「烈君あのね、僕のお腹に烈君の子供がいるの」
ひどく愛おしそうに腹を撫でる目の前の滑稽な程の満面の笑みに灰暗さを感じ思わず手が止まる
未だに初夏すら訪れないものの照り付ける日光でじっとりと蒸し暑い正午の屋上に吹く風は生温く、濁った空気をかき混ぜてはまた沈殿させるばかり
「ずっと言おうと思ってたんだけどね」
勢いを殺されて安いオレンジのパックに挿しかけたストローの先端が銀紙に負けてへなりと折れる、残念お前は役に立つこともなくたった今ゴミになった
肘までの指貫き黒グローブに撫でられる食ってるか食ってないか解らない程に薄っぺらな腹は俺の記憶にある“おめでた”の知識とは一致しない
それでも目の前の友人は“おめでた”を信じている、そういう目を、している
この世の事象を否定して事柄を否定して摂理を否定して関係を否定して表と裏を否定して自分自身すらも否定して、そのくせ自分自身を誰よりも盲目的に信じている、そういう目を、している
「俺、ヤった記憶ねぇけど」
「やだなあ、コウノトリが運んできたんだよ」
「このご時世にコウノトリが腹ん中に運んでくんのかよ」
「運んできたんだよ」
「そうか」
そうかそうか“おめでた”とは言っても頭の“おめでた”か、なら仕方ないなそんな都合の良いコウノトリが今更いるなんてな
折れたストローを捨てようにもゴミ箱があるわけもなく、行き場を失った結果ぐしゃぐしゃに折り曲げてポケットに突っ込んだ
友人の枠を越えた覚えのない友人がいつの間にか一生物としての常識の枠を越えていたのは今回が初めてではないけれど、こうにも突拍子がないのはなかなか無い
別にその枠を越えても構わないとは思っている、只その枠の越え方が解らないから柄にもなく大人しく収まっているだけでなのに目の前でその枠を存在しないかのように壊されすんなり通過されると萎縮してしまう、この気持ちに甘ったるい名前をつけるのは簡単だが曖昧なままで関係の隙間を埋めるのも悪くない
まあ、所詮、これは、そんなものだ(生理的な嫌悪感)(社会的な評価)(周囲の目)(後ろ指)
「名前、どんな名前にしようか」
「つけるのか」
「当たり前だよ、二人の子供なんだから」
ヨーヨーと自分にしか見せない笑顔と目を自身の腹に向けるその姿は端から見たら異質以外の何物でもなくだから人気の無い屋上が好きなんだ
しかし今目の前にある異質な光景にジリと腹の底をライターの火で炙られるような気持ち悪さを覚えポケットの中のゴミをもう一回折る
こいつも大概だが自分も大概狂ってきたようで風雅に向けられる興味を含む全ての視線を感じる度に沸き上がる衝動は、どうやら風雅が誰かに対して向ける視線にも適用されるらしい
それもそうだ今までこいつは俺しか見ていなかったのだから対象が増えるなんて想像もしなかった
「なあ風雅」
「うふふ、なあに」
「そいつおろせよ」
「え」
腹を撫でる手が止まったと思うと徐々に震えだす
ストローでの開封ができなくなったオレンジのパックを開けながら風雅を見れば唇を青白くなる程に噛みしめ落ちそうな位目をかっ開いたまま青くなっていた
なんで、なんで、なんで、なんで、口に出さずとも語る目が震えながら動揺を表す様が面白いと思ってしまう
腹の中のガキ(所詮億が一いるか十中八九いないかもわからないようなシュレーディンガーのガキだ)をとるか俺の言葉に従うか揺れに揺れる目とこめかみから顎へ伝う汗
「なん、で、だって折角、折角僕らの……」
「これは飲んだら腹ん中のガキが死ぬ薬」
口を開けたオレンジの紙パックを差し出せばまるで火を近付けられた獣のように怯えた瞳で後退る、常識で考えれば何もかもがおかしいと気付くものに気付けないのはそもそもおかしいのだから当たり前だ
「でも」
「俺達学生だし産んだところで今のままなら育てていくのは無理だろ?それにコウノトリだかなんだか知らないけどその時が来たらもっかい運んできてもらえばいいさとりあえず今は俺とお前の二人で十分じゃないのか?」
「う、うん!そうだね!」
ああちょろい、その時とは何で、いつなのか、自分の口から出たデタラメも相当だ
それでもこんな言葉に頬を赤らめてうっとりと目を細める移り身の早さに笑っていた、ああくだらない人の命なんてさじ加減一つ
つい数分前まで愛しそうにしていたガキを殺す薬を飲み下すその滑稽なこと滑稽なこと、綺麗事を並べ立てないのが唯一の救いだ
「なあ風雅、命が三分で作れて一分にも満たない時間で壊せるなんて初めて知った」
自分達の都合で人の命が作られてポケットの中のストローのように簡単に破棄される世界、まるで創造主にでもなったつもりか
口の端から溢れた薬を拭いながら目を丸くした風雅はたった今愛おしい我が子を殺した口で微笑む、天使のような悪魔の笑顔
「だって、ここは僕らの世界だよ」
インスタント・ワールド
(人間という神様の作るジャンクな世界)
(作って壊して作って壊して)
(三分待たずに出来上がり!)
〆〆〆〆
青少年新世界神様論
25.4,16