休息
目が覚めて1ヵ月。
弟エースと再会した彼女は、彼と過ごす時間が増えた。
自分が居なくなった後の話をしてくれ、彼に兄弟ができたことも分かった。
その兄弟のひとりが、海賊として海へ出たことも。
そんな中、彼女は少しずつ少しずつ、この船の為に仕事をもらうようになった。
それは洗濯であったり皿洗いであったり、ちょっとした掃除であったり。
時には、白ひげの元へ出向き肩を叩いたり、得意な舞を披露したりもした。
今日は絶好の洗濯日和だ。
甲板に、大勢のクルーのシャツや真っ白なシーツがずらりと並んだ。
残りの一部をロープに吊るしていく。
「精が出るねい」
この陽気だ。マルコは甲板で心地よい日差しを浴びながら読書の真っ最中である。
「楽しいですよ」
ピン、とシャツのしわを伸ばしながら彼女は呟く。
「そうかい」
ぺらり、と本のめくれる音が気のせいか大きく聞こえる。
難しそうな本だ。名前は洗濯物を干しながら彼を見ていた。
時折くあ、と欠伸を漏らす。よく見れば目の下には隈が出来ている。
眠れていないのだろうか、それとも忙しくて眠れないのだろうか。
最後のシーツを干し終えた。
「マルコさん、」
「なんだい?」
「隈が出来てますよ。…眠った方がいいです」
屈んで彼の顔を覗き込む。マルコは何か考え込んでいたが、急に彼女の手を掴んだ。
「きゃ…っ」
甲板に座り込んでしまった彼女の太股に、何かが乗る。見れば、それは先程まで本を読んでいた彼の頭だった。
所謂、膝枕というもの。
「ま、マルコさん…?」
「寝るよい」
有無を言わせぬ物言いだ。す、と目を閉じてしまったため、彼女は何も言わずに口を閉じる。
しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
「…気持ち良さそう」
『気持ち良さそうね』
頭の中で、同じような言葉が響いた。
前にも同じようなことをいった気がする。
「名前?」
ひょっこり顔を出したハルタに、彼女は人差し指を唇に当てて見せた。
反対の手で、眠っているマルコを示す。
「ああ、…なるほどね」
よくわかったと、彼は頷いて姿を消した。どうやらエースにちょっかいを出しに行ったようだ。
潮風に当てられているせいか、少しだけパサつく金の髪。静かに手を伸ばして、それをすくように撫でる。
甲板の船員たちはその様子を微笑ましく見守っていた。
「マルコ隊長、最近忙しそうだったもんなぁ」
「そのくせ、なかなか休まねぇんだよなぁ、あの人は」
一番隊の隊員たちがそんな会話をしている。
その横をエースとハルタ、そしてステファンが走り抜けていった。
「……しあわせ、だなぁ」
ぽつりと呟いたそれは、真っ白なシーツに溶け込んで消えた。
「あっ」
「ラクヨウさん。どうかなさったんですか」
「……実はマルコに用事があったんだが」
これは起こしちゃ可哀想だな、と彼は苦笑を浮かべる。
「私がお伝えしておきましょうか?」
「いいのか?…んじゃ、これ渡しといてくれねぇか」
頼まれたのは、束になった書類。
それを受けとると、彼女は確かに預かりましたと笑った。
「ラクヨウさんも、休めるときには休んでくださいね」
「俺ァヤワじゃねぇから平気だよ」
そうですかと笑んだ彼女の視線は、再び膝枕で眠るマルコに向けられていた。
ゆるゆると髪を撫でる手、緩やかに上がっている口角。
まるで、母親のようだとラクヨウは思った。母親がどんなものなのかは曖昧だが、ああであって欲しいと思ったのだ。
「マルコにゃもったいねぇ休息だな」
甘ったれの長男坊め、とそう呟く彼もどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
20130214