた。


──けれど、日本を出て、たどり着いたエジプトの地で、全てが変わった。
人の形をした流れ星。そして、その星を宿した黒髪のかわいい甥っ子が眼を開いた時に、その色が秋希乃の目に飛び込んできた瞬間から、世界が再び色付いた。


エメラルドグリーン。きらきらした翠色。


くらり、と、吸い込まれてしまうような、思わずほうとため息を吐いてしまうような美しさ。
大切な甥が宿す、秋希乃にとっての一等星。
その色を特別に思い、一番好きな色だと思うに至るのは、自然な流れだった。


──そして、それと似た色、似た輝きを放つその存在が、花京院のスタンド、ハイエロファントグリーンだった。


法皇の緑。花京院の精神の象徴であるそのスタンド。
彼のその姿を見るのが、秋希乃は好きだった。
初めて目にした時から、暗闇を照らすように光るその宝石のようなビジョンがあまりにも眩くて。
エメラルドの結晶も、消えなければ良いのにと思う程に心惹かれてしまった。

初流乃の瞳が宿す色と、彼の精神のビジョンの色はとてもよく似ていた。
だからこそ、早々に花京院の事を特別視してしまったのかもしれない。

それくらいに、エメラルドグリーンという色は秋希乃にとって特別だった。








「──スタンドの可能性…ですか?」

「ああ、折角だし、少し試して良いかい?」


それはジョースターの末裔探しが一段落し、花京院から誕生日プレゼントを貰ってからすぐの事だった。
ある日、スタンド同士が触れ合う感触をまた味わってみたいと、彼が言ったのだ。

スタンドとは剥き出しの魂のようなものなので、DIOの組織においても無闇矢鱈と出現させていた訳ではない。
秋希乃のハトホル神は弱い。本体と同等かそれ以下であるので、スタンド共々直接攻撃されれば一巻の終わりである。
ダンのラバーズも似たようなものだ。スタンドの持つ物理的な力では髪の毛一つ持ち上げられない。
そういうタイプは代わりに射程距離が広かったり特殊な能力を持つ者が多い。
トト神やバステト女神、ハーミット・パープル、ティナー・サックスもそのくくりだろう。

だから、という事もあるし、秘密主義者が多かった事もあり、組織の仲間達のスタンド同士で触れ合う機会は特に無かった。
ただ、彼等のスタンドと秋希乃本体とでの接触はあったけれど。
ワールドやゲブ神に腕を拘束されたり、イエローテンパランスにはべちゃりと肌を汚されたり、ラバーズに擽られたり。
ホルス神を撫でたり、アヌビス神やマンハッタントランスファーやエンペラーに触らせて貰ったり。
一度ザ・ワールドにハトホル神を鷲掴みにされた事はあったけれど、あれを触れ合いとは言えないだろう。

それこそ、花京院にスタンドとは何かを説明した時が、あれが初めてのスタンド同士での触れ合いだったのかも知れない。
そう思い返しながら、花京院からの提案に秋希乃は了承した。
二度目であるし、以前より距離の縮まった彼とならば大丈夫だろうと判断したのだ。


「じゃあ…触るよ」

「はい」


以前のようにハイエロファントの触手が伸ばされるのかと思っていると、少し違った。
ハイエロファントの指でハトホルをつついたり、触手で撫でたり、視界だけでなく聴覚も共有出来るのかと、耳?元で喋ってみたり。
傷付けないようにと優しく触れてくる彼等に、秋希乃は多少強張っていた肩の力を抜いた。

けれど、ハイエロファントにハトホルを持ち上げられた時に自分の身体ごと浮いたのには、分かっていた事だが驚いた。
花京院もかなり驚いたのか声を上げた程だった。
スタンドと本体は連動しているのでこのような事になるのだろう。
それがよく理解出来た筈だ。と秋希乃は思ったが、花京院はまだ試し足りないようだった。

そして、何故かハイエロファントのサイズを縮め出した。
流石に、秋希乃は焦った。
そんな事をするスタンド使いは、アレッシーの能力で強制的に行われる時以外見た事がなかったので、本体の花京院までも一緒に縮むのではと思ったのだ。
けれど、サイズの変動は連動しないようで、そのままのサイズを保つ花京院に秋希乃はほっとした。


