温度
甲板も船内も、どこか落ち着かない雰囲気を醸し出していた。
白ひげの部屋で、彼と他愛もない話をしていた名前は思いきって尋ねてみることにした。
「あの、なんだか皆さん落ち着かない様子ですけど、なにかあるんですか?」
「グララララ、簡単なことだ。もうすぐ島に着くからだろう」
「島に?」
「あぁ。今日にでも冬の気候に入るだろうよ」
「そうなんですか…」
ナースたちが、暖房器具を白ひげの部屋へ運び込んでいる。この船にはいろいろ設備があるんだなぁとその様子を眺めていると、ひとりのナースに呼ばれる。彼女はアマンダといった。
「名前」
「はい、」
「もうすぐ冬の気候に入るから、これ、」
大きな紙袋を渡される。そのなかにはコートやマフラーなど、冬に欠かせない衣服が入っていた。
「え、あの、これ…」
「あなたのなんだから、遠慮なんてしなくていいのよ」
「私のって…」
慌ただしく駆けていったアマンダに最後まで聞くことはできなかった。
だが、これを着なければならないことはわかった。気が早いような気もするが、コートを着る。
部屋もじわじわと暖房が利いてきたようだ。
「お前にとっちゃ初上陸みてぇなもんだ。楽しみにしとけ」
豪快に笑った白ひげは、彼女の頭を撫でる。笑顔でそれに答えると、彼女は食堂に向かった。
白ひげの部屋を一歩出ると、心なしか空気が冷たい。
冬の気候に入ったのだろうか。こんなにも急激に変わるなんて思いもしなかった。
「お、名前いらっしゃい」
食堂で出迎えてくれたのは、いつものようにリーゼントを決めたサッチだ。
エースも、珍しく何も食べずに座っていた。
「なんだ、姉ちゃんもうコート着てんのか」
「うん」
「これからもっと寒くなるぜ」
そういうエースは、薄いシャツを一枚羽織っただけだ。
「エース、寒くないの?」
「俺ァ人より体温高ェから大丈夫」
にかり、と笑う。触れた彼の手は、確かに暖かい。
不思議に思って、彼を見た。
「俺はさ、能力者なんだよ」
彼女に触れていない方の手を、炎に変える。オレンジ色に揺らめくそれを、名前はまばたきもせずに、見つめる。
「……能力者…」
自分もこんな能力なのか?と自らの手を見ると、サッチが声をかける。
「あー、名前は炎出せねぇぞ。能力はひとりひとり違うからなぁ。食った実の種類にもよる。……とりあえず、名前は能力を使おうと思わなくて大丈夫だよ」
「そうだな、自分でもわかんねぇ能力使うのあぶねぇし」
「お、エースたまにはいいこと言うのな」
「うるせー!!」
ぎゃいぎゃいと言い争う彼らを見て、名前はくすりと笑う。エースもまた能力者だということは、彼も海に嫌われたのだろう。
泳げないことくらいでへこんでいた自分が情けなくなった。
「ったく、お前ら本当にうるせえよい」
呆れた様子で入ってきたマルコはいつもと変わらぬ服装だった。
騒ぐエースたちをよそに、彼は名前の隣へ腰をおろした。
「……あー、」
「?」
「…こないだは悪かったねい、怒鳴ったりして」
視線が泳いでいる。
「てっきり、能力者ってことは覚えてると思ってたんだよい」
右側から、彼女の視線をひしひしと感じる。マルコはそちらを見ることができずにいた。
「あの…」
「なな、なんだい…?」
「わざわざ、謝りに来てくれたんですか?」
「え、あ、まぁ………よい」
恥ずかしくなって、頬をかいた。
「……私こそ、あのとき取り乱してごめんなさい。次からはもっと気をつけます」
「そ、そうしてくれるとありがてぇよい」
じっと見つめてくる青い瞳に、思わず目を泳がせてしまう。
にやにやとそれを見つめるのはサッチだ。
「さーて、俺は名前にココアでもいれてこようかねぇ」
「サッチ俺にもー」
サッチが厨房へと消えていく。
「…それじゃ、そろそろおいとまするよい」
マルコが立ち上がる。そして名前の頭を撫でると食堂を出ていった。
エースよりは幾分か低いその体温が、ひどく心地よかった。
20130216