見つめる先 | ナノ


見つめる先




 時刻は夕方。あまり人気のないこの遊園地は、どこかのように華やかなパレードが行われるわけでもなく、暗くなる前に閉園してしまう。
(そろそろか……)
 珍しくツインテールの神楽の髪が、風でサラサラと揺れる。いつもは髪飾りに隠されているが、今日は違う。
 沖田は神楽の髪が好きだった。独特なその色を、素直に綺麗だなと思う。ホットドッグにかぶりつく彼女の後ろ姿を見ながら、声をかけた。
「おいチャイナ、最後はあれで締めますぜィ」
 指差す先には、ゆっくりと回る大きな観覧車があった。最後、という言葉に反応したのか、それとも思うところがあったのか。神楽は口の中にあったものをごくんと飲み込んで、弱々しい声で「……うん」とだけ返した。
 観覧車の中、二人は無言だ。甘い空気なんかではない。しかしいつもほどピリピリした空気でもないのは、遊園地という魔法がかけられたせいなのだろうか。
「一周だけおとなしくしてろィ。下手に暴れて壊されちゃ困るんでね」
 だったらなんでこんなのに乗ったアルか。そう言いたいのをぐっと堪えたのは、言うと同時に蹴りまで繰り出してしまいそうだったから。
 不思議な光景だと神楽は思っていた。自分とこいつが、観覧車に乗っているなんて。おとなしく向き合っているなんて。
(変な感じアル……)
 観覧車だけではない、遊園地で二人で遊んでいること自体が、知り合いから見れば不思議な光景だったのではないだろうか。何に乗るかで揉めたりしながらも、一緒にご飯を食べて、はしゃいで、ただ遊んで。カップルのように腕を組んだりはしていないけれど、じゃあ私たちはどんな関係に見えたのだろう。サドは……沖田は、何を思っていたんだろう。考えれば考えるほど、むずむずする。
 下げていた視線を上げて目の前にいる沖田を見ると、彼は外をじっと見つめていた。どこか遠くを見るような表情で、ただ外に目を向けていた。その横顔が、髪が、夕日のオレンジに染まるのを、神楽もまたじっと見ていた。不覚にも、色素の薄い彼の髪には、夕日がよく栄えていたから。
 キレイだなんて認めるつもりはなかったから、神楽も視線を外に向ける。ゆっくりゆっくりと、二人を乗せた箱は高いところへ。さっきまで遊んでいたジェットコースターやコーヒーカップやらが、どんどん小さくなっていく。
「……チャイナ」
「……なにヨ」
「知ってるかィ?観覧車ってのは……」
 チューするために作られたんでさァ。
 いつの間に席を立っていたのだろう。すぐ近くで囁かれたかと思えば、その言葉ごと自分で飲み込んでしまうかのように唇が重ねられる。驚く間も、抵抗する間も、殴る間も……ましてや照れる間もなかった。気付いたときにはキスしていたし、そうかと思えば勝手に離れてしまっていて。ただ、その瞬間に下唇を舐められて、ぞわりとした感触だけがしっかりと残った。
「……おまえ、なに考えてるアルか」
「そりゃこっちのセリフでィ。抵抗しないってこたァ、そういうことでいいんですかィ?」
 ニヤリと口の端を上げて、いやらしく笑う。後ろの窓についた沖田の腕が、神楽との距離を保っていた。すぐ目の前にある瞳。まっすぐ見つめられて、神楽もまっすぐに見つめ返す。けれどそれは、すぐに伏せられて。
「……よく、わからないアル……」
「え……」
 予想外の答え。てっきりすぐに否定の言葉がくると思ったのに。まだ、いつもと違う空気のままなのだ。
 素直な答えは自分の好みじゃないはずなのに、それでもいいと思ってしまう。ちょっと反応を試してみたかっただけなのに、今はもうそうではなくて、ただキスしたいと思った。
「ん……っ」
 押し付けた唇。むりやり舌をねじ込めば、相手のそれに触れる。その感覚を楽しんだ。
 沖田が唇を解放した頃には、観覧車は頂点を過ぎていた。ゆっくりと景色が下がっていく。けれど視界には至近距離の沖田がいて、目を離せなくて。
「……景色、全然見れなかったアル……」
「なんならもう一周するかィ?」
「誰がおまえなんかと!」
 次はアネゴと来るアル!ふいっと顔を背けて、神楽は頬を膨らませた。
 きっと、観覧車が一周して、遊園地を出る頃には、あの不思議な空気はなくなって、いつもの自分たちに戻るのだろう。たとえば帰り道で手を差し出したとしても、神楽が素直に重ねてくることはないだろう。それでも沖田は、今日という一日に満足していた。さっきの態度や、最後に万事屋の主の名前が出てこなかったことに、もしかしたら……という想いが生まれていたのだ。帰り道は、いつものように喧嘩しながら歩くくらいでちょうどいい。




10.09.06.
『「夕方の遊園地」で登場人物が「見つめる」、「風」という単語を使ったお話を考えて下さい。』というお題で、恋人未満
恋人未満沖神における神楽は、恋愛に興味はあるけどよくわからないし沖田に対する感情が何なのかもわかってないイメージで書いてます
照れたり初々しい反応をするようになるのは、付き合ってから




back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -