赤髪
いつになくそわそわしている船員たちを不思議に思い、ひとりを呼び止めて訳を聞いた。
「赤髪さんが?」
どうやら、赤髪のシャンクスがこちらへ向かっているとのことだった。シャンクスという男はなかなかの変わり者で、結構な頻度でモビーディックを訪れる。
名前の記憶では、過去に一度会ったことがある。子供のような笑顔が特徴だった。そんな彼はいつも突然やってくるため、このように慌ただしくなる。
「名前、」
「マルコ。赤髪さんが来るんですって?」
「ああ。何の用かは知らねぇが」
「またマルコの勧誘かしらね?」
「勘弁しろい…」
げんなりした顔つきで話すマルコ。来るたび来るたび一度は勧誘されるのだという。名前が知っている過去一度も、マルコを勧誘していた。
どことなく元気のないマルコは、それでも赤髪に対して抜かりのないようにと指示をしに向かった。
「……」
もう少し人を頼ることを覚えればいいのにと、思う。この船の古株のひとりだからこその今のポジションなのだろうが、それにしても彼は人の何倍も働いているような気がする。
白ひげ、そして隊長たちが甲板にずらりと並んでいる様はまさに圧巻と言える。
白ひげの側には、名前も控えていた。ナースたちは覇気に当てられぬ様にと、まだ船内にとどまっている。
「おでましだ」
どこか楽しげなサッチが呟いた。マルコは相変わらず険しい顔つきでこちらへ向かってくるレッド・フォースを見つめている。
「赤髪さんは元気かしら…」
「簡単にくたばる奴じゃねえさ」
「お父さんもね。今日もお酒は控えなくちゃだめよ」
手厳しいなぁと、白ひげが笑った。
若い船員たちはやはり落ち着かない様子だ。レッド・フォースとモビーが十分に近づいたところで、彼らがやってくる。
先頭のシャンクスは、覇気を纏っている。ああして、船員たちの力量を見ているのだろうか。彼が通ると、若い船員たちはパタパタと倒れていく。
「はぁ、相変わらず面倒を増やしやがる……」
気絶していく船員たちを見ながら、イゾウがため息をもらした。
名前もまた、彼の覇気を感じ取っていた。覇王色というものは本当に厄介だと思う。ビリビリと感じる威圧感は緊張を呼ぶ。
若い船員の半数が気絶した辺りで、シャンクスは覇気をおさめた。
「久しぶりだなぁ!」
「グララララ、今日は何しに来やがった」
「何って……飲みに来たんだよ!」
当たり前だろとでも言いたいのだろうか。ストレートな回答に、白ひげは笑った。上物の酒が手に入ったのだとシャンクスから聞けば、白ひげも上機嫌である。その流れで、二つの海賊団は宴を始めるのだ。
「おお?!」
料理が運ばれてくるまでの間、白ひげと会話をしていたシャンクス。しかし、久々に見る紺の髪に目を見開いた。
「名前か!?」
「お久しぶりね、赤髪さ」
「うおおお本物だ!!」
赤髪さん、といい終えることも出来ずに名前はシャンクスのタックルを受けた。片腕で器用に腰をホールドし、悪びれもせずに彼女の胸に顔をうずめる。
「元気そうで何よりだ、わっ!!」
その脳天に力一杯肘鉄を食らわしてやる。彼は悪い人ではないが、残念なことにセクハラ魔である。こういう相手には容赦をしてはならぬと、リリアンに教わった。
「あいだだだ!!」
登頂部を押さえて悶えるシャンクスを横目に、名前はため息をついた。これさえ無ければいい人なのに、と。
「心配してたんだぞ!?何年も寝てやがって!」
まだうっすら涙目のシャンクスがそう言った。
「……ありがとう、赤髪さん」
「だっはっは!いいってことよ!でもなんならチューのひとつやふたつくれても…」
「いい加減にしろい」
マルコが見かねてそう声をかけると、シャンクスは彼に目をやってまた笑った。ひく、とひきつるマルコの顔。
「マルコ!お前いい加減俺の船に来いよ!!」
「だぁから何回も言ってんだろい!俺はこの船からは絶対に降りねえよい!」
「そんなこと言うなよ!な、名前も一緒に来い!」
冗談なのか本気なのか、彼の口説きはいつも行われる。故に周りもなぜか見世物を見ているかのような、そんな雰囲気だ。
「俺ァ行かねえし、名前も行かせねぇよい!」
ふん、とそっぽを向いたマルコを見て、シャンクスが今回も振られたと肩を落とした。
料理がだんだんと運ばれ始め、既に宴は始まっていた。ナースたちが白ひげの側に控えている。
エースとハルタ料理を頬張る横で、イゾウがお猪口を手にそれを愉快そうに見ている。サッチは料理の方を手伝っているようだ。
「マルコも飲んできたら?」
「名前はどうするんだい」
「お父さんと赤髪さんにお酌をしてくるわ」
「また何かされたら呼ぶんだよい」
「ありがとう、マルコ」
宴の時くらい、はめをはずしてしまえばいいと思いながら名前はマルコの背中を押した。そして、自分は白ひげとシャンクスの元へ向かう。
「お父さん、赤髪さん、よかったらお酌をさせてくれないかしら」
そう言うと、二人は笑顔で了承した。もとより息子と娘が大好きな白ひげと、名前を気に入っているシャンクスなのだから断られる筈もないのだが。
二人の話を聞きながら、酌をする。
ナースたちが白ひげの自重しない飲み方を見てため息をついていた。
酒瓶と酒樽がいくつか転がり始めた頃、シャンクスが酌をしようとする名前を止めた。
「酌はもういい。…踊って見せちゃくれねえか?」
シャンクスの頼みを断ることはない。白ひげもそりゃあいいと乗り気でいるのだ。名前は頷いた。
すっくと立ち上がると、それが何かの合図であったかのように騒ぎが一瞬静まった。白ひげ海賊団にいる音楽家たちがほろ酔いながらも音楽を奏で始める。
すると、名前はそれに合わせて踊り始めた。動く度にスカートがふわりふわりと揺れ、太ももの付け根までざっくりと入ったスリットから白い足が現れてはまた消える。皆艶めかしい腰の動きを見ながら、酒を煽った。
「すげえ綺麗だな…」
「そう言えば、エースは見るの初めてなんだっけ」
ハルタがそう言うと、彼は頷いた。その視線が名前から外れることはない。
ひとしきり舞い終えると優雅に一礼し、シャンクスの隣へ座り込んだ。周りの船員たちはまたがやがやと各々の話で盛り上がっている。
「見事だなぁ」
「どうもありがとう」
次にシャンクスが目をつけたのはエースだった。彼を呼びつけて、一緒になって酒を飲み出す。
「そうだ、またルフィの話でも聞かせてくれや」
「ルフィの?いいぜー」
上機嫌で話し出したのは、エースの弟の話だった。麦わら帽子と、ゴムのように伸びる体が特徴らしい。シャンクスもエースも本人を知っているからかとても楽しそうである。
「そんだけ仲良しだったら、なんか寂しいんじゃねえか?」
「俺にゃ手のかかる兄貴たちと姉ちゃんがいるから大丈夫だっつの」
だっはっは!と笑ったシャンクスだが、そのあとで首を傾げた。
「お前姉さんなんかいたのか?」
「ん、」
エースはうなずいて、酒瓶を持った名前をぴっと指さした。
一瞬の間があき、シャンクスの声が甲板を駆け巡った。
「はあぁぁぁああ?!」
宴はまだ始まったばかりだ。
20130309