また来年 | ナノ


また来年




 先日降った大雨のせいだろうか。数日前は感じられた金木犀の香りが今はなく、見上げればオレンジ色の花を付けていた樹には鮮やかな緑の葉だけが綺麗に残っている。澄んだ青い空と高い雲。それらをさらに鮮やかにするオレンジを見られたのは、ほんの数日間のことだった。
「銀さん、知ってます? 金木犀ってすぐに花が散ってしまうの」
 妙は金木犀が好きだった。その優しく甘い香りも。鮮やかな色も。小さいながらも主張の強い存在が。しかしそれは、夏を象徴するセミの声が一瞬で消えてしまうのと同じように、秋にふわりと訪れて、そしてすぐに消えてしまう。散る時も花の形はそのままで、ただ枝から落ちてしまったような綺麗な姿だ。
 銀時は妙の問いかけに「んー」と適当な相槌だけを返す。まあ、仕方がないだろう。まだ花が咲いていれば、見て、とでも言えたのだけれど。そんなことにももう慣れていて、ため息は出てこなかった。気持ちのいい秋晴れの日に、その程度のことで気分を害していたらもったいない。
 天気がいい。美味しそうな秋刀魚も買えた。明日は新八と神楽も一緒に誕生日の前祝いをしてくれる。それだけで思わず口元に笑みが浮かぶ。
「……おまえ、金木犀好きだよなァ」
「え? ええ、好きですけど」
「毎年、この辺通ると金木犀の話するじゃん」
「……そうだったかしら」
「そうだよ」
 からかうでもなく呆れるでもなく、くつくつと笑いながら楽しそうに話す彼をそっと見上げる。そんなにおもしろいかしら。スーパーからの帰り道とはいえ、そんなに毎年銀さんと通っていたかしら。なんとなく気恥ずかしいような気がして、今度は妙が黙り込む番だった。
 金木犀が好きなのは事実だ。見た目も可愛らしく、香りも華やか。嫌いな人の方が少ないだろう。
「……でも、本当は金木犀じゃなくてもいいんです」
 銀杏でも、紅葉でも、なんでもいい。並んでゆったり過ごせる時間があれば、雨が降ろうと家の中だろうと、本当はなんだっていいのだ。
 素直じゃねぇなァと呆れたように吐き出した銀時は、妙の手を取ると、どこに隠し持っていたのか小さな袋を差し出す。手のひらにポンとそれを乗せられて、少しだけ冷えた大きな手はすぐに離れていった。
 何が起きたのだろうか。思わず立ち尽くしてしまった妙は、呆気にとられながらも銀時の背を追うように慌てて足を動かす。スマートというよりