始動前夜
「おいおい、遅かったな」
「ごめんなさい」
ガンダムが格納されているコンテナにある簡易的な待機所でそう言って迎えたのはロックオンだ。
「…いよいよ明日だ」
「そうね」
「大丈夫か?」
「ええ」
短い言葉を連ねた会話はなんとも味気のないものだ。加入してから一年、どこかよそよそしく淡白な対応しかできなかった彼女も、いつの間にかソレスタルビーイングの仲間として打ち解けてきたように見えた。だが今も、彼女と他の仲間たちには僅かだが確かに見えない壁があるのも事実だ。
「イレーネ」
「平気よ」
二度目は少し強く言葉が返ってくる。ロックオンはそうかと引き下がったが、彼の目は微かに震えるイレーネの手をしっかりと見ていた。何が彼女をそうさせるのかは分からない。ただ、
そんな彼女のことを放って置けない自分がいるのだ。その理由は彼自身が一番分かっていた。
「……心配しなくても、ミッションはちゃんとこなすわ」
「…ああ」
「あなたも、気を付けて」
ロックオンがやたらと自分を気にかけてくるのは、彼が自分と誰かを重ね合わせていることは分かっている。だからこそ、彼女はその優しさに甘えることはしなかった。その優しさは本来自分に向けられるものではない。足元にいたハロをひと撫ですると、イレーネは待機所の隅に座って目を閉じた。これからはただミッションをこなし、世界が変わるために動くのだ。それが例え世界を敵にまわす行いだとしても。
西暦2307年
明日に起こることなどなにも知らないかのように、世界は今日も回っていた。
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