約束をしよう | ナノ


約束をしよう(3Z)




 卒業式なんてものはあっけなく終わった。もっと別れを寂しく思って泣いたり、教師からの感動的な一言でもあるんじゃないかと思ったのは一瞬で、式が始まってからもその後のホームルームも、いつもどおりの私たちだった。それがうれしくもあるのだけれど。
 教室から窓の外を眺める。校門まで続くその道のりに、ちらほらと花束を持った学生が現れ始めた。名残惜しそうに話したり、写真を撮ったり。その様子は卒業式らしくもあるのだけれど、やっぱり実感はほとんどない。また明日になれば、みんなこの教室に集まる。そんな気がしてならないのだ。
「まだ残ってたのか。感傷にでも浸ってた?」
「そんなんじゃないアル。ちょっと外を見てただけヨ」
 人がいっぱいいるアル。声がした方を見ようともせず、そんな当たり前のことを呟いた。担任の声ぐらい、ちゃんと覚えてる。
「……私、このクラスのこと、けっこう好きだったヨ」
 窓から外を見下ろす私とは対照的に、担任である彼は窓に背を預けた。ふわりとタバコの匂いがしたけれど、それももう気にならない。
「短い間だったけど、ホントに楽しかったアル」
「……そういうことはホームルームのときにでも言えっての。クラスメイトに言わなきゃ意味ねぇだろが」
「だって先生、私のこと何も言わなかったアル。てっきりみんなに言うと思ってたのに」
「大事なことは自分で言うもんだろ」
「みんなに伝えるのは担任の仕事ネ」
「ま、そうなんだけどよ」
 大事な話。それはつまり、私が国に帰るということ。担任がホームルームでそれを口にし、私が最後にみんなに一言……という流れを予想していたのに、何もないままあっけなく終わったのが現実だった。よく考えたらみんな卒業してバラバラになるわけだし、そう考えるとたいしたことではないのかもしれないけれど。
 本当は昨日帰るはずだったのに、無理を言って引き延ばしてもらっていた。せめて、離れるのならみんなもバラバラになるこの日がよかったから。そのくらい、離れがたくて。
「……ちゃんと言ったか?」
「……誰に?」
「……」
 それきり黙ってしまった彼は、ゆっくりと煙を吐き出す。私は人だかりを見下ろしながら、少しだけ目を伏せた。誰に何をなんて、そんなの聞かなくてもわかってる。私だって、言わなくちゃとは思ってた。
「……何しようがオメーの勝手だけどよ」
 ため息とともに言葉が紡がれる。それと同時に隣の気配が動いて、窓の側を離れたのがわかった。ようやく彼の方に視線を向けたものの、彼はもうこちらを振り返ろうとはしない。
「何も言わなきゃ、ホントにそれっきりだ。卒業してみんな離れて、それでもみんなは顔を合わす機会がある。だけどオメーは……国に帰るなら、そう簡単に戻ってこれねぇだろ。好きだって思えたこの場を、自分自身で手放そうとしてる。何も言わないってのは、そういうことだ」
 それだけ言い残して、彼は教室を後にした。私はじっと動けないまま、その方向をただただ見つめる。
(手放す……?)
何を?誰を?……私が?彼が言うことは理解できるようでできなくて。ただ頭の中で、もやもやぐるぐると回っている。いろんな人の声と、顔と、それから、さっきの言葉。
 離れたくない、けど、それはもう無理だ。だって私たちはもう、卒業してしまったから。でも……
(もう一度、会いたくなったら……)
 また、こっちに来る機会があるかもしれない。そのときまで、誰か覚えていてくれるだろうか。喜んでくれる人がいるだろうか。会いたいと思ってくれる人は……
(……違う)
 バンッ!と勢い良くドアを開けて、廊下へと飛び出した。そのまま階段を駆け下りて、外へ。荒い息のままきょろきょろと見渡しても、なかなか見つからない。何度も頭に浮かんできた顔。
