その、一歩 | ナノ


その、一歩




 珍しく工具以外の買い物をしたいというから、興味本位でついてきた。ウィンリィの買い物といえば、たいていは機械鎧関係で。たとえ目的がそうでなくても、目移りしないことはほとんどない。
 しかし今日は、本当に雑貨や食品ばかり見ている。なんでも、「仕事関係のものは昨日買ったのよ」だそうだ。それでも工具やら何やらが置いてある店の前を通ると、一瞬ちらりと視線を向ける。それが、なんとなく気になるわけで。
「……見たいなら見てってもいいんだぞ?」
「ううん。昨日十分見たから、いい」
 さすがに一日じゃ新商品出てないみたい。あんたに遠慮してるわけじゃないわよ。そんな、寄りたくなったら寄るからね!という暗黙のサインに、今日の買い物は長引きそうだとため息をついた。
(別に、ウィンリィと買い物に行くのが嫌なわけじゃねぇけど)
 そもそも、買い物が好きじゃない。女ってのは、どうしてこう、買いもしないものを長時間吟味するのだろうか。ウィンリィもそこは例に洩れず、一つのお店に何十分もかけていた。
 結局、帰る頃には日も暮れていて。オレたちはとりとめもない話をしながら、駅へと向かう道のりをのんびりと歩いていた。買い物に満足したのか、ウィンリィは機嫌がいい。一歩前を歩く彼女のポニーテールが跳ねた。
「……ねぇ、エド」
「ん?」
「二人が元の身体に戻ったらさ、丘の上にピクニックに行こうよ」
 お弁当作ってさ。あ、アップルパイも焼くね。エドとアルとあたしの三人で…ううん、ばっちゃんとデンも一緒に。きっと、楽しくなるよ!
 ウィンリィには、そんな未来が見えているのだろう。眩しいくらいの笑顔で語りかけてくる。そんな彼女に、気付けば腕を掴んでいた。もちろんウィンリィは、驚いた顔をして振り返る。
「……な、に……?」
「あ、いや……」
 気まずい雰囲気とは、こういうことを言うのだろうか。……いや、気まずいというより、こそばゆいというべきか。くすぐったいような、そんな感じ。
 たぶん、この感覚は共有している。なぜかわかってしまうものだ。きっとウィンリィも、同じように思っていると。
 自意識過剰なのかもしれない。けれど、思わず掴んでしまった手が、思ったよりも熱かったから。振り返った顔が、思ったよりもずっと赤かったから。自惚れなんかじゃなければいいと思う。そこに、オレと同じ理由があってほしいと思う。離したくないと、思った。
(なにしてんだ、オレ……)
 らしくねぇよなぁ、と思いつつ、言葉が出てこない。たぶん、あと一歩。一歩はすでに踏み出している。きっと、あともう一歩なんだ。
 その碧い瞳は、期待しているのか戸惑っているのか。両方なのか、まったく違うのか。
(……わかんね)
 女心がわかりたい、なんて思ったことはないが、今ウィンリィが考えてることは知りたいと思う。……重症だな、オレ。
 開いた口からは何の言葉も出ず、魚のようにパクパクと繰り返すだけ。ウィンリィの表情に、苛立ちが混ざっていくのがわかる。ああもう、何してんだ。
「……行くぞ」
 掴んだままの腕を引っ張って、なんとか紡いだのはたったの3文字。これが今のオレの精一杯なんだと思うと、情けなくてしかたない。
(情けねぇ、けど……)
 ウィンリィも、照れたように笑うから。引っ張られるんじゃなくて、隣に並んでくれたから。今はきっと、このままでいい。




10.05.03.(エドウィンの日)
2010年の503Festivalさまに投稿させていただきました
なんでもないワンシーンを切り取った感じが好きなのですが、書くとなるとどこに萌えがあるのかわからなくなって難しいですね




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