「人類が皆滅亡したら楽しいと思わないか」
「またそういう話かよ」
「何度でも言いたくなる程に世界は腐ってんだよ」

まるで人生物の頂点にでも立ったかのように語るナカジの横顔は世間から己を隠すように巻かれたマフラーと望んだ世界を映す眼鏡に阻まれて表情が読めない
どうしようもなく捻くれている性根がどう形成されたかなんて知りもしないが歪んだ思想はを押し付けられるのはまっぴらごめんだと首を振ればギターの音

「皆滅んでしまえば眼鏡なんか要らねぇんだ」
「ふーん」
「この世界から何もかもが消えちまえば失われちまえばもう何も失いはしないんだ、そこにあるのは何だと思う」
「さあな、知らねェ」
「そうだろう、解りゃしねぇさ」

何時もならば胸を貫くギラギラと鳴り刺すようなギターの音がどこに矛先を向けていいのか迷い惑い消えていく
喪服にマフラーにギターなんて端から見たらどんな組み合わせだとか考えなかったのかと思うが誰もナカジにとやかく言ったりはしなかった
彼は既に腫れ物なのだ触ったら何が起きるか解らない誰もが距離を置くそんな腫れ物、障りたいとは思えない
出棺を見送ったナカジの表情が記憶の片隅を過る(笑っていた)(泣いていた)(悲しんでいた)(喜んでいた)

「皆死ねばいいんだそうすれば俺が笑ってやる」
「で、皆死んだとして残った世界でどうすんだ?」
「……泣いてやるさ」

ビョーキをこじらせた中学生のくだらない誇大妄想のような想像だと、誰もが失笑してしまうようなそれでも聞いてやればどうにかなるのではないかと
ギラギラギターの音がすすり泣く声と共に爆発した

ふざけやがって
どうしてだよ
なんで死にやがった
ふざけんじゃねぇ
お前は勝手すぎんだ
馬鹿野郎
死んでいいとは言ってねぇのに
なんで

怨み辛みの詩がアスファルトに染み込んで辺り一面を埋め尽くす彼岸花でも咲くんじゃないか
自身を削りすり減らし喉を潰すが如く嗚咽するナカジは翼を失い地に落ちた鳥の様でもはや空は飛べないのだろう、もはや誰と並んでは飛べないのだろう
どこにでもある朝ニュースになって頭の片隅にすら残らないような交通事故で翼は失われ燃やされたのだから
可哀想に、可哀想に
口々に発される言葉に耳を塞ぎ眼鏡をかけて世界を閉じたナカジはそれでも悲しいかな誰よりもリアリストだから仕方がなかった

可哀想に

「同情なんかいらねぇんだよ欲しいのは何もねぇんだもう死んじまったんだよテメェらが燃やしちまってこの世界にすらもういねぇんだふざけやがってふざけやがってふざけやがって!……なぁそうだろう烈、お前もタローを見て俺を見て可哀想だと思ってんだろ?そうだよなぁお前はそういう奴だよなぁ偽善者のお前はそうやって同情するのが大好きだもんなぁクソックソッ!」

可哀想に

「可哀想に」

自身の本体がもがき苦しむ姿を見た真夏の少年がぽろりと呟いた言葉は本体に、ナカジには聞こえない

「可哀想にナカジ、ごめんね俺が悪かったね、ごめんね、ごめんね」
「……お前は悪くねえよ」
「ごめんね、ごめんね」

俺の言葉は少年に届かず少年の言葉はナカジに届かない、ならばナカジの言葉は誰に届かないのか
ああ、誰にも届かないのだ
こんなにもギターを掻き鳴らし喉というアンプを潰し通して世界に喚いてみせても所詮子供の逆ギレロックなんて誰にも届かない
可哀想に、可哀想に
地に落ちた鳥は同情の言葉に蝕まれ何も手に入れられないまま冷たくなるのだろう、その目はもう空を映さない

「ふざけんじゃねぇ、クソッ、クソが、もう何もかも、ああ、世界なんて、消えてしまえ」

最後にそう唄い上げたナカジはそれっきり何も言わなくなった
真夏の少年もいつの間にかかき消えて、空が灰色に覆われ頬を濡らしても目を伏せ只雨に打たれるがままに彼は俯き続けた

「ナカジ、お前はそこでおしまいなんだな」

何も返さない
人の運命に翻弄された哀れな少年と翻弄し続けた少年の運命はここで終わってしまった
けれど運命が運命である限り廻り続けるのだ、終わっても尚廻り続ける、それが運命なのだから(永遠に廻り続ける)(いつまでも)(俺が終わるまで)

「……俺は別に可哀想だと思ってなんかねぇぜ、生き死になんかよくあることだ、例えそれが近かろうが遠かろうが人類が滅亡しようが世界にたった一人しか残らなかろうがお前の何が死のうが俺にゃさっぱり関係ねーんだよ、残念ながらな」

本当に残念だと思う
残念だと思えないことが本当に残念だと、だからこそ何度でも酷な選択をできる

「運命、浄化してくぜ?」

紅の焔に包まれた運命が浄化され塵と化す
さあまたナカジの中で廻りだせ運命、歪み狂って何度止まっても歩き続けろ、お前の望み通り人類が滅亡しようが関係なく廻り続ける非情で残酷な運命を歩めや歩め(さあ)(さあ!)

「狂いきった運命の中心にいるのは残念ながら俺なんだよなァ……ふざけてるよなァ……まったくだよなァ……あーあ、死んでも死にきれねぇよ」

烏の一声で目覚めた彼の世界に紅の少年は在なかった




(何もかもが全て)
(運命に決められるのなら)
(俺はそんな運命)
(辞めてやる)




〆〆〆〆
なんとも紅焔がドカンときましたね?
なんで一番最初にできたのが烈とナカジなんでしょうか


25.1.31
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