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 さすがにこの季節になると、縁側に長居するのは躊躇われる。それは決して遠慮などではなく、単に寒いからという理由で。ちょうどよく「風邪引きますよ」とかかった声に、銀時はそそくさと縁側を離れ、こたつへと潜り込んだ。
 外は、どこからか金木犀の香りがふんわりと漂い、秋を感じさせていた。さすがに室内にまで届くことはなかったが、その香りはまだ鼻をくすぐっている気がする。
 こたつに入ると、自然と背が丸くなる。足だけでなく腕までこたつの中にしまっているからだろうか。向かいに座る女は、相変わらずしゃんと背筋を伸ばしているのだけれど。
「やっぱこたつはいいねェ」
「あらいやだ銀さんったら、親父くさい」
「あー、これでみかんでもあれば最高なんだけどなぁ」
 いつもの悪態を華麗にスルーしてぼやけば、お妙はため息をひとつ吐いて立ち上がった。向かった先は台所。
後ろ姿がそちらに消えたかと思うと、ほどなくして現れる。その手に小さな箱を抱えて。
「さすがにみかんは早すぎです。今は秋ですよ」
 再びきちんと正座して、こたつの上で箱を開ける。ご丁寧に二人分の皿も用意してあった。
「栗羊羹。頂き物なんですけど」
 食べましょう、今お茶も入れますから。そう言って、にこりと笑う。
 こういうやりとりをするたび、おとなしくしてりゃ可愛いのに……と思わざるを得ない。この笑顔だけ見て、こいつの暴力っぷりや口の悪さを想像できるやつは少ないだろう。とんでもない女に惚れてしまったものだ。
 たわいもない話をしながら栗羊羹を食べていると、ふいにカレンダーに目がとまった。明日の日付の下には、小さく『ハロウィン』の文字が印刷されている。それだけだった。なんとなく納得できる光景だ。お妙は自ら誕生日を主張するような性格ではないし、あのシスコンの新八が姉の誕生日を忘れるわけがない、というのが銀時の認識である。二人の性格が垣間見えるカレンダーに、なんとなく笑みが零れた。
「お妙、欲しいもんとかねェの?」
「あら、どうしたんです?急に」
「急にも何も、誕生日だろ。明日」
 当日は、二人きりではなく、新八や神楽も一緒に過ごす。これは彼らも、そしてお妙も望んでいることだった。たぶん、他にも乗り込んでくるやつはたくさんいるだろう。ゴリラとかゴリラとかゴリラとか。だから勝手に、今日は二人で過ごそうと決めたのだ。一方的に家に押し掛けるという形で。
「欲しいもの、ねぇ……」
 特にないというのが一番困るのだが、なんでもいいというわけにはいかない。金銭的な意味でのそれは彼女も含めた周知の事実で、今日はそれを皮肉に言うこともしなければ、適当な希望を言うつもりもないらしい。
(どうしたもんかね……)
 何かあげたい、というのはただのエゴなのだろうか。物で釣るとかそういうことではなくて、日頃の、そして先日の自分の誕生日のお礼も兼ねて、何かあげたい。わざとズズズ……と音を立ててお茶をすする。まあ、好物でも買っておけば間違いないんだろうけど。だけどそれも代わり映えしなくてなんだかなあ……という気持ちが拭いきれずにいるのだ。
 新八や神楽は、何か用意しているのだろうか。いっそのこと三人で何か用意することになれば楽だったのだけれど、あいにく二人も別々に用意しているようで。誕生日パーティーのケーキを用意するのはたしかに自分の役なのだが、それは役であってプレゼントとは違うのだ。何かないかと考えながら、ぼんやりとお妙の顔を見つめる。
 整った顔は、笑顔を絶やすことが少ない。その僅かな瞬間を見逃さないようにしようと思い始めたのはいつだったか。そして、それとはちょっと違う気持ちもときどき沸き上がる。曇った顔は見たくないが、動揺した顔は見たくなる。年相応の、幼い表情。
 銀時の心に、悪戯心がむくむくと沸き上がる。なァ、と言いながら何気なく隣に移動し、お妙の左手に右手を重ねた。
「欲しいもん、ねぇの?」
 お妙は彼の顔の近さにまず驚いて、頬に添えられたものが彼の左手であることに気付くのが遅れた。こんなふうにやさしく触れられることはあまりない。骨張った手に、男の人だなあと感じるのが精一杯で。だから、そのあとに何が起こるか予想できなかったし、何が起こったのかもよくわからなかった。ただ、すぐ傍に銀時の顔がある。
 相変わらず覇気のない瞳。唇にはたしかに感触が残っているのに、彼があまりにも動じていないものだから、頭の理解が追いつかない。今の私は、どう考えても顔が赤いのに。
「……これが、プレゼントだとでも言うつもり?」
「……つもりっつーか、プレゼントなんだけど」
 あんまり酷いこと言うとさすがの銀さんでも傷つくからね、とおちゃらけて言ってみせる。その余裕が、ずるい。
 お互いの気持ちをきちんと確認したことはないけれど、たぶん想いは通じていて。今はまだ、それでいいのだと思う。この距離にもどかしさを感じたことは何度もあるけれど、それ以上に居心地の良さを覚えているのは確かだから。
「……ずるいわ」
 あなたのドキドキした顔の方が、よっぽど貴重よね。そう言って今度は自ら唇を寄せれば、ほら。目の前には、顔を赤くしている彼がいる。本当、らしくないわ。こんなことを仕掛ける私も、たぶん誕生日前日の高揚感に身を任せているだけ。
 満足そうに微笑むお妙に、銀時は思わず「どっちがだ……」と洩らすのだ。重ねたままの手にどちらからともなく力を入れて、銀時は戯れるかのように再び軽く口づけた。先程の栗羊羹のような甘さがするのは気のせいだろうか。
(ああ、せっかくなら彼の気持ちを言葉にしてもらえばよかったわ)
 そんなドラマチックな展開は彼みたいな男に似合わないけれど、憧れる気持ちは今でもある。誕生日は明日。一度だけ、強請ってみるのもいいかもしれない。




10.10.21.(銀妙真ん中バースデー)
妙誕前日の話
こちらは二人だけなのでとことん甘くしてみました




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