手がかり
翌日から、名前の体力を戻すためのリハビリが始まった。
記憶を取り戻す手がかりにもなるようにと、リハビリは仕事の少ない隊長たちがついてやることにした。
ラクヨウ、ハルタ、キングデュー、その他の隊長たちが何日も付き合った。願わくは彼女の記憶が戻りますようにと、そんな思いも込めて。
そして、あのリーゼントの男の番が巡ってきた。
「俺は四番隊隊長のサッチだ。よろしくな」
大きな右手が差し出される。それに応えると、彼は笑った。
「あの、」
「何?」
「四番隊って、」
「ああ、それは……」
自分よりも前にリハビリに付き合った隊長たちに聞かなかったのか。不思議に思いながらも、彼女の問いにサッチは丁寧に答えていく。それを頷きながら聞く彼女の表情は、わずかな不安を含んでいた。
「つーわけよ。…そんじゃ、とりあえず歩いて慣れるか!」
すっく、と立ち上がるサッチの後を追うように彼女もまた立ち上がった。
一瞬ふらりと揺れたが、持ち直ししっかりと甲板を踏んだ。
「よしよし、そんじゃ歩くぞー」
ゆっくりした足取りで甲板を歩く。
彼女より先にいかないように常に気を配る。
「名前はさ、」
「はい?」
「怖くねぇの?目が覚めたら知らないところで、記憶はないけどあなたは海賊なんですよーって言われたんだぜ?」
ふたりとも歩みは止めない。
名前はしばし黙り、そのあと口を開いた。
「…怖い、ですよ」
ためらいがちな言葉に、彼はうなずいた。
「そりゃ怖いよなぁ。海賊だもんなぁ」
「あ、そうじゃなくて…」
「?」
「あまりにも空っぽな自分が怖いんです」
周りは自分のことを知っていて、心配してくれるのに自分はその人たちのことを覚えていないのだ。
「…………この船のこととか、全然覚えてなくて…、私、サッチさんやハルタさんたちのことも知っている筈なのに、覚えてなくて……」
「………」
「……年を取った実感も、ないんです」
いつのまにか、足は止まっていた。
「…名前、」
「ご、ごめんなさい…!」
慌てて頭を下げた彼女を見て、サッチはふと出会ったころを思い出した。
(…この船に来たばっかの時もこんな感じだったなぁ)
何かにつけて謝っていたのを覚えている。
「謝るこたぁねぇよ」
頭を撫でてやると、彼女は不思議そうな目でサッチを見た。
「…あれ……、」
「どうした?」
「……なんだか、とても懐かしく感じたんです」
そう言って、笑みを浮かべた。
サッチにとって彼女は愛すべき妹だった。
彼女が喜んでも悲しんでも、頭を撫でてやっていた。
もしも、彼女がそれを体で覚えているなら。
「!なんか思いだしたりしてねぇか?」
「…何も…。でも、サッチさんの手、優しいです」
彼女の記憶は、完全に消えてしまったわけではないのだ。
そう、サッチは確信した。
何か、もっと強い刺激があればもしかしたら記憶が戻るかもしれない。
心で喜びを遊ばせつつ、彼は再び彼女のリハビリに向き合う。
もうあと3日ほどあれば、普通に歩いたり走ったり出来るだろう。
なんにせよ、記憶が戻らぬうちは、彼女は戦うことも出来ないのだ。
焦ったって仕方がない。
最後に何回か走って、リハビリは終了した。
「ありがとうございました、サッチさん」
「気にすんな。もうすぐリハビリも終わるだろうし、頑張れよ」
サッチの言葉にはい、と返事をした。
彼女は、迎えに来たレオナと共に医務室へ帰っていく。
今日も検診があるのだろう。
「レオナさん、」
「なあに?」
「サッチさんって、優しい人なんですね」
「そうね、」
くすりと笑んだレオナ。
「サッチ隊長、あなたのことものすごく可愛がってたもの」
そう言って、彼女はまた昔の話を少ししてくれる。名前の空白を少しでも埋められたらと願いながら。
20130206