おかえり
翼竜は、再び大きな鳴き声を上げる。
「お前…っ…」
マルコをモビーディック号へ下ろすと、一直線に敵船へ飛んだ。
ドン、と敵船に降り立つと、その鋭い爪と牙で、次々と敵をなぎはらった。
かと思えば、その翼竜は一瞬で姿を消す。
「貴様…っ、能力者か!」
斬りかかってくる敵からするりと身を交わし、鳩尾を蹴った。
能力の使い方も、戦い方も、流水のように頭に流れてきた。何より、多少なりとも体が覚えている。
敵が落としたサーベルを拾い、周りの敵を斬る。先程マルコを打ち落とした狙撃主には、こちらから鉛玉をぶちこんだ。
ふ、と一息ついたころには決着が着いていた。船長は既に死んでいたのだ。敵の船員たちがたちまち戦意を失い、膝をつく。
名前は、サーベルを無造作に放った。もう戦う理由はない。
「…………思い出した……」
ずるずると座り込む。
能力のことも、家族のことも、自分のことも、この船のことも、全て思い出した。記憶が戻る引き金が、戦いだなんて思いもしなかった。安堵からか力が抜ける。
船尾からは甲板の様子がいまいち分からないが、きっと他の仲間たちは引き上げているだろう。ゆっくりと立ち上がった。
「……帰ろう…」
愛しい白鯨、家族のいるところへ。
モビーディック号の甲板へ降り立つと、仲間たちが傷ついた船の修繕や、怪我の処置に追われていた。
その輪へ、どう入っていけばいいのかわからなくなる。なんと言えばいい、どういう顔をしたらいいだろう。
ただひたすら目の前を見つめて立っていた。
「名前…!」
深い眠りから覚めた時と同じように、彼は今にも泣きそうな顔をしていた。安堵の表情を浮かべると、その潤んだ目が笑った。
「……っ、サ……ッチ…」
しょげていた時、泣いていた時、いつも一番に飛んできて慰めて、励ましてくれたのは彼だ。目の前がぼやけた。瞬きと共に、大粒の涙が頬を伝う。
滲んだ視界でも、ラクヨウやハルタたちがこちらへ向かってくるのが分かる。
「……っみんな…!」
良かった。思い出せて、良かった。皆の笑顔は歪んで見えるけれど、その暖かさに胸が苦しくなる。
自分は再びこの大きな家族に、その一員になれるだろうか。涙が止まらない。
「おかえり」
それは、この船に乗る全ての者の精一杯の言葉だった。
優しい響きが耳へ届いた途端、名前は膝を着いた。そして、子供のように大きな声を上げて泣いた。
ふわりと何かに包まれる。体に感じた温もりに更に涙が出る。
「心配させて…バカ!!」
「ごめ…っ…」
そのまま、腕の中でわんわん泣いた。
それを見ている彼らのなかにも、泣く者はいる。
「良がっだぁぁあ」
「ほんどになぁぁあ」
サッチとラクヨウがおいおいと泣いている。
「うるせえ、」
「あんだとマルコこのやろう」
男が泣いてても暑苦しいだけだい、とこぼしたマルコは憑き物が落ちたかのような表情をしていた。
思い出してくれたのだ、この船の家族たちのことを。それだけで、救われたような気がした。
「マルコ隊長、はやく医務室へ」
「あぁ、」
最後にもう一度彼女を目に映し、マルコは船内へ入っていった。
20130227