短編 | ナノ


▽ 飯田くんの後ろの彼女



いつも目の前にある飯田天哉くんの背中はとても広い。そのシャツは毎日シワひとつない。雄英高校は中学のように席替えはなく、入学してからずっと出席番号順だった。だから私は授業中、ずっと飯田くんの背中を見つめて続けていたことになる。

「飯田くん、ここなんだけど…」
「ああ、そこはこう書かれていてな…」

現在、飯田くんの背中によって見えづらい箇所の黒板は授業後に彼に見せてもらっている。以前、相澤先生に席替えを直談判をしに行ったが、出席番号順の方が合理的とのことで却下されてしまった。その時の困った顔の顔がとても可愛かったことを覚えている。手が届けば思わず撫でてしまいそうになるほどだった。

「ありがとう!あとね、ここが分からなかったんだけど…」
「ああここは…」

彼が私のノートの隙間に彼の私の丸っこい字とは違う、性格が出ているような綺麗に整われた字を埋めていく。その瞬間が私は心の隙間を埋めてもらっている気がしてとても好きだった。

「苗字くん?聞いているのかい?」
「うん、聞いてるよ」

彼の真面目で真剣な顔を見て私は穏やかに微笑む。彼は訝しげな顔をしながらも、一度眼鏡を上げ、続きの文字を綴った。


「ありがとう、飯田くん」
「いや、また分からないところがあったら言ってくれ」

そう言って前を向いて麗日さんと喋り出してしまった飯田くんに少し寂しい気持ちが湧き上がる。ふいにそのシワひとつないシャツに悪戯をしてやろうと気持ちがむくむくと沸き上がってきた。そっと指を一本、彼のシャツに置いた。

「む?」
「前向いてて、飯田くん」

顔を寄せてこっそりと耳打ちをする。不思議そうな顔をして前に向き直った飯田くんの背中に一文字一文字、ゆっくりと書いていく。後ろからその様子を見ていると彼の首や耳が徐々に赤くなっていくのが分かって、私はゆるゆると唇を緩ませた。

「な…な……」
「どうしたん?飯田くん」

前の前の席の麗日さんが不思議そうに真っ赤になっている飯田くんを見る。飯田くんは後ろを振り向きたいのを我慢しているのだろうか、ぎゅっと肩を固まらせて俯いていた。

「チャイムがなったぞ、席に着け」

全て書き終わった頃に、授業のチャイムが鳴り、相澤先生がちょうどよく教室に入ってくる。一瞬だけこちらを振り向いた飯田くんの顔は想像した通り茹でたこのように真っ赤だった。くすりと笑って微笑むと、飯田くんは口をパクパクさせたが、ぐっと唇を噤んで席に向き直った。

「(いじわるしすぎたかな)」

そう思ったが、つーっと飯田くんの背をなぞる。びくりと肩を揺らす飯田くんの陰に隠れてくすくすと笑う。ちらりとこちらを見た相澤先生には知らぬふりをする。



『い、い、だ、く、ん、が、だ、い、す、き、だ、よ』

そう書いた言葉はしっかり彼に届いたようで、次の休み時間、公開プロポーズをされるとも知らずに、私は欠伸を噛み殺しながら相澤先生の言葉をノートに書くのであった。


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