死んだ方が楽しいに決まってる






ぼんやりとした視界には、見知らぬ顔が二つあった。

「おい、なんだこれ」
「人間が落ちていたから、拾った」

灰色がかった白銀の髪の人と、紅を重くしたような色の髪の人。
四つの目にしばらく見つめられながら、だんだんと覚醒していく私の脳はやがて大きな疑問に辿り着く。

「名前は?」
「リン、三田村淋……ね、そうだよね?」
「何でお前が知ってるんだよ」

私は確か、あの時廃墟から落ちて死んでしまったはず。助かったにしてもどこかしら体の痛みがあるはずなのだが、全てにおいて快調なのは自分でもよくわかる。
あんなにリアルな夢はあるものだろうか。もし全て夢だったのなら、母も父も涼太もいるはずだ。私の帰りを待っているはずなのだ。

「はや、く……帰らなきゃ…」

この際、この二人は放っておこう。見慣れぬ洋風の室内を見回しながら私は体を起こした。後味の悪い夢を見たのだ、二人に構っている暇はない。

「どこに帰るの?」

白銀の彼がそう問い掛ける。もしゃもしゃとした髪は鬱陶しくないのだろうか、と思いながら私はごく普通の答えを返した。

「家に」

その言葉に、今度は赤髪の彼が不思議そうな顔をする。

「家なんてないだろ」

なんて失礼な人なんだろう。今見ていた夢のせいもあり、その言葉は私を苛立たせるのに一番効果的なものだ。

「とりあえず私は家に――」
「無いよ」

白銀の彼もまた同じことを言うものだから私は怒りを隠すことなく表情に出し、反論すべく口を開いたその時。

「君はもう死んでるよ」

は?と怒りと呆れの混じった声が漏れ、私は白銀の彼が放った言葉の意味を正しく捉えるべく脳をフル回転させる。

「お前、自殺したんだろ?」

今度は、え?と気の抜けた声が漏れる。
身に覚えがないわけではないが、あれは夢だったはず。まず私はこうして生きているというのに、彼らは私のどこをどう見て死んでいると思ったのか。

「困るんだよね、自殺ってリストに載らないから……僕ら死神が見付けるまで生きてることになっちゃう。 いないのにね、存在が無いのに生きてるだなんて馬鹿みたいだよね」

おかしい。何もかもがおかしい。今彼は自分のことを死神と言ったし、第一私は死んでいない、はず。
そして何より、もし先程の夢が現実だったとしても彼の言うことには決定的な間違いがあるのだ。

「私は自殺なんてしてない」
「落ちたじゃん、屋上から」
「あれは違う、確かに最初は自殺しようとしたけど、直前に死ぬのが怖くなってやめたの」

これはあくまでも"もし"の話だ。先程の夢がもし現実だったとしたらの話。

「怖くなったって?」
「怖じ気付いたの」
「なんだよソレ、バカだなァ」

先程から八重歯を覗かせながら言う赤髪の彼は、よく見ればその頭に奇妙な角が生えていたり、人には思えないくらいに爪が鋭い。

「何で馬鹿なの?」
「死んだ方が楽しいに決まってる」

まるで悪魔を思わせるようなその風貌は何かのコスプレだろうかと考えていると、重そうな扉が開き何者かが足を踏み入れた。

「自殺した人間を引き取りに来た」
「……なんでここに轟(とどろき)が?」
「オレが呼んどいた」
「ルシア、いらないことしないで」
「え?だって自殺した奴は地獄逝きだろ?いつもはそうするじゃねェか」
「で、その自殺した人間とはそこの女のことか?」
「いらないよ轟、帰って」
「……んーまァ、そういうことになったみたいだから、無駄足ゴメン」
「説明を求める」

一体彼らの間でどういう会話が交わされているのか。
現れた男は長い黒髪を後ろにしっかりと結い上げ、腕を組み仁王立ちしている。どことなく漂う威圧感に身を縮こまらせると、その鋭い目がこちらへと向けられた。

「自殺じゃないんだってさ」
「では何だ」
「え、えっと……」
「………」

三人から目を向けられ、しどろもどろになる私に赤髪の彼が助け船を出してくれる。

「自殺しようとして、怖じ気付いて、んで気が付いたら死んでたんだと」
「事故ならばリストに載るはずだ、どうなんだ死神」

ふるふると首を横に振る白銀の彼はつまらなそうに欠伸をし、どこからか取り出した分厚い本を開く。

「リンの寿命は九十七歳と、五ヶ月と二十日と九時間」
「ならば何故だ」
「それが謎なんだよなァ」

悪戯にしてはたちが悪いし、嘘をついているような雰囲気では無い。
もしあれが、先程の夢が"もし"の話ではないのだとしたら。

「あ、あの……」

夢ではなく現実だったのだとしたら。

「何?」
「どうした?」
「何だ」

あの時母と弟は父に殺され、そして父も自ら命を絶ち、私は足を滑らせて屋上から落ちたのなら。

「私は、死んだんですか?」

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