 認めたくなくてもそれは現実で。何度も何度も真っ先に浮かぶその顔は、声は。どうしてかはわからないけど、きっと、これでサヨナラだとは思いたくない人。思えない人。
 校舎から出てくる人を見ても、もうすぐ学校を出て行く人を見ても、なかなか見つからない薄茶色の髪。どこで何してんだ、あのサド。
「チャイナァ、そんな焦って何してるんでィ」
「!」
 聞こえたのは、探していた声。その方向は……上?
「……あ!」
 さっきまで自分がいた教室。自分がいた窓辺。まさかそこから見られていたなんて。声を張り上げていたなんて。……すれ違い、だったなんて。
「おいサド!神楽様が今からそっち行ってやるからそこでおとなしくしてるヨロシ!」
「却下。あいにく屋上に行くとこなんでねィ」
「じゃあ屋上で待ってろヨ!すぐ行くからナ!」
 それに答えることなく、彼は教室の中へと姿を引っ込める。私もあとを追うようにして、全速力で校舎へと逆戻り。一段飛ばしで階段を駆け上がる。一階から二階、三階、……最後に、屋上。辿り着いたそこで息を整えることもせず、乱れた呼吸のままで屋上へのドアを開けた。普段から立ち入り禁止の場所ではあるが、ここには何度か足を踏み入れたことがあった。今更、躊躇はない。あるとすれば、それは彼に対してのもの。だけど、今は躊躇してる場合じゃない。
 ぎゅっと唇を噛み締めてドアを開ければ、彼は手すりに体を預けてこちらを見ていた。本当に来たと驚くでもなく、もちろん微笑むわけでもなく、いつものポーカーフェイスで。
「……何か用ですかィ?」
「……」
 決めてあったはずの言いたい言葉は、いざとなると口にできなくて。何を緊張する必要があるのだろう。どうしてこいつなんだろう。喧嘩ばかりしてきたはずなのに、それが嫌じゃなかったと、どうして気付いてしまったんだろう。いまさら、どうして。
 くるりと彼に背中を向けると、私はゆっくりと息を吐いた。落ち着いて、ただ事実を述べるために。
「……国に帰ることになったアル」
 一言、ただそれだけ。わかっていた事実なのに、口にした途端、目の前が霞んだ。喉が焼け付きそう。
「卒業したんだからどっちにしろ関係ないかもしれないけどナ。一応言っておくアル」
「……」
「これでせーせーしただロ?それとも喧嘩相手がいなくなって寂しいアルか?」
「……」
 どうして何も言わないの。いつもみたいに話してよ。喧嘩でもなんでもいいから。
「……子供扱いしてんじゃねーヨ」
「子供みたいにベソかいてんのはどこの誰でィ」
 背後から頭をポンポンと叩かれて、なぜかますます涙が零れた。眼鏡を外して、泣いていることを隠しもせず目元をごしごしと擦る。こいつの前で泣きたくなんてなかったのに。
 ……違う、そうじゃない。こいつとは、最後まで自分たちらしくありたくて。湿っぽく終わらせたかったわけじゃなくて。
 頭の上に置かれていた手を振り払い、彼を見据える。深い紅の瞳は相変わらず何を考えているのかわからなかったけれど、それでも。
「絶対、絶対にまた来るからナ!まだこの前の酢昆布争奪戦の決着がついてないアル。十年分の酢昆布用意して待ってるヨロシ!」
 そう啖呵を切れば、少しだけ口元に笑みを浮かべてくれた気がした。いつものように、にやりとした笑い。
「……上等でィ。絶対来いよ」
「おまえこそ逃げるなヨ」
 待ってて、覚えてて、なんて似合わない。私が会いに行けばいい。
 手にしていた眼鏡をかけたら、元通り。腫れた目もわからない。にやりと笑って、いつもどおり軽口を叩き合うだけ。ここで終わりになんか、絶対にしない。




11.03.04.
卒業式
3Zは新→神→沖という図が頭の中にあって、いろいろ流れを考えています
新→神には決着がついて、その先にある神→沖がこれ




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