短編 | ナノ


▽ 常闇くんの茹でたこ彼女


「これ、受け取って下さい!」

A組の教室の前、昼休み。クラスメイトの大半が大食堂に向かうとはいえ、弁当組や購買組が教室に残っている中、彼女はやってきた。見たこともない顔だった。おそらく、ヒーロー科以外の生徒だろう。そう常闇は決定付けた。

「これは…」
「り、リンゴのコンポートです。デザートに食べて下さい」

胸に押し付けられるようにして持たされたそれは可愛らしい布で包まれていた。少し重みのあることから、ある程度の量が入っていることが分かった。林檎、と聞いて悪い気はしない。思わず受け取ってしまったら、彼女はすぐに常闇との距離を開けた。

「わ、私はこれで!」

礼を言う前に普通科の教室の方へ走り去った彼女の髪に隠れていた耳は真っ赤に染めあがっていた。離れたところにいた彼女の友人らしい女子に囲まれて、すぐ彼女は見えなくなってしまった。

「オイオイ常闇!それってまさか…」

自分よりも低身長の峰田が恐る恐る近づいていて包みを指す。その指は震えていた。常闇は首を傾げながら答えた。

「林檎のコンポートだと言っていたが…」
「差し入れ!?女子からの!!?」

リア充爆発しろ!など、訳のわからない言葉を吐いて泣きながら席に戻った峰田を見送ってから自らの席に着く。可愛らしい包みを開けると、そこにはこれまた可愛らしい鳥の模様のタッパーがあった。それを開くと自分の好きな林檎がそのまま鎮座していた。ついていたフォークを持ち、「頂きます」と手を合わせて林檎に突き刺す。思ったよりも簡単に差せることが出来、一口大に切る。フォークで刺して口に持っていく。柔らかさに反して、しゃくりとした食感が残っており林檎自体の甘みも感じる。砂糖で煮たのだろうか?控えめな糖度が丁度良い。夢中で食べているとものの数分で空になった。

「美味…」

空になった容器を見て、ふとこれを渡してきた女子生徒の顔を思い出した。見たことのない顔だったが、自身の好物を知っているということは向こうは何かしらこちらに関心を持っていることは分かった。

「これはどうすればいいのだろうか」

一人思案していると、近くにいた耳郎が口を開いた。

「洗って返せばいいんじゃね?」

携帯を弄りながら、そういう耳郎に頷いて席を立つ。

「あの子の名前、苗字名前って言うんだって。D組だよ」

なぜ耳郎がそれを知っているのか、常闇には理解できなかったが、おそらく女子特有のネットワークなのだろう。空になった容器と可愛らしい包みを持って、常闇は教室を出た。容器を洗い終わって、時計を見る。まだ昼休み終了まで時間がある。容器を布で包み、D組に向かう。苗字、名前。その言葉を繰り返しながら歩いていく。すぐにD組の教室は見えてきた。教室の扉から顔を出す。教室を見渡して、先ほど見た顔を発見する。

「苗字」

そう言うと、友人らしき女子生徒に隠れようとしていた名前は驚いたように立ち上がって、転けそうになりながらもこちらへ向かってきた。顔は茹でたこのように真っ赤で、思わずこちらが心配するほどだった。

「美味かった。感謝する」
「い、いえ…でも、なんで私の名前…」
「耳郎に聞いた」

そういうと苗字は納得したらしく常闇が差し出した包みを大人しく包みを受け取った。

「じゃあ、俺は行く」
「あっ、待って!」

咄嗟に名前は常闇の裾を掴んだ。驚いて常闇は振り向いた。そこには茹でたこのままの名前が何かを言いたそうに立っていた。

「あの、明日も…作ってきていいですか?」
「何?」
「林檎!好きなんですよね!私、お菓子作るの好きで!それで!と、常闇くんに食べてほしくって!」
「なぜ俺に?」

当然の疑問をぶつけると、茹でたこがさらに真っ赤になった。控えめに常闇の裾を引いて顔を耳によせた名前の目は潤んでいて、思わずごくりの生唾を飲み込んだ。

「常闇くんが…好きだから」

俺以外の誰にも聞こえないような声で名前が囁いた。周りの音が一切耳に入ってこなくなって、縮まってうろうろと視線を彷徨わせている苗字だけが常闇の視界を支配していた。

「苗字…」

そう言って肩に手をかける前に予鈴がなった。空を切った手を戻して、前を見据える。

「次も待っている」

そう言って名前の前髪をさらりと撫でて、常闇は自分の組に足早に戻っていった。残された名前は熱に浮かされたようにぼーっとして、担当の先生が来る前で、そこに立っていた。


これは2ヶ月後に付き合うことになる、二人の馴れ初めの話である。


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