「わ、すごい…本当に小さくなって…かわいいです」

「かわいい…かな?」

「手のひらサイズはかわいいです」

「ああ…僕も君のハトホルの事をそう思ったし…やっぱり、小さいものはかわいく見えるのかもね」

「ふふ、そうかもしれませんね」


みるみるうちにハイエロファントは小さくなっていき、そして、目の前の光景が出来上がった。
ハトホルと同じ3cm程の背丈しか無いハイエロファントグリーン。
秋希乃の掌の上で、二人、否、二体?が手を取り合っている。
握られていない筈の自分の掌に感じる感覚は、新鮮だった。
花京院もきっとそうなのだろう。自分の手を見つめて興味深そうにしている。

秋希乃も自分のハトホルを逆に大きく出来ないかと試した。しかし、それは出来なかった。
音波ならいくらでも変幻自在に操れるが、スタンドの体をどうこうする事は、秋希乃には不向きのようだ。

相変わらずスタンドとは不思議な力だ。
元々超能力と呼ばれていたものであるし、個々人での違いが多い事に加えて能力の全容を黙秘する者ばかりの為、解明されていない事の方が多い。


「ハトホルにも手があったんだね」

「そうですね。鈴の形はしていますが、一応足らしきものも付いてます」

「本当だ。スタンドの視界からだとよく視える」

「スタンドの視界…そういえば、私はハトホルと視界を同一化させた事が無いかも知れません。
典明くんのように人型では無いので、その発想がありませんでした」

「なるほど…タイプによって全然違うんだね。そういえば…ハトホルは基本的にずっと君にくっついているのかい?」

「そういえば、そうですね」


髪飾りのように頭にくっついていたり、ブローチのように胸元に居たり、ネックレスのように首元に現れたり、掌に乗っていたり。
それ以外の場所、つまり意図的に本体から離したり遠ざけた位置でスタンドを出した事は無かった。
だから視界も共有した事がなかった。する必要が無かったからだ。
秋希乃は試しにハトホルを離れた位置に動かそうとしたが、それも出来なかった。


「能力が特殊な代わりに、スタンド自身を移動させられないようだね」

「…そうですね。
典明くんのハイエロファントは射程距離が広いようですし、離れた所からの視界の共有も慣れているのですか?」

「そうだね。どこまで遠くへ行けるか、よく試したものさ。
紐状になればどこまでも…かなり遠くへ行ける。
そういった伸縮のような操作に慣れていたから、小さく出来たのかもしれない」

「なるほど…あ」


ハトホル神の、何の為に付いているのか不明な小さな手と、ハイエロファントの手が触れ合って、何故かその場でくるりくるりと回り出した。
本体である自分達に影響が来ないので、もしかしたらスタンド自体が意思を持って行動している時などは動きが連動しない、のかも知れない。
花京院は少しそわそわしながらスタンド達を見守っていた。


「ハトホルの事、秋希乃が動かしている訳じゃないよね?」

「はい、今は。典明くんもハイエロファントを動かしていない、という事ですか?」

「ああ、ハイエロファントが勝手に動く、というか、何かの中に潜みたがるのは時々ある事だが、こんなにご機嫌なのは初めて見たかもしれない」

「そういえば、ハイエロファントは広い所が嫌いなんでしたね。
私のハトホルはあまりそういった事は…あ、私から離れようとしない?のが特徴なのかも知れませんね」


マイム・マイムのような動きを秋希乃の掌の上でひと通り続けたスタンド達は、今度は抱き合っていた。
と言っても、鈴の形をしている丸いフォルムと人型のハイエロファントとなので、大きなバランスボールに抱きついているような格好だったが。

秋希乃は少しおかしくて、二体がかわいくて、つい笑ってしまった。
花京院は慌てた様子でスタンドを引っ込めようとしていたけれど、焦っているのか上手くいかないようだ。
全身で柔く抱きしめられている感覚が、ハトホルから伝わってくる。
彼の体温まで伝わってくるようで、少し肌寒い季節になってきた今、その温もりは暖かくて、心地よかった。


