たとえ世界に果てはなくとも 4 | ナノ


たとえ世界に果てはなくとも 4




 銀が指定場所に着いたとき、そこにはすでに妙がいた。こちらに気付くと、目を細めてやさしく微笑む。銀は編笠を外して隣に座ると、ちらりと横目に彼女を見た。こういうときに、どうやって話を切り出したらいいのかわからない。
「ふふ、困っているでしょう?」
「……」
「だから、単刀直入に言いますね」
 大きな黒い瞳を、しっかりとこちらへ向けて。
「お登勢さん……私の雇い主から、あなたが闇商人だと聞きました」
 妙はゆっくりと、だけどはっきりと全てを口にした。民衆から慕われている店だけあって、何の気無しに情報が入る。くだらない話から、ちょっとした噂まで。お登勢が聞いたその中の一つに、銀色の髪をした闇商人の話があったのだ。
 聞いたことの全てを話したあとに、ほうっと息を吐き出す妙。その吐息が震えていたのは、おそらく彼の気のせいではないだろう。いつの間にか伏せ目がちになっていた視線は川を見つめ、どちらかといえば戸惑いがちに次の言葉が紡がれる。
「本当は、止められていたんです。これ以上あなたと関わらないようにって。でも……」
 きちんと話がしたかった。それがどうしてなのかはわからない。お登勢を信じていないわけではないけれど、どうしても、自分の耳で聞かないと、認められそうになかったのだ。……できることなら、彼の口から否定の一言が欲しいとさえ思っている。
 物思いにふける妙に、銀はかける言葉が見つからずにいた。でも、の言葉のつづきが聞きたい。けれど、きっとそこは聞けない言葉。彼女の気持ちに応えたいと思ってこの場へ来たはずなのに、いざとなると、何をどう話せばいいのかわからなかった。
「……違う」
「え?」
 ただ、一つ、言えるとすれば。
「信じてもらえるかわかんねーけど。俺は、闇商人なんかじゃねぇ」
 言葉を選びながら、彼は紡いだ。自分が闇商人ではないこと。本当の名前は銀時ということ。それなりに腕が立つことを知っている友人から、時々呼ばれて戦に参戦していること。武士とコソコソ話しているのはそのためだということ。自分の存在を隠したがるのも、名前をきちんと告げないのも、すべてはそのためだということ。気付けば、一つどころかすべてを話していた。それくらい、彼女を引き止めるのに必死になっていた。
「……護りてぇんだ」
 初めて大切なものをなくしたときの気持ちが、いつまでも忘れられない。忘れなくていい、と簡単に言えるほどそれは軽いものではなく、それでいていつでも銀時の背中にのしかかっている。今やっていることは、すべてそれへの抵抗だ。もうこれ以上、大切なものがなくならないように。なくす恐怖に、怯えなくていいように。
「……わかってますから」
 銀時の右手に、妙の左手がそっと重なる。そのあたたかさに、思わず銀時は彼女の方を向いた。
「今日、話ができてよかった」
 余計な言葉は何も言わず、柔らかく微笑む妙に、自然と銀時は腕を伸ばした。話を聞いて彼女が出した結論がそれならば、それ以上の答えはないような気さえした。



「……知ってた?俺、おまえに一回会ったことあんだけど」
「え?いつですか?」
「あの店に通うようになる前」
 やっぱり覚えてねぇか、と苦笑する銀時。本当は、あのときからどこか惹かれていた。単に顔がタイプだっただけだけれど、団子屋で再会したときには心底驚いた。声をかけてくるとは思ってもみなかった。
 そんなことを不意に思い出したのは、告げなければいけないことがあるからで。
「次、また戦に駆り出されるのが決まってる。しかも江戸じゃねぇ」
「……」
 妙を抱きしめたまま、耳元で囁く。こんな話をするつもりはなかったけれど、自然と口をついて出た。未来の約束をすることはほとんどないが、これだけはどうしても伝えておきたかったから。
「あー……だから、しばらく離れるけど、……団子は食いに来るから」
「銀さん……」
 そのときは、また、少しだけ餡をサービスしますね。
 ふふ、と笑う声がくすぐったくて、誤魔化すように抱きしめる腕に力を込めた。




11.08.25.
戦国パロに滾ったときの妄想を、ようやく形にすることができました
ラスト、本当は「ついてきてくれねェ?」にするつもりだったのですが、ちょっと違うかなあと




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