逢瀬 | ナノ


逢瀬




 お疲れ様でした、と告げて裏口を出れば、冷たい空気が肌に染みる。春の訪れが感じられる日々が続いていたが、深夜となると話は別だ。今日は早番だったこともあり、辺りはまだ暗い。街灯や店の明かりで道は照らされているものの、人工的な明かりだけの道は、やはり少しだけ心もとない。
 とはいえ、夜の仕事を始めたのはつい最近のことではない。もう、かれこれ1年近くになる。いろいろと問題が起きることもあるが、同僚とともに楽しく働く日々を過ごしていた。
 表通りとは異なり、裏はこの時間ともなるとしんとしている。静まり返った路地裏に、「よォ」と男の声が響く。
「銀さん……」
 愛用の原付に跨がった銀時が、そこにいた。仕事用ではない、本当の笑顔を見せながら近付いていく。棒付きのキャンディーをくわえた彼は、同じ物を私に投げてよこした。
「お疲れさん。新八から早番だって聞いてな。今帰りだろ?送ってく」
「あ、待って」
 彼は以前から、迎えに来てくれることがあった。近くで飲んでいたから。私が酔いつぶれて店の人に呼び出されたから。一緒にお店で飲んでいたから。理由は様々だったが、どこまでが偶然なのか、帰りを共にする機会は少なくなかった。ただ、今は違う。
「……暖かくなってきましたし、少し歩きません?」
 はじめは驚いた銀時も、納得したかのようにうっすら口元に笑みを浮かべた。それは一瞬で、下手すれば見逃してしまいそうなものだったけれど。
「……原付って、押すとけっこう重いんだぜ?」
「あら、もうご老体?お酒控えた方がいいんじゃありません?」
「違いますうー、銀さんまだまだ若いですうー」
 そんなたわいもない話をしながら、二人並んで歩く。不思議と、さっきよりも寒さを感じない。
 彼と会うのは久しぶりだ。相変わらずニートのような生活を送っているにもかかわらず、なぜか一週間近く会うことができなかった。関係が変わるというのはおそろしいことで、以前は平気だったことが平気じゃなくなることもある。たとえば、たった一週間会えないだけで、寂しいと感じてしまうことだとか。以前は何かと理由をつけて迎えにきていた彼が、理由もなく来てくれることだとか。
 せっかく久々に会えたのだから、少しでも長く一緒にいたい。だけどそんな言葉を素直に言えるはずもなく、歩くという行為でそれを暗に促した。あの表情を見る限り、わかってくれたのだと思う。「寂しかった?」なんてからかってこないのは、きっと彼も同じ気持ちだからだ。
 手を繋いで歩くということはほとんどしない。今は原付があるからもちろん、そうじゃなくても、だ。いい歳こいて、なんて考えているのだろうか。かといって、私から手を繋ごうとすることもない。だって、今さら照れくさいもの。
 ……ただ、それでも一度だけ。手袋をしていても意味がないくらい、寒かったあの日だけ。真っ赤になった指先を暖めるかのように、ぎゅうっと握ってくれたのを覚えている。
(あの日も、このくらいの時間だったわね)
 長谷川さんと飲みに来ていた彼は、私の終業に合わせてお店を出た。その帰りのこと、だったと思う。
「……なにニヤけてんの?」
「……そんな顔、してました?」
 お酒のせいだけではなく、嬉しさや恥ずかしさが混ざって火照った頬に、夜の空気がここちよい。下手な客が来なかったおかげで、今日はほどよい酔い方だ。それで、よかった。このここちよい空気を、きちんと刻み付けておけるから。
 身体の中にも、春の暖かさが広がる。胸の辺りがじんわりとするこの感覚は、銀時と付き合い始めてから知った感覚だ。他の人のやさしさを受けたときとは、また違う。たぶん、これが、恋というもので。
 そんなことを考えている間にも、我が家が見えてくる。楽しい時間はあっという間だというけれど、本当にそのとおりだ。一人では長く感じる帰り道も、誰かと歩くとこんなにも短くて。
「そういえば銀さん、明日お仕事は?」
「ないけど。……なに、珍しくお妙さんからお誘い?」
「新ちゃんや神楽ちゃんにきちんとお給料払えるのかっていう話です」
「ちぇ、かわいくねーの」
 送ってくださってありがとうございました。それだけ告げると、くるりと背を向けて戸の前に立つ。
「……」
 特に、何がしたいというわけではなかったけれど。鍵を開けて中に入る、それだけだけど。背中に、まだ彼の気配を感じる。原付のエンジンをかける音もしない。
 ああ、どうしよう。鍵を持ったまま動けずにいる。あっさりと彼に背を向けたはずなのに、本心ではこんなにも名残惜しく思っているようだ。そんな気持ちを認めたくないのか、それともこんな感情を覚えることにいまだに戸惑いを感じているのか、どこか他人事のように自分の感情を分析している。彼は今、どんな表情をして原付を跨いでいるのだろう。
「……っ、銀さん……」
 意を決して振り返ると、すぐ近くに彼が立っていた。そのまま、玄関横の壁に押し付けるようにして唇を塞がれる。
 驚く暇もなかった。ただ、くらくらした。彼の口内が甘い気がするのは、先程まで舐めていた飴のせいだろうか。
(……名残惜しいわけじゃなかったのね)
 先程の分析は、正解のような不正解。答えはもっと単純で、ただ、求めていたのだ。私だけでなく、きっと、彼も。そう自惚れることを許してくれるような、熱っぽさを感じていた。
 ゆっくりと首に腕を回すと、腰に回されていた右腕に力が込められる。銀時の膝が両足の間を割って入り、よりいっそう引き寄せられた。
「ん、んん……っ」
 上手いとか下手とか、他の人と比べようがないからわからないけれど、たぶん彼はキスが上手い。痺れるような舌の熱さは、春の陽気なんて生易しいものじゃない。夏のじりじりとした太陽……いや、それよりも、度数の高いアルコールを摂取したときのような、身体の芯から込み上げてくるような熱。
「ぎん、さん……」
 息継ぎをしながら言葉を紡ぐ。間近で捉えた紅い瞳。このままでは、彼のペースに流されてしまう。
「……ここじゃ、いやです……」
 これが精一杯なのだ、私には。流されてしまいたい気持ちが、心のどこかにあるかぎり。
「……たまには可愛いこと言うじゃん」
 にやりと笑った彼が、私の手から鍵を奪った。




11.04.13.
いつもお世話になっております、のこ様のお誕生日に書かせていただきました
同タイトルの素敵なイラストを参考にさせていただいた上に、イラストをもらってよいとのことで…!
プレゼントのつもりが私の方がたくさんもらってしまいました へへへ
のこさん、おめでとうございます!これからもよろしくお願いいたします!
ページ作りが下手で読みにくくてすみません




























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