「す、すまない!また僕は…!」

「大丈夫ですよ。それより、しー…です。初流乃が起きてしまうかも…」

「あ、ああ…本当にすまない…」


秋希乃の横では、夕飯を食べた初流乃が寝こけていた。
姉は不在だったので、今日は三人で夕飯を食べたのだ。
こうして自宅に花京院を招くのも、慣れてしまった。
彼が家の中、秋希乃の部屋の中に居るのも、もうすっかり、馴染んでしまっていた。


「ぐっすり寝ているね」

「そうですね…疲れていたんでしょう。」

「…ふふ、眠っている時の顔、秋希乃に似ている…」

「えっ私の寝顔、いつ見られてました?」

「時々新幹線でうたた寝してる時とかにね」

「…う、私…口開いてませんでした?」

「少し、ね」

「寝る時口開いちゃうのでよだれ出ちゃうんですよね…恥ずかしいので起こしてください…」

「もう見てしまったな」

「えー…忘れてください…」


初流乃が身動ぎしたので、花京院と小声で話す。
そうしてひそひそと小声で会話していると、いつのまにかハイエロファントは元のサイズに戻っていた。
彼はほっとしていたけれど、秋希乃は温もりが消えてしまったので少し残念に思ってしまった。

──それ程に、秋希乃は花京院に心を許していた。
そんな穏やかな時間を、愛おしく思ってしまっていた。

だから、このまま彼と姉と初流乃とで、静かに穏やかに日本で暮らせたら良いのに、なんて。
そんな、ありふれていて、でも、許されない願いを抱いてしまった。







──その想いは、空条邸のある東京に通うようになってから、変わってしまったのだけれども。


正確には、花京院が一度目の告白をしてくるまで、だった。
彼の想いを知った上で、これ以上彼と距離を縮める気は秋希乃には無かった。
けれどそれ以降、空条邸のある土地で本格的に任務を遂行するようになった事が、そのタイミングが、悪かった。
ジョースターに関する事が今までよりも圧倒的に増えた事、束の間の休息が終わった事も、良くなかった。
すぐそこに主の宿敵の血族が居るのだから当然といえば当然であったのだけれど。

寛大で、素直で、優しくて、理性的な彼はそれ以降──壊れていった。


















「──…典明くん、情報収集は私がやりますから…」

「君にばかり任せていられない。二人でやった方が効率的だろう?」

「……貴方のやり方だと、証拠が残ってしまうので…」

「大丈夫だ。中から出る時に傷さえ付けなければ何の問題も無い」

「…駄目です。少しでも異常が起こればSPW財団に気取られてしまいます。」


空条邸の周りを探る為別行動をしていて、合流した先で見た光景は、見間違いかと思った程に衝撃的だった。
不良らしき格好をした男子高校生。その喉から、ハイエロファントの顔が見えている。
着崩されているが、空条承太郎の通う高校の制服と同じ物を着ているその高校生が白目をむき、ガボガボと苦しみに喘ぎつつ、何事かを呟いている。
空条承太郎のクラスや出席率だろうか。断片的にだが、それらの情報を吐かせられていた。


「…自分の身に起こった怪奇現象をこの人が誰かに相談したら、それだけで彼等の情報網に引っかかる事があるんです」

「…こういう輩は親に何も言わないと思うがね」

「不良仲間同士で噂にはなるかも知れません。さあ、早く。
後は私が何とかするので、ハイエロファントを戻してください」

「しかし…このままでは…“私”はDIO様のお役に立てない…」

「…大丈夫です。その時が来たら、戦闘を行えるのは典明くんだけなんですから」


地元ではいつも通り紳士的なのに、この土地に来ると、突然人が変わったように口調や態度が変わる事が増えた。
彼は焦っているようだった。
主人の為にと、それを第一に考えるよう、脳から命令されているのだろう。
それを優先するあまり、普段の生活が疎かになっている。

転けた子供を抱き起こして優しく声をかけたかと思えば、女性にぶつかった後何も言わずに過ぎ去ったり。
老人に席を譲ったかと思えば、肩が当たっただけの男性の首をハイエロファントで締め付けたり。
ポイ捨てされたゴミを塵箱に入れたかと思えば、ポイ捨てをした人間をハイエロファントで持ち上げて塵箱に突っ込んだり。
扉を開けてエスコートしてくれたかと思えば、こちらの存在を忘れたかのようにどこかへ行ってしまう。

合わない歩幅、噛み合わない会話、合わない視線。ちぐはぐな振る舞いと言動。
ふとした拍子に切り替わる人格。その前後の記憶もあるのに、自分の行いに矛盾を感じていない様子の彼。

肉の芽から送られる信号と、秋希乃からの音波が合わさっているのか、拮抗しているのか。
どちらにせよ、花京院の脳に負担がかかっているのは明らかで。
秋希乃に出来た事は、彼が正気で居られる時間を多少引き延ばす事くらいだった。







──そして、花京院からの二度目の告白を断った後、更に状態が悪化した。







「君の声をずっと隣で聞いていたい、そう思ってしまう程に、秋希乃が好きだよ」

「……それは…、そう思って貰えるのは嬉しい…です」

「…嬉しい…という事は、その、受け入れてくれる、のかな」

「あ…その…ごめんなさい。典明くんの事は…私も人として好きで、尊敬しています」

「……うん」

「でも、恋愛とか、そういうのは正直、よく分からなくて…」


秋希乃にとっては二度目の、花京院にとっては一度目の、告白。
一度目は動揺のあまり彼の記憶を消してしまったが、二度目となると少し心構えが出来ていた為、落ち着いて最後まで彼の言葉を聞けた。
その上で、秋希乃は出来るだけ花京院を傷付けないように言葉を選びながら、告白を断った。
 

「今の私には誰かとお付き合いする余裕はありませんし、出来ないです…だから、ごめんなさい…」

「……いや…僕の方こそ、突然こんな事を言って、すまない。」

「いえ…」

「……」

「………」

「…ごめん、困らせたね…今はただ、僕の気持ちを覚えてくれていれば、それで良いから」


気まずい沈黙の後、花京院は苦笑してそう言った。


「君を恋愛対象として見る僕を、君が気持ち悪いと思ってしまったらと…それを懸念していたんだが…そうでは無いんだろう?」

「っそんな、気持ち悪いだなんて、そんなふうには思いません」

「なら、今はそれだけで充分だよ…でも、いつか君ともっと距離を縮められたら、嬉しいけどね」

「…それは…」

「…君と気まずい関係になりたくは無いんだ。
勝手に想いを押し付けて何を、と思われるかもしれないが…どうか今まで通り…君の側にいさせて欲しい」

「……」

「それだけで、僕は充分だから」


秋希乃は花京院のその言葉に、胸がずきりと痛くなった。
まるで眩しいものを見るかのようにこちらを見てくる彼の目が、真っ直ぐに見れなかった。
彼は、とても誠実に告白をしてくれた。
きっと勇気を出したのだろう。断られる事も想定していた筈だ。
それでも思いを告げてくれた彼のその行動、その決意を、その一度目を、秋希乃はあの時、踏み躙ったのだ。

スタンドを使って彼からの告白の時の記憶まで消して、自己保身に走った自分。
断られるかもしれない、それまでの関係が壊れるかもしれないという恐れを抱きながらも、真摯に告白してくれた彼。

やはり、自分達はあまりにも違いすぎる。
そう思いながら秋希乃は、自己嫌悪と羞恥心を感じていた。


「…ごめんなさい…」

「…もう、謝らないで欲しい。まあ…でも、気にするなという方が難しいよね…」

「……」

「…僕から気まずい雰囲気にしておいて申し訳ない…けど、どうかいつも通りの君で居てくれたら、嬉しいよ」

「そう、ですか?」

「そうだよ。僕は、君の笑顔が好きだ…だから、そんなに悲しそうにされると、僕も悲しい」

「そ…う、ですか…分かりました」


とは言っても、秋希乃は花京院の前で平然とはしていられなかった。
彼に対して不誠実な事をしたという思いが強かったからだ。
その為、任務に戻ってからも彼の様子をきっちりと観察出来ていなかった。
勿論気にかけてはいた。
けれど、彼はここ連日の異様さが嘘のように、落ち着いていたのだ。
珍しく問題行動を起こさない彼に、秋希乃はほっとしていた。







──だから、油断していたのは事実だった。










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