始動前夜
「気をつけてね」
「アレルヤも」
地上へ降りる前にとても心配そうな顔をしていた彼を思い出した。刹那、ロックオン、イレーネはファーストミッションの為に一足早く地上へ降り立っていた。もちろん、彼らの機体も同様である。明日に差し迫ったファーストミッションは、マイスターが二手に分かれて行われる。ティエリア、アレルヤは宇宙で、ほかの3人は地上で活動することになる。
とある孤島に身を潜めた彼らは、その時が来るまで待機していた。
月明かりの照らす砂浜に彼女はいた。サラサラとした砂を踏みしめながら、ゆっくりと歩く。寄せる波の音に耳を傾け、時折立ち止まってはまた歩き出す。
「イレーネ・パックス」
「…刹那」
振り向くと、そこには刹那が立っていた。
「地上へ降りるのは、随分久しぶりに感じて」
明日に支障が出ない程度にするわね、と彼女は呟いた。
「構わない」
「?」
「好きなだけそうしていれば良い」
普段無口な彼が話すのはなんとも珍しいものであった。お互いにマイナスの印象を抱いていないことだけは確かだったのだが、こうして声をかけてくれるということを嬉しく感じた。
「…もう少ししたら戻るわ」
「伝えておく」
「ありがとう、刹那」
そう言って彼は踵を返した。その背中に小さく礼を言って、彼女は再び歩き出す。広がる空を見上げると、今まであそこに居たのが嘘のように思えた。人工的な光で照らされた夜とは違い、月の光が優しく差し込み、その周りで星々が瞬いている。この光景が素直に綺麗だと言える夜も、これが最後になるかもしれない。きっと自分は人を殺めることになる。
「それでもやるわ…」
雑念を振り払うように目を閉じ、彼女は呟いた。
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