おきざり
エースは、姉の身に何が起こったのかをマルコから詳しく聞いた。
4年も眠っていたこと、目が覚めたらこの船のことは全く覚えていなかったこと。
そして今は非戦闘員であることなども聞いた。
「姉ちゃん」
「どうしたの、エース」
甲板に二人で座って、沈み行く夕日を眺めた。
どうしても顔がにやける。
自分が8歳の頃に姿を消してしまった姉とまた再会出来るなんて思ってもみなかったことだからだ。
「なんでも、ねえ」
「変なの」
くすりと笑んだ顔はあの頃と何も変わっていないみたいだ。
『姉ちゃん』
『もう、また怪我したの?』
世話になっているダダンたちの元へ帰ってきたエースはあちこち擦りむいている。いつものように森へくり出して行ってはどこかしら怪我を負ってくる。
それを慣れた手つきで消毒する。
そんな日常。
エースは毎日自然のなかを飛び回り、名前は毎日家事手伝いをこなした。
ダダンは、ちっとは姉さんを見習えとエースを何度も叱ったが、名前はその度に笑う。
『エースには、好きなことをさせてあげてください』
そう言って、笑うのだ。
「エース、」
どうやら昔のことを思い出していたようだ。
心配そうに顔を覗き込んできた名前に心配ないと笑いかけた。
「…それならいいのよ」
ふ、と息をついた。
そして、おもむろに彼をぎゅうと抱きしめる。
「……ひとりにして、ごめんね」
それが、彼女が自分を置いてダダンのもとを去ったことだとすぐにわかった。
「……俺は、ひとりじゃなかったから」
大事な兄弟ができたから、ひとりではなかった。脳裏にふたつの笑顔が浮かんだ。
「だから、謝るなよ」
随分と小さくなった背中に、腕を回した。
夕日が、もうすぐ海へ消える。
「名前ー、エースー、飯だぞー」
わざわざ呼びに来てやったぞと、サッチが二人を呼んだ。
「うお、いけね!!」
「?」
「はやくいかねえとなくなっちまうんだ!」
そう言うと、エースは立ち上がり船内に駆けていった。
「………」
その背中は随分と大きくなっていた。
時間の流れを感じる。その流れに置いていかれてしまった自分のことも、よくわかった。
「…名前」
切なげな表情を浮かべた彼女を、片腕で引き寄せた。
「焦んなくて大丈夫」
ぽんぽんと、背中を叩いてやる。
こくりと、頷いたまま彼女は顔を上げなかった。
「置いてかねえから」
な、と彼は笑って名前を船内へと連れていく。
食堂に近づくにつれて、がやがやとした騒ぎ声が聞こえてきた。
「お、来たか」
ここ空いてるぜ、と自らの隣の椅子をとんとんと叩いたのはイゾウだ。
和装の彼は、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。
おとなしくそこへ収まった彼女を見て、サッチは盛り上がっているテーブルに混ざった。
「弟なんだって?」
楽しげにテンガロンハットを見る。
その言葉にうなずいた彼女は、ふわふわのオムレツをフォークで器用に切り分けているところだった。
食事ひとつにしても、まぁ似ていない姉弟だなと彼は笑む。
向こうのテーブルでは、エースが皿に顔を突っ込んで眠っている。
隣では、幸せそうに料理を頬張る名前。
どちらにせよ、自分にとっては可愛い妹と弟だから問題はないのだけれど。
「うまいか?」
こくこくと頷いている。まるで小動物のようだ。
「そりゃいい」
どこからかちくりとした視線を感じる。
(安心しなぁ、手ェ出したりはしねぇよ)
退屈しねぇなぁ、と彼は笑った。
20130210