短編 | ナノ


▽ 闇落ち出久くんの幼馴染


「名前ちゃん、バイバイ」

そう言って、中学三年生の春、幼馴染の緑谷出久は姿を消した。

最後の目撃情報は屋上から飛び降りようとしているところだったらしい。しかし、その屋上の下には何もない。血も跡も。彼は忽然と姿を消したのだ。

「屋上からのワンチャンダイブ」そう言っていたもう一人の幼馴染爆豪勝己も、それを本気にしなかった私も酷い、なんて酷いやつだ。悔やんでも悔やみきれなくて、ただただ彼の母に頭を下げるしかなかった。


出久はずっとヒーローになりたがっていた。だから私はその夢を継ぐために、雄英高校のヒーロー科に入ろうと決心した。

「私も雄英のヒーロー科受けるよ、カツキ」
「…そうかよ」

彼に言わせれば没個性な私の個性でもきっとヒーローに、彼がなりたがっていたオールマイトのようなヒーローになれる。そう信じて、約10ヶ月死ぬ気で特訓して、勉強していた。何もかも出久のためだった。私がやっていることは罪滅ぼしで、ただの自己満足で、周りから見たらものすごく滑稽だったのだろう。だけどやめられなかった。そうしていないと出久を忘れそうで怖かった。



しかし、入試の前日、彼は突然姿を現した。黒いモヤから現れた出久は10ヶ月前と雰囲気が全く異なっていた。いつもビクビクとしていたのに今は何にも動じる様子はなく、目は爛々と光っている。そんな出久にどうしていいか分からず、私はただただその場に立っていた。そんな私を見た出久は口元を歪ませて笑い、手を差し出した。

「いず、く…?」
「名前ちゃん、一緒に来て」

私は思わず、誘われるままその手を取ってしまった。そして強い力で引っ張られて彼の腕の中にいた。確かに温かい。出久は死んではいなかった。それだけで私は安堵してしまって、彼の腕の中で気を失った。



目を覚ますと雄英の入試の時間はとうに過ぎていた。しかし私はそんなのものはどうでもよく、寝かされていたベッドから飛び出して、その部屋から出ようとした。

「!?」

何度ドアノブを回しても開かない。外側から鍵がかかっていると分かるのに数十秒かかった。諦めてドアノブから手を離したとき、ドアの向こう側から鍵が開く音が聞こえ、扉がゆっくりと開いた。

「いず、!」
「お目覚めですか」

そこに立っていたのは不気味な風貌をしている男と、全身や黒いモヤに覆われている男だった。名前は驚いて数歩下がる。彼らはそのまま部屋に入ってきてドアを閉めた。

「あなたたち、誰?」
「そう警戒しないで下さい。我々は出久くんの仲間です」

そう言われて幾分か緊張を解く。しかし明らかに真っ当な人間ではないことがその纏う雰囲気で分かる。

「あなたたちは敵なの…?」
「そうですね。我々は敵連合と申します」
「敵、連合…」

聞いたことのない名前だったが、ヒーローとは相対する存在だと知って私はまた気を張り詰めた。すると、彼らの奥にあった扉がまた開いた。入ってきたのは出久だった。

「出久!」
「名前ちゃん」

思わずその腕に飛び込む。彼は揺らぐことなく抱きとめてくれ、その体温に再び安堵した。しばらく抱き合って、ふと出久の顔を仰ぎ見る。10ヶ月前とはあきらかに顔つきが違う。

「出久、敵って…本当なの?」
「本当だよ。僕は世界にも、ヒーローにも絶望して、死のうとした。だけど、この人たちが拾ってくれて、先生が個性もくれたんだ」

私は出久の言った言葉の半分も理解できなかった。あのヒーローオタクの出久がヒーローに絶望して死のうとした?個性をくれた?出久は無個性で、それでもヒーローを諦めないそんな頑張り屋の出久が私は本当の弟のように思えて好きだった。

「この10ヶ月ずっと鍛錬してきたけど、まだ全然『ブースト』を使いこなせないんだ。だから…名前ちゃんの力で僕のサポート、相棒をして欲しいんだ」

昔のような顔で笑う。敵だとか、もう何でもいいと思ってしまった。出久がそこにいて、笑ってくれている。ただそれだけで、私は罪から解放された気持ちになった。

「出久が…そういうなら、」

そういうと出久はきつく私を抱きしめる。

「ありがとう。大好きだよ、名前ちゃん」
「私も…」

このときの私は、この言葉の持つ意味も、敵連合がどんなことを計画しているのかもまだ知らなかった。そしてもう二度とあの日常へは戻れないことも。


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