novel | ナノ



それは来栖一家が空条邸に訪れた、とある夏の出来事。

辺りに鳴り響く蝉の声。夏を象徴するかのようなその大合唱の中で、それを消すような風鈴の音色がちりんと鳴る。
うだるような暑さの中、池の水の冷たさに、そこに手を浸けたリンダが「涼しー」と呟いている。

縁側に腰掛けていた承太郎は、池の傍にしゃがみこむその姿に目線を送っていた。
幼い頃に比べて、丸みを帯びた身体、その肌に流れる汗、頬に張り付く髪を指で耳にかき上げる仕草。
それを、食べきったアイスの棒を咥えながら、池に泳ぐ鯉を眺めるフリをして見つめていた。


「あ、近寄ってきた」


エサを貰えると思っているのか、鯉達がリンダの元へ集まり、パクパクと口を動かしている。


「ねえ、承くん、この子達に何か食べさせてあげても良い?」

「ん、ああ」


ふいに目が合って、承太郎は一瞬ぎくりとしたが、さっと視線を逸らして平静を装った。


「取ってくる」

「あ、ありがとう」


盗み見ていた事が少し後ろめたかったため、餌を取りに立ち上がって、急いでその場を離れる。
移動しながら、承太郎はふうと息を吐た。

リンダは幼い頃から、それこそ赤ん坊の頃から顔を合わせている親戚だ。
そして承太郎にとっては、離れている期間、その姿を求めて止まない存在だった。
今回の来日は、前回から一年程間が空いていた。
その間に承太郎の身長が20p近く伸びたのと同じように、成長期である彼女の見た目も少し、変わっていた。
幼い頃はそれこそ、リンダと再会する事には、ただただ喜びしかなかった。
会えるのが楽しみで、一緒に遊ぶ事しか頭に無くて、遠いアメリカの地からやってくる彼女が、承太郎にとっては特別だった。
そしてその特別は更に色を変えつつある。それもこれも、リンダが大人びてしまったせいだ。
いつもより早く脈打つ己の心臓を、ぎゅうと服の上から押さえて、承太郎はそう思った。


「餌あったぜ、りんちゃん…ってどうしたんだ?」


戻ってくるとそこには、鯉が跳ねでもしたのだろうか、上半身がびっしょりと濡れた彼女がおろおろとしていた。


「あはは…試しに撫でてみたら飛び跳ねちゃって、その時に水がバシャンって…」

「…着替えた方が良いんじゃないか?」

「ううん、これだけ暑いから、日差しで直ぐに渇くと思うし、大丈夫」


照れ臭そうな顔が昔と変わらなくて、思わず小さく吹き出せば、リンダがむ、と顔をしかめる。
しかし、自身が持ってきた餌に気付いて、ぱっと笑顔になった。


「ありがとう!」

「…少しずつやるんだぜ」

「うんっ」


楽しげに鯉用の餌を与える彼女。
それを見る承太郎の顔は穏やかで、とてもではないが数年後不良のレッテルを張られる男のそれではなかった。

しかし、その表情はあっけなく崩れ去る。彼はある事に気が付いてしまったのだ。
濡れているせいで、ピッチリと身体のラインに合わせて張り付いた、薄い白のノースリーブ。
そして、形どころか色まで透けて見えている下着、もとい、ブラジャー。

この時中学2年生。13歳の青少年である承太郎にとって、彼女の姿は些か刺激的だった。
凝視しそうになるのを必死で我慢すればする程意識してしまう。
膨らんだ胸を包む水色の可愛らしいそれ。
駄目だ、と視線を下げれば、濡れた服がピタっと張り付いているため際立つ腰の括れやヘソの窪み。
駄目だ駄目だ、と更に視線を下げれば、ショートパンツと、そこから伸びる太股。
下着は上下同じ色をしているのだろうか、等と考えてしまい、承太郎は頭をブンブンと振った。


「俺、ちょっと、茶、飲んでくる」

「え、うん」


汗を拭って、承太郎は再び家の中へと戻った。
そしてトイレへ直行した。



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