また会えるなら | ナノ


また会えるなら(高校生×教育実習生)




 明日から教育実習の先生が来るぞ。若くて綺麗な先生だからといって手を出すなよ、君たちはまだ高校生なんだからな、はっはっは。そんな浮かれた担任の言葉を聞きながら、もうそんな時期なのか、なんて。昨年も同様に浮かれていた担任は、自分のクラスに来たのが男性で、ものすごく落ち込んでいたのを覚えている。おそらく同じことを覚えていたのであろう生徒が、手を挙げて「せんせー!」と話しかける。
「今年こそ女の先生なんですかー?」
「ああ。もう昨年のようなミスはしないさ。履歴書もばっちり受け取っているからな、名前も写真もばっちりだ!」
 堂々と語るその姿に、変態教師め……とため息を零した。んな年上に興味なんかもたねぇよ、と考えていたのが、約一ヶ月前のことである。……そんなのんきな一ヶ月前の自分を殴ってやりたい。そう思ってしまうくらいに、エドワードは彼女に好意をもってしまっていた。
 教育実習で来たウィンリィ・ロックベルは、21歳。眼鏡にスーツといういかにも”できる”姿とは裏腹に、顔は比較的童顔であった。彼女はこの高校の卒業生らしく、このクラスの担任であるマスタングには、彼女もお世話になったことがあるという。いやあまったく素敵なお嬢さんに成長したね。ああもちろん高校時代も可愛らしかったが今は女性として綺麗という意味だよ。どうだね、君も成人になったことだし一緒に飲みにでも行かないか。そんな彼のセクハラ発言にも慣れているのか、さらりと交わす。慣れているならそれはそれで問題がある気もするが。
 彼女は物理の担当であるため、週にある授業の回数は少ない。ホームルームなどは当然このクラスを受け持っているため、他のクラスに比べたら顔が見られるほうではあるのだが。
(……つか、なに考えてんだよ、オレ)
 なんの焦りだ、これは。相手は5つも歳の離れた大学生だぞ。落ち着け落ち着け、と元素記号を唱えるのとは裏腹に、焦りの理由にも気付いている自分がいる。
 もうすぐ、実習期間が終わるのだ。こんなにも短く感じた一ヶ月があっただろうか。
 芽生えている感情を自覚し、もやもやとした気持ちを抱えながらもただ日々を過ごし、気付けば明日が最終日。もうそんなに経ったのか。何かしなくては、と思いつつも何もできないのがエドワードという男だ。ましてや、年上の女性。出会いもこんな形では、何をどうしていいのかさっぱりである。相手が相手である以上、誰にも相談なんてできないし。
 放課後、クラスメイトが部活動に向かったため静まり返った教室に、一人。窓際の一番後ろというベストポジションが、彼の席だ。帰宅部のエドワードは、特に用がないときは、ぼーっと外を見てから帰るのが日課となっていた。
 帰るか、と立ち上がりかけたとき、ガラガラッと音を立てて教室に入ってきた人物。その姿に、声が出なかった。あちらも一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐににこっと笑みを浮かべて。
「まだいたんだ、エルリック君」
 そう言って、近付いてきた。どくんと心臓が音を立てたのは、このシチュエーションのせいだ。彼女は自分の前の席に腰掛けると、横座りで話しかけてくる。
「なにしてたの?」
「いや、特に何も……先生は、何か用事?」
「ううん。……明日で終わりなんだなーって思ったら、つい」
 そう言って、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべながら目を細めた。先生の、眼鏡の奥の碧い瞳が印象的だ。海のような空のような、深くて濁りのない瞳。ずっと見ていたような、すぐに逸らしてしまいたくなるような、不思議な色をしていた。
 少しだけ、たわいもない話をする。彼女が今座ってる席は、高校時代に最後に座った席だそうだ。もちろん教室はここじゃないのだが。
「……ロックベル先生って、どこ大だっけ」
「セントラルよ。セントラル教育大」
「ふーん……」
 オレも、そこ受けよっかなぁ。独り言のつもりで呟いた言葉だったのに、彼女には聞こえていたようで。エルリック君が教育に興味あったなんて意外だわー、なんて笑っている。
(ちげーよ)
 今はまだ、彼女には追いつけないから。こんなガキじゃ相手にされないなんて、わかってるから。二年後、オレが大学に入る頃には、彼女はとっくに卒業しているけれど……
「……なんてな。オレ、教える方は興味ないし……」
「あ、やっぱり?研究してる方が好きそうだなーっては思ってたけど」
「ん。……じゃ、先に帰ります」
 一つの選択肢を口に出してみたものの、そんなことをするつもりはなかった。こんな出会いはほんの一瞬のことにすぎなくて、きっと彼女の記憶からもオレ自身の記憶からも消えてしまうのだろう。わかりきっている答えだからこそ、何もするつもりはなかった。
(……あ)
 鞄を持ち、左手はポケットに突っ込んで。その手に触れたものに、ひとつの考えが浮かんだけれど。
(……ま、いっか)
 一瞬動きを止めてしまったエドワードの背中に、どうしたの?と声がかかる。本当のことを言えるはずもなく、「明日……最後の授業、がんばれ」とだけ口にした。きっと彼女は、微笑んでいるはずだ。



 翌日、ウィンリィ・ロックベルは、最後のホームルームの前に、黒板に携帯のアドレスを書き出した。教室内がざわつく。書き終えた彼女は、満足した顔で生徒を振り返る。見られた、気がした。
「短い期間でしたが、本当にありがとうございました。ここで学んだことを活かし、立派な教師になれるよう今後も努力していこうと思います」
 湿っぽさを感じさせない、明るい挨拶。その空気に、生徒たちも和んでいるのがわかった。後ろで見ている担任も、きっと。
「それから……この一ヶ月で、せっかくみんなと仲良くなれたので、よかったらメールください」
 くだらないことでも、進路のことでも、なんでもいいので。楽しみに待ってます。
 そう言って締めた彼女と、再び目が合った気がする。……きっと、見透かされていたのだ。昨日、帰る間際の出来事を。もしそうだとすれば、これは彼女からの挑発。
(……受けてやろーじゃねぇの)
 一瞬だけにやりと笑みを返したあと、興味がないとでもいうかのように窓の外を眺めた。みんなが教室からいなくなったあと、アドレスを登録しよう。最初に送るメールの内容は、もう決まっている。
『セントラル教育大には行かねぇ』




11.04.01.(エイプリルフール)
嘘、から発展して、パラレル設定
逆年の差に初めて萌えました




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