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 右腕は整備のために外されてしまい、大きな図書館もないリゼンブールでは基本的に暇を持て余すしかないエドワード。たまにはおとなしく寝るか、と二階へ上がってすぐ、ウィンリィの部屋のドアの隙間から明かりが零れるのが見えた。カチャカチャと機械を弄る音も聞こえる。その音に、自然とため息が零れた。
 彼女が誰のために何をしているのかなんて、わかりきっていた。外された右腕。急ぎではないと言っても、早いに越したことはないとわかっている彼女だからこそ、夜遅くまでがんばってくれているのだろう。それは自惚れなどではなく、どう考えても客である自分のためなのだ。
 無理すんな、なんて言える立場ではないのかもしれないけれど。けれど、それでも言いたくなってしまう自分がいた。軽いノックとともに、入るぞーとだけ声をかけて。
「エド……あんた、まだ起きてたの」
「お互い様だろ」
「あたしはやることがあるもの」
 そう言って、ウィンリィは手元の機械鎧を指し示す。コードやら細かい部品が剥き出しになってはいるが、そこにあるのは自身の右腕だった。
 エドは窓辺にもたれるようにして、作業机に向かうウィンリィを斜め後ろから眺めた。日中ならばぽかぽかと陽が当たるのだが、あいにく深夜の今は、冷たい空気を放っている。
「……なによ?」
 てっきり少し覗きに来ただけなのかと思っていたウィンリィは、彼がその場に落ち着いてしまったことに違和感を感じていた。何か用があったのだろうか。それにしては、あのエドがなかなか話を切り出さないのも不思議である。
「……なあ」
「なに?」
「さっきも言ったけど、今回別に急ぎじゃねぇから」
「うん。でも早い方がいいでしょ?」
「……だからっ!あんまり無理してねぇで休めっつってんの!」
「……」
 そのぶっきらぼうな物言いに、ウィンリィはぽかんとする。フンっ!と鼻息荒く言い放ったエドに、あんた何時だと思ってんのよ、なんて言う隙もなかった。それほど驚いたのだ。
「……エドに心配されちゃった……」
「……悪いかよ」
「ううん。でもびっくりした」
 人一倍無茶してるあんたが何言ってんのよ。そう言われてしまえば返す言葉もないのがエドだった。実際ウィンリィは、心配されるより心配することの方が多いのだと思う。わかってはいたけれど、隙間から洩れる明かりを見た瞬間、言いたくなってしまったのだからしかたがない。何があったわけでもないけれど、一度行動したくなったら止められない性分なのである。
 なんとなくすっきりしない心地のエドを見透かしたように、ウィンリィは「大丈夫よ」と呟いた。一体、何が大丈夫だというのだ。
「無理してるわけじゃないよ。それにあたしは、好きでこの仕事してるし」
「……知ってるよ」
 それは知っている。こいつが機械鎧バカなのは、十分すぎるくらいわかっている。オレが言いたいのはそういうことじゃなくて……と言いかけたエドを制すように、ウィンリィは「それに……」と続けた。
「それに……あんたの役に立ててるなーって思えるもん」
 そう言って、ウィンリィはにっこりと微笑んだ。それは純粋に、彼の整備士として…そして、幼なじみとして向ける笑顔に他ならない。だけど思わず、視線を逸らしてしまった。なんとなく、見慣れない笑顔だった気がして。何もわかっていない彼女は、きょとんとした顔で「……エド?」と尋ねてくる。
「……あー、うん。わかった。コーヒーでも入れてくるわ……」
「あ、じゃああたしの分もお願い」
「バーカ、おまえの分だよ。オレは悪いけど先に寝るぞ」
「うん。……そうだ、ミルクも忘れないでね」
「嫌がらせか!」
「違うわよ!あたしはもともとミルク入れる派なの」
「へいへい」
 ひらりと左手を上げて背中を見せるエド。その背中がドアの向こうに隠れるのを見送って、ウィンリィはふっと笑った。
(変なエド。なんで赤くなってたのかしら)
 理由はわからないけれど、そんな幼なじみをなんとなくかわいいと思ってしまう自分がいる。昔からそうだ。エドの照れる顔は、かわいいと思う。そこには少し、からかいの意味も含んでいるのだけれど。
 対するエドは、ドアを閉めてから数歩のところで立ち止まっていた。思わず口元を手で覆う。
(……なんだよあいつ……)
 かわいいとこあんじゃねーか。くすぐったいような、恥ずかしいような。甘いと言うよりは甘酸っぱい、そんな感覚。心の隅をくすぐられたような気がして。
 思わず、長いため息をつく。ふだんはあんな凶暴女なのに。スパナやパイプ椅子で、平気で人の頭を殴るやつなのに。
 冗談じゃねーよ。なんなんだよアレ。ぶつぶつと、一人ぼやくことしかできなかった。いつだって敵わないんだ、ウィンリィには。




10.09.28.
個人的に、エドウィンは3巻辺りが原点です
そのイメージで思春期エドウィン




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