海賊
それから数日間、山賊たちは襲っては来なかった。
アイーシャは名前を連れて自由気ままに生活を送っていた。
「これはどうかしら?」
「アイーシャさん、あの」
「いいじゃない、折角なんだもの。海もこんなにきれい、泳がなくてどうするの?」
「いやでも……」
「いいのよ、私だって運動しなくちゃいけないんだもの」
あれこれと水着を持ち出しては名前に宛がうアイーシャの目はきらきらと輝いていた。
「うん、やっぱりこれがいい!」
コバルトブルーに白のアクセントが効いた水着を手に取るとアイーシャは一目散に会計へと向かった。
「あっ」
止める間もなく彼女は袋を持って帰ってくる。まるで船のナースたちのようだと思った。
はい、と渡された袋の中には確かに先ほどの水着が入っている。おずおずとそれを受け取ると、彼女はとても満足そうに笑う。その笑顔を見たら、なんだか悪くはないと思えていたのだから不思議である。
「あ、ありがとう……」
「ふふ、ほんの気持ちよ、受け取って」
さぁ、次はあそこに行きましょう!とアイーシャは名前の手を引いた。
その晩、アイーシャが眠りについたころ、名前は彼女の家を抜け出していた。それでも、家からはあまり離れずいつでも山賊を迎え撃てるようには気を張っている。
「お嬢さんや」
「ふふ、もうお嬢さんって年でもないわ」
「そうかい?」
木の上から音もなく降りてきたのはイゾウである。
「それにしても、何日も船に顔見せに来ねえもんだから」
「ごめんなさい、どうしてもやりたいことがあるの」
「あの母親のことか?」
イゾウの目がちらりとアイーシャの家の方を向いた。その通りだとうなずくと、彼は短く息をついた。
「なにをしたいかは勝手だけどねぇ、俺たちが海賊だってことを忘れちゃならねえよ」
「……分かってるわ」
自分が世界を揺るがすことも可能な大海賊のもとで生活しているのは百も承知である今眠っている彼女も、白ひげの船員とかかわりを持ったと知れれば無事ではすまないかもしれない。自分は海賊だ。それでも、無関係の善良な人を巻き込むことは嫌だった。
「まぁ無理はなさんな」
「みんなには…」
「親父には一応言っておくが、まぁマルコやサッチたちには黙っておこうかねぇ」
意地の悪い笑みを浮かべ、そういった。
「ありがとう」
そう礼を述べると、イゾウがそれに返事をすることはなかった。彼は今一度笑みを浮かべるとスッと夜の闇へと消えていった。
それにしても自分にだけわかるように気配を殺すとはなんとも器用なことをする男である。幾多もの戦いを乗り越えてきたことはある。彼のような猛者が集まっているのだ、白ひげという海賊団には。名前は、右肩をそっと撫でるとアイーシャの家へと戻っていった。
20130903