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翌日の放課後から、一年生たちはそれぞれ入りたい部活の見学に勤しみだした。小野田坂道も例外ではなかったが、彼はひとつ問題を抱えていたのだ。
「そ、そんなあ…」
彼の入りたかったアニ研は、人数不足が原因で実質的に休部まで追い込まれてしまっていたのだ。再びアニ研を活動再開させるためには人数が必要なのである。
中学時代は同じ趣味を持つ者に出会えず、いつもひとりで楽しんできた。しかし高校ならば同じ趣味を持つ仲間たちと楽しく毎日を過ごせると思ったのに、と彼は肩を落とした。
「あ、でも……」
同じクラスの金城という少女ならばアニ研復活の手助けをしてくれるかもしれない、と少しだけ思う。彼女はオタクというわけでもないが、彼の話に付き合ってくれ、そしてレア物のストラップを譲ってくれたのだ。訴えかけたらいけるかもしれない。小野田坂道は鼻を鳴らすと人数集めの為に動き出した。
「自転車競技部…か」
真咲はどこへ見学へ向かうでもなく、ひとり教室に残ったままぼんやりと外を眺めていた。先ほど数年前に知り合った少女から見学の誘いがあったが断ってしまった。
「……寒咲さんがいれば、私はいなくても大丈夫」
真咲が知る限り、彼女はマネージャーにはうってつけだろう。知識もあり、彼女の笑顔は人を元気にすることが出来るのだから。
「あぁ!いた!」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
それは昨日ストラップをあげた彼だった。
「あ、あの、金城さん…」
「……こ、こんにちは」
「あっ、こんにちは!」
えへへ、と笑う彼はなんだか嬉しそうで、それがとても変だなと真咲は思った。
自分が人見知りで、それでいてこんな風にぼそぼそとしゃべるものだから、今まで大抵の人はあまり楽しそうにすることは無かった。しかし、彼はにこにこと笑っている。
「…な、なにか…?」
「えっと!その、良かったら……アニ研に入ってもらえませんか!」
そういって頭を下げられる。アニ研、とはと真咲は頭を巡らせた。
「に、人数が足りなくて……」
「……あの、ちょっと、考えます」
どの部活に入るつもりもないのだ。だからすぐに入ると返事をしても良かった。だが、自分が入ったとして、彼はそれで良いのだろうか。そんなことが頭をよぎり、彼女はそう告げた。
「あ、うん!全然!ありがとう!」
ゆっくり考えて!と彼はまたもや嬉しそうに笑ったのであった。そして、彼はもっと部員を集めたいからチラシを作る!と意気込んで教室を出て行った。
外では運動部の掛け声が響いている。
「………少しだけ、」
部活見学は断ったものの、自分の兄がどんな様子で活動しているのかは気になった。帰り際にほんの少しだけ覗いて行こう、と彼女もまた教室を後にした。
「あの子、相変わらず暗いよね」
そんな声がどこからか聞こえてきた気がした。覚えている、中学の時の同級生の声だった。暗い、と思われても仕方がない。
どうしても、人としゃべると何を話せばいいのかとかこう言ったら傷付けてしまうかもしれない、といった考えが頭をよぎるのだ。そしてそのまま満足に会話も出来ないまま、せっかく知り合った人はみな距離を置いて行った。それならいっそ最初から寄せ付けない方がきっと楽なのだ。
「…でも、」
脳裏に先ほどの彼の笑顔が浮かんだ。あんな風に声をかけてもらったのは随分と昔のように感じた。一人になった方が楽なのだといいつつ、一人になることに苦痛を覚えているなんて馬鹿げた話である。生徒の影もまばらな校内をゆっくりと歩きつつ、真咲はため息をついた。
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