嵐
航海士の言葉を思い出していた。
「能力者は全員船内に入ってろ!」
モビーは今、嵐の真っ只中にいた。只でさえ天候の移り変わりが激しいグランドライン。ましてや後半の海“新世界“なのだから尚更である。
嵐に捕まることは多くはないが、少なくもない。激しく揺れるモビーの甲板で、サッチが素早く指示を出していた。
強い雨が、横殴りに振りつける。風もあり、波もかなり高い。
こんな中、甲板に能力者がいたとしたら危険そのものでしかない。落ちたらそこで人生の終わりを迎えるとも限らないのだ。エースやマルコをはじめとした能力者たちは、船内で嵐が通りすぎるのを待つことしかできない。
「落ちねえように気をつけろよー!!」
作業中の船員に声をかける。柔な者たちでないことはわかっているが、相手は自然そのものだ。なめてかかれば、恐ろしい目に遭うのはこちら。
ご自慢のリーゼントは、この激しい雨と風とでぐしゃぐしゃに崩れてしまっている。作業は最少人数で行われていた。あまりに多くの人間が居ても、危険が増すだけだからだ。
「サッチ隊長、こっちは大丈夫ッス!」
「おし、サンキュー!終わったらお前らも船内に入ってろ!!」
ご自慢のリーゼントは、この激しい雨と風とでぐしゃぐしゃに崩れてしまっている。作業は最少人数で行われていた。あまりに多くの人間が居ても、危険が増すだけだからだ。
雨、風、加えて雷の音で声が聞こえにくいせいか、やり取りは全て大声で叫ぶようにしなければならなかった。
一方、能力を持つ者たちは食堂に集まっていた。落ち着かない様子で部屋を歩き回るのは名前、人差し指でせわしなく机をカツカツと叩いているのはマルコ、ジョズはただひたすら静かにしている。エースも、今日はどこか大人しい。
彼らも馬鹿ではないのだから、この嵐に突っ込んでいくことはしない。
だが、代わりに外で仕事をする家族たちを思うと落ち着いてなどいられないのが本音だ。
「サッチたちなら心配ないだろう」
万が一の時に備えて、食堂にはビスタがいた。
「でもビスタ…」
「とりあえず落ち着け、名前。マルコもな」
「……俺ァもう十分落ち着いてるよい」
特に、飛行能力のあるこの二人は落ち着きがない。万が一誰かが転落したとき、自分ならば飛んでいけると思うのだろう。だからこそ、ここで待つしか出来ないことがもどかしいのだ。
一刻も早く外の彼らが仕事を終えて、皆無事に帰ってくることだけがマルコたちの願いだった。
「何も航海初心者なわけじゃない、ちゃんと無事に帰ってくる」
もう何年も新世界で航海しているのだ。危険だと判断すれば、彼らは船内へ戻ってくるだろう。そう易々と命をくれてやるような者は、この船にはいない。
「………」
名前は両手を組んでぎゅ、と力を込めた。小さく息を吐くと、椅子に腰を下ろす。マルコの人差し指が立てていたカツカツという音も消えていた。
しばらくして、食堂の扉が開いた。皆が弾かれるように立ち上がる。
その視線の先には、全身ずぶ濡れになったサッチが笑っていた。
「おめぇら何て顔してんだよ」
「サッチ…」
「全員無事だ、誰も欠けちゃいない」
ほっとした顔になった能力者たちは、大きく息を吐いた。
「…っとりあえず、風呂行ってこいよい」
「あぁ」
そういやびしょびしょだ、と苦笑したサッチは今一度彼らを見てから風呂に向かった。
「はぁ……、これで一安心だな」
そう言った直後、エースは盛大に腹を鳴らした。
「エース…」
「緊張解けたら腹減った!!」
けらけらと笑う彼に、つられて笑みがこぼれた。厨房でいつもと同じように仕事をしていたコックが、彼に何か作ってやると言った。
外は相変わらずの悪天候だが、この空間には穏やかな雰囲気が戻ってきていた。
20130319