マルコ長編 | ナノ





見聞色

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冬の気候に体がついていかなかったのか、名前は風邪をこじらせてしまった。
安静に眠ることと船医から告げられ、彼女は一日おとなしくベッドに収まっていた。

「大丈夫?」
「はい…」

頬が赤い。熱が出てきたのだろう。レオナが額にタオルを乗せる。

「エース隊長がすごく心配してたわよ」
「……エース、が…」
「でも入れてあげない。名前に負担がかかっちゃうものね」

ぱちりとウインクをひとつ。ふふ、と名前は笑んだ。

「さ、後はサッチ隊長のお粥食べて、暖かくして寝るのよ」

レオナが、そう言って医務室を出ていった。おそらくサッチのところへいったのだろう。
名前は大人しく目を閉じた。
4年の眠りから覚めて数週間で、気づいたことがあった。こうして静かな場所で目を閉じていると、僅かながら人の気配がわかるのだ。
何故そんなことが出来るのかは、分からない。なんとなく恐ろしく感じて、このことは誰にも言っていなかった。

ガチャリ、と音がしてレオナが帰ってきたのがわかった。

「サッチ隊長ったら、やたらと気合い入れちゃって」

呆れ顔の彼女は、名前にお粥を食べさせ始めた。薄めの味付けがされていて、食べやすい。ぺろりと食べきった彼女は、食後の薬を飲んだ。

「夜は冷えるから、毛布余分にかけておくわね」
「ありがとうございます…」

レオナは名前の頭を撫でて医務室を出ていった。
その背中を見送り、彼女は目を閉じる。
風邪の気だるさからか、すぐに眠りに落ちた。



名前が深い眠りについたころ、医務室を訪れるひとりの男。
彼は、愛しげに名前の額に触れた。

「……4、5日留守にするからねい…」

聞いてはいないだろうと思いつつ、そう呟いて彼は医務室を出ていく。


夜が海を包んでいる。
モビーディック号は、舞い落ちる雪の中を静かに進んでいた。
青白い月が、白鯨を照らし出す。
見張り以外はほとんどが寝ているであろう深夜に、彼女の意識が浮上した。

こんなにも静かな夜は初めてだった。まるで自分がこの世にひとりきりになってしまったかのように感じた。
途端に、大きな不安に襲われる。
その心の揺らぎのせいか、人の気配を感じることが出来なくなった。
ベッドから抜け出すと、宛もないのにひたすら歩いた。

吐く息が白い。どんどんと冬が深まっているようだ。
長い通路を歩いていても、ほとんどの部屋は明かりすらついていない。それでも通路が薄暗いのは、なにかあった時のためなのだろう。

「……っ…」

涙が出そうになるのは、きっと薬が切れてきたからだ。
裸足で出てきてしまったため、爪先の血色が悪い。
人に会いたい。その一心で、彼女は足を動かし続けた。




「隊長、」
「どうした?」
「あそこにいるのって」

見張り台から、ひとりが甲板を指さした。

「…仕方のない子だねェ」

はあ、とため息をついて見張り台を降りた。

「名前、こんな時間にどうしたんだい」
「…っ!」

問いかければ、彼女は今にも涙が溢れそうな目でこちらを見た。

「…イゾ…ウ、さん……?」
「…何かあったのかい?」

くしゃり、と顔が歪み涙がぼろぼろと溢れだした。
どうしたもんかと、イゾウは首を捻る。
そして共に見張りをしていた隊員に、しばらくひとりで頼むと言うと、彼女をつれてある人物の元へ向かった。

今頼れるのは、誰よりも激しいシスコンである"奴"だった。もちろん、自分が側に居てやれればそれに越したことはないのだが、生憎仕事だ。

「サッチ、起きな」

扉を強めにノックすれば、彼はすぐに顔を出した。

「んだよー…人がせっかく気持ちよく寝てたってのに…」
「妹の一大事だ。頼んだぜ」

そう言って、イゾウはすぐに甲板へ戻ってしまった。残されたサッチはぽかんとしていたが、扉の前で泣いている名前を見つけると慌てて彼女を部屋に引き入れた。

「どうした?何があった?」

ベッドに座らせ、そう尋ねてみるが彼女はしゃくりあげるばかりだ。
体はひどく冷たい。イゾウに発見されたと言うことは、船内を歩き甲板まで出たということだ。
彼女の体を毛布で包み込む。

「こんなに冷えちまって…」

氷のような指先を、自分の手で包む。
ぼろぼろと溢れる涙を拭ってやりながら、彼女が落ち着くのを待つ。

「……寂しくなったのか?」
「起きたら、誰も…いなくて、気配が、っ…わからな、」
「………それで、誰かに会いたくなった?」

こくりと頷く。サッチはなるほどねぇと目を細めた。無意識ながら、見聞色の覇気を使っていたのだろう。
それが何かの拍子に使えなくなった。
記憶のない彼女にはうまく使いこなすことが出来なかったのだ。

毛布の上から、彼女を抱き締める。

「大丈夫。みんな居る」

彼女の耳を自らの胸に当てるようにする。とくりとくり、と心音が彼女に伝わった。
その音に安心したのか、彼女は泣き止んだ。しかし、代わって苦しそうな呼吸音が聞こえてくる。
薬が切れて、熱が上がってきたのだろう。
彼女の手が、サッチの服を弱々しく掴んだ。

「……ひとり、…や、です…っ」

しょうがない妹だ、と彼は笑った。

「じゃあ、俺と寝るか」

ごろんと横になると、彼女を腕の中におさめる。上から毛布をかけた。
名前も、彼から体温を奪うかのように寄り添った。


「マル…コ……さ、ん」

腕の中から聞こえてきた寝言に、サッチは笑った。


20130217





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