スキスキス(学パロ) 「ん……」 チャイムの音で目が覚めた。重い瞼を持ち上げても、見えるのは真っ白な天井。同じ色のカーテンに仕切られた、自分だけのスペース。 今はいったい何時だろう。ここに来たのは昼休みだから、昼休みの終わりかそれとも… 「ロックベルさん、調子はどう?」 「あ、はい。だいぶ良くなってきました」 先生に声をかけられ、ゆっくりと体を起こす。慣れないベッドと枕で寝ていたせいか、肩の辺りが痛かった。 「まだ顔色良くないから、あんまり無理しちゃダメよ。もう少し寝ていきなさい」 「はい」 「でも先生これから職員会議なのよ……一人にしちゃうけど大丈夫?」 「職員会議……ってことは、もう放課後?!」 うわあ…と自己嫌悪のため息を洩らしながら、再びベッドに横たわる。また、一気に疲れが出てきた。先生はそんな私に苦笑しながら、会議の支度に取りかかった。 もともとたいしたことはなかったのだ。ただ、連日の徹夜で疲れが溜まり、軽い貧血を起こしていただけで。 「それじゃあ、ごめんなさい。いってくるわね」 「いえ、私こそご迷惑かけてすみません……」 先生が出て行くのを見送って、カーテンを閉じた。再びもぞもぞとベッドに潜り込む。制服からジャージに着替えておいてよかった。皺になっちゃう。 仰向けになって、何もない天井をボーっと見つめる。何を考えるでもなく、ただゆっくりと瞬きを繰り返しながら。 (ヒマだなー……) もう授業があるわけでもないし、帰ってしまおうか。だけど、まだなんとなく起きたくない。もう少しだけ…と、横を向いて目を閉じた。寝すぎて疲れた重い体が、ぐったりと沈んでいく。 そのとき、ガラガラとドアが開いた。誰だろう…と思ったものの、起き上がってたしかめる気にはならなかった。 「……あれ?先生いねーのか」 「そーいや今日って職員会議あるんじゃね?」 「あー……まあいっか。勝手に寝てくわ」 「おい……」 ドキッとした。重かったはずの瞼が一気に開き、ドクンドクンと心臓が鳴る。 (エド……) 聞き間違えるはずもなかった。幼なじみのエドワードの声。一緒に来ていたらしい友人は、呆れたような声を出して出て行ってしまった。でも、エドは……? カーテンを引く音がして、ますます大きく心臓が跳ねた。けれど、それは隣のベッドだったみたい。ほっとしたのは一瞬で、隣から聞こえるベッドが軋む音や布団をかける音に、どうしても耳が敏感になってしまう。 (う、わあ……) エドとは、もちろん小さい頃からの付き合いで。ずっとずっと一緒にいたから、こいつに対するスキの感情は小さい頃からずっとあって。だから、遅れた。スキの気持ちがどんどん変化していたことに、なかなか気付けなかった。気付いたのはいつだったか、何がきっかけだったか、今となってはもう思い出せないけれど。少しずつ変化した気持ちのせいで、今はこんな些細な音にもドキドキしてしまう。 ゆっくりと体を起こした。二枚のカーテンの向こうに、エドがいる。 「……エド」 声をかけようか少しだけ迷ったあと、小さく彼の名前を呼んだ。零れるように、自然と出てきた。だってこの名前も、もうずっと呼び続けているものだから。 「……ウィンリィ……?」 少しの沈黙のあと、低い声があたしの名前を呼ぶ。それがなんだかくすぐったくて、自然と口元が緩む。 あたしはベッドを降りると上履きを履いて、区切られた自分のスペースを抜けた。そして隣のカーテンの隙間から、ひょっこりと顔を出す。目が合って、二人で笑った。 「どうしたの?具合悪いの?」 「いや、ちょっと来てみただけ」 「来てみただけってあんた……先生もいないっていうのに」 ホント、何しに来たのよ。そう言って呆れてみせるけど、内心喜んでいる自分がいる。毎日のように会っているけど、二人でいる時間は極端に減った。高校生の男女なんてそんなもんかもしれないけれど、それでもやっぱり寂しいと感じてしまう。スキの気持ちが変わったときから、会いたいの気持ちも変わっていた。もっともっとと欲する気持ちが増えていく。 カーテンのところに立っているのもなんだったので、彼が寝ているベッドに腰掛けた。体を起こし、おいおい……という目線を送ってくる彼は、やはり高校生。こういうときにはどうしても、男女とか二人きりとか意識しなかった幼い頃をうらやましく思ってしまう。 「……おまえは?」 「あたし?あたしはもう大丈夫よ。お昼からここにいたから寝すぎて疲れちゃったくらい」 「……」 「……エド?」 「具合悪いなら、無理すんなよ」 「え……」 それだけ言って、エドは再び布団に隠れてしまった。ご丁寧に、こちらに背を向けて。 (なんなのよ……) 気に障るようなことを言った覚えはない。だけどエドのあの態度は、心配しているというよりも怒っているときのもので。 わからなかった。どうしてこうなったのかも、どうすればいいのかも。こんな一瞬で、空気が変わってしまうなんて。できることなら、数分前に戻りたい。戻って、隣で一人ドキドキしているほうがまだマシだ。 もう一度彼を呼ぶことはどうしてもできなくて、そっと腰を上げてベッドから降りる。静かにカーテンを引いて、自分がいた場所へと戻った。布団に潜り込めば、本日何度目かのため息。今までで一番重いため息だった。 (……バカエド) 違う、バカはあたしだ。一人で舞い上がって、一人で傷ついて。 時計の音だけが響くこの場所で、鼻を啜る音もやけに響く。泣いているわけじゃないけれど、なんとなく鼻がツンとした。 「……泣いてんのか?」 ああ、エドは、ずるい。こんなときに、こんなふうに声をかけてくるなんて。 「泣いてないわよ」 そんなふうに言われたら、強がるしかできないじゃない。泣いてないのは事実だけど、泣いてるって思われるかもしれない。 「昔っから泣き虫だよなぁ、ウィンリィは」 「だから泣いてないってば!」 ばっと勢いよく起き上がれば、ちょうどエドがカーテンを開けたところで。一瞬にして火照った顔を隠すように俯いた。気まずいのは、たぶんエドも同じ。嫌な沈黙が流れる。 「……あー、ホントにもう平気なのか?」 「……うん。もともとたいしたことなかったし」 「そっか。それならいいんだけど」 だけど、なに?聞きたくても聞けないのは、あたしが弱虫だから。幼なじみというやさしい壁を壊したくなくて、最近は何もできない。思ったままに動くことも、遠慮なく話すことも。 それはエドも同じで、考え込むように黙る機会が多くなった気がする。大人になったのとはちょっと違う。あたしもエドもまだまだ子供で、だからこそ未熟な部分。 そっと、手を伸ばしてみた。エドの左手は簡単に捕まって、その手にきゅっと力を込めれば、彼は驚きで目を丸くする。 「……なに」 金色の瞳はすぐに細められたけれど、あたしは見逃さない。頬も、少しだけ紅くなってる。 (怒ってるんじゃないのかな……) もしかして、さっきも。ぶっきらぼうな言葉は、昔から照れ隠しの合図だった。どうして気付けなかったんだろう。 「……バカみたい」 「あ?」 一人で舞い上がって、一人で傷ついて。だけど一人で解決して。そんな自分がバカみたい。バカみたいだと思うのに、心はすっきりとしていた。 繋いだ手の力を一度緩めて、絡めるように繋ぎ直す。おい……!という声は無視して、あたしはクスクス笑った。だってほら、エドの顔はますます真っ赤。 「あはは、ほんっとバカみたい!」 「だから何が!」 「あたしもエドもー」 笑いすぎて涙目になってきたあたしを、エドは笑うだろうか。笑ってもいい。わけわかんねぇって呆れてもいい。繋いだ手を離そうとしない、そんなあんたが愛しいの。 「あたしもバカだなー、全然気付かなかったっていうか忘れてたっていうか……」 「おい、ちゃんと説明しろよ。わけわかんねぇ」 「あたしもエドもバカだなって話」 「なんでオレもなんだよ」 「だけどね、あたしはそんなあんたがスキよ」 「え……、は?」 ぽかんとしたエドがおかしくて、あたしはまた笑う。そのままぐいっと手を引けば、不意打ちの連続で簡単に倒れ込む。久しぶりに間近で見た金色は、夕日できらきらと輝いていて。 (きれい……) 吸い寄せられるように、頬にキスを一つ。触れたのは一瞬なのに、どんどん顔が熱くなっていく。 「なーに照れてんのよ。いいじゃないこれくらい。小さい頃からしてたでしょ」 たかがほっぺたくらいで騒がないの!余裕ぶって言ってみても、こんな顔じゃ説得力ないかしら。それとも、真っ赤になって口をパクパクさせているエドにはこれで十分? 「てめ……オレがどんだけ……!」 「んー?」 「……なんでもねぇ」 オレもう帰るけど、ウィンリィどうする?珍しく与えられた二人で帰る機会に、乗らないわけがなかった。あんたホント何しに来たのよ……とため息を吐きつつも、嬉々として帰り支度を始めた。 11.03.05. 恋する乙女は相手の一挙一動で自分の心もコロコロ変わるものです それをそのまま書いたのですごく読みにくいとは思いますが、乙女心ってそんなもんですよね →back |