こんなに綺麗なのにね






赤髪の彼は何言ってんだこいつ、というように眉を寄せていた。
一方黒髪の彼はまったく変わらない無表情で私を見ていて、白銀の彼もまた眠そうな目をこちらに向けていた。

「説明を求める」

威圧的なオーラを体に纏わせながらそう言う黒髪の人だったが、正直な所説明を求めたいのは私の方だ。
ここはどこで、彼らは誰で、私はどういう経緯でこの場にいるのか。

「あァそうか、お前自分が死んだってことに気が付いてねェんだ、だからリストにも載ってないんじゃねェの?」
「納得出来ん」
「君は屋上から落ちて死んだの、死んだ君を僕が拾った。 ここは君達でいう死後の世界みたいなもの。 ちなみに僕は死神」

改めて自分が死んだのだと突き付けられ、なぜか逆にすっきりしてきたのは気のせいだろうか。生きると決めた途端に死ぬだなんてアホらしくも思い始める。

「そうか、私は死んだんだ」
「それであんたは納得出来るのか」
「納得しなかったら生き返ることが出来るんですか?」
「不可だ」
「じゃあもういいです、素直に死にます」

そりゃあ今の状況は到底信じられるものじゃない。今もまだ嘘だよと彼らが言うのを待っている自分もいる。
けれど悩んでいたって何も変わらない。私は死んでいるのだから。

「お前面白いな」
「……ありがとう」
「面白いからお前、ここにいろ」
「ありが……え?」

にこりと八重歯を見せて笑う赤髪の彼は、まるで子供心を丸々残して成長した無邪気な青年で、そして私はふと考える。
私は死んでいて、ここは死後の世界だと言うのならば彼ら三人は一体何者なのだろうか。

「どうせ死神が報告しに行かなきゃお前はまだ元気に生きてるもんだと世界は回るんだ。 バレることはねェと思うし、ここにいたらいいじゃん」
「賛成」

赤髪の彼の意見に賛成だと白銀の彼が手を上げ、そんな二人の視線は黒髪の人へと向けられる。

「……俺は構わないが、知られた時に責任は取らん」
「ハイじゃあ、これからよろしくなぁリン!」

なぜこうも勝手に話は進んでいくのだろうか。
バレるとかバレないとか、そういう問題なのだろうか。そもそも誰にバレてはいけないのか。
そんな私の疑問など知る由も無く、彼らの話はどんどん進んでいく。

「オレはルシア、ルシアでいいぞ!ちなみに悪魔だ」
「さっきも言った通り、僕は死神……名前は無い」
「轟、鬼だ」

悪魔に死神に鬼。私ならば嘘をつく時にこんな真顔にはなれないだろう。口先だけの冗談なのだとしたら、彼ら三人の演技力に評価せざるを得ない。

「……三田村淋、です」
「お前、若干信じてないだろ」
「………ちょっとだけ」
「仕方ねェなァ」

その瞬間、ルシアの背に広がる大きな黒い物体。それは紛れもなく悪魔の翼で、漆黒の羽根は美しくも見える。

「信じた?」
「し、信じた……」

ひらりと舞い落ちてきた羽根を手に取ると、ルシアは満足気に鼻を鳴らした。

「それやるよ、大事に持ってろ」
「え」
「なんだよ、いらないって言ったら地獄に送ってやるから」

驚きで漏れた私の声を否定的な意味で受け取ったのか、ルシアは不満げに唇を尖らせた。
実際は逆だ。烏の羽根とは違い、神々しくもあるこの羽根をくれると言うのなら是非いただきたい。

「あ、ありがとう!すごく綺麗だね、この羽根」

途端にルシアの表情は明るくなり、角と翼が無ければ悪魔になど到底見えない。
バッサバサと揺れる翼はまるで飼い主に懐く犬の尻尾のようで、思わず口角が上がってしまった。

「やっぱりお前面白いのな。 普通の奴なら悪魔の羽根だなんて知ったら投げ捨てるのに……酷いよな、別に不幸を呼び寄せるもんでもねェのにさ」
「こんなに綺麗なのにね」
「だ、だろォ!?オレ、お前が気に入ったぞリン!」

その後あまりに落ち着き無くはためく翼に業を煮やしたらしい轟さんが「さっさとしまえ」とピシャリと言い、それでも変わらずに上機嫌なルシアは広がる翼を消して私の隣に腰掛ける。

「あの、なんだかよくわかりませんがこれからよろしくお願いしますね、ルシアと轟さんと……えっと」
「死神でいいよコイツは」
「ルシアと轟ばかり狡い、僕も名を呼ばれたい」
「名前ないじゃんかお前」

名前が無いというのはどういう気持ちなのだろう。今までは死神と呼ばれていたらしいが、やはりそれは寂しいのかもしれない。
死神をどうにかして変形させてあだ名か何かを考えようかとも思ったが、どうにも私にはそういうセンスが無いらしくまったくいいものが思い浮かばない。

「死神さんも、よろしくお願いします」
「………」

やはり死神という呼び名が気に入らないのか、彼は不満そうな表情でこちらを見つめてくる。

「なんだなんだァ?珍しく死神が駄々っ子じゃん」
「うるさい、シネ」

思春期の若者のようなやり取りに微笑ましくなっていると、ふと感じる威圧感。それは先程も感じたもので、その方へと目を向けると轟さんが恐ろしくも見える無表情で私を睨んで――否、彼としては見つめているだけなのかもしれない。

「三田村淋」
「は、はい」
「あんたがいなくなってすぐに気が付くような人物は?」
「……大丈夫です」

何が大丈夫なんだと言わんばかりにこちらを見る轟さん。家族がいなくなった今、私がそこから消えても問題はない。
考えようによっては、あの悲惨な場に私だけいないのだ。今頃警察が犯人候補として私を探しているかもしれない。

「何が大丈夫なんだ?言っておくがあんたにどんな事情があろうと俺は何も思わない。 ただ少しでも知られてしまう可能性があるなら把握しておきたい」
「……は、はい」
「では、説明を求める」

思い出せる限りの、あの思い出したくもない記憶を話そうと私は口を開いた。

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