甘い朝 二階から降りてくる音が聞こえて、あたしはコーヒーをいれる準備をする。ホットのブラックコーヒー。これは、エドのため。 「……甘い、においがする」 朝独特の、若干掠れた低い声。振り返らなくてもわかる、エドの声だ。 昔から家族のような存在だった幼なじみと、今は本当の家族として住んでいる。まだ一年も経っていないけれど、もうだいぶ慣れた。最初は毎日エドがいるということに違和感を感じないこともなかったけれど、今ではもう当たり前。泊まりの仕事なんかでいないときの方が、寂しく感じるようになってしまった。まだ二人が旅をしていた頃は、いないことの方が当たり前だったのにね。 「あんたがリクエストしてきたんじゃない」 明日の朝はアップルパイが食べたい、とエドは言った。朝から食べるものでもないと思ったけれど、リクエストなんだからしかたがない。材料もちょうどあったので、昨日の夜に仕込んでおいたのだ。 自分用には紅茶をいれて、あとはパイが焼けるのを待つ。エドは何と一緒でも、朝はコーヒーがいいらしい。 (しかも、こいつは昔っからブラックなのよね) ブラックコーヒーは苦いから、と拒否するあたしを、よくお子ちゃまだと笑ってたっけ。まったく、牛乳飲めない方がよっぽどお子ちゃまじゃないの。 そんなことを考えていると、いつの間にかエドはあたしの後ろに立っていた。後ろから覗き込むようにして、オーブンの中を伺う。 「すっげー、いいにおい」 「もう少しで焼けるわよ」 「おう」 「……って、ちょっと!何してんのよ」 寝ぼけてるのか何なのか、当たり前のように抱き着いてきたエド。あまりにも自然な流れだったけど、状況が理解できてしまえば、恥ずかしい以外の何でもない。 「んもー……」 だけど、悪い気がしないのも事実で。背中から伝わるエドの体温が、とてもここちよい。だから無理に逃れようとしたりはせず、素直に力強い腕に抱かれていた。 オーブンの機械音だけが、部屋に響いている。腕に込められた力。背中から伝わる熱。肩の上にかかる重み。 それら全てが愛おしくて、なんでもない時間なのに大切で。なぜだか、ドキドキする。 (ちょっと、早かったかな……) コーヒーと紅茶が冷めちゃうかも、なんて余計なことを考えながら。そうでもしないと、完全にこの雰囲気に飲み込まれそうで。 「……あ」 「ん?」 「忘れてた。おはよう、エド」 「……おはよ」 そんなことかよ、とエドは苦笑したけれど、でも朝の挨拶は基本だもん。どんなに慣れても、家族でも、一日はこの言葉から始まるの。 「……ウィンリィ」 名前を呼ばれて振り返れば、今度は正面で見つめ合って。そうして、あたしたちは当たり前のようにキスをした。 「朝の挨拶は基本、だろ?」 「……今までしてないじゃない、こんなの」 「いいんだよ、なんでも」 再び重ねられた唇は、やさしくて、熱くて、そして甘かった。絶対、雰囲気に飲み込まれてる。エドに飲まれてる。だけど、それでいいとさえ思えた。 ゆっくりと離れていくのに合わせて目を開けば、タイミングを見計らったかのように、パイが焼ける音がした。それがなんだか可笑しくて、思わず二人して吹き出してしまったけど。 (……同じこと、考えてるよね?) エドの視線が、熱かったから。それを理由にして、もう一度だけ、軽く触れるだけのキスを。 「……朝ごはん、食べよっか」 冷めない心の熱を無視して、オーブンからパイを取り出した。その瞬間に広がる甘い香りは、自然とあたしたちを笑顔にさせる。 やっぱり軽く冷めてしまった飲み物と、焼きたてのアップルパイ。それらをテーブルに並べれば、エドは無邪気に喜んでくれた。たぶん、あたしも同じ顔。こんな朝も、たまにはいいよね。 09.05.03.(エドウィンの日) 2009年の503Festivalさまに投稿させていただきました 幸せなエドウィン夫婦が大好きです →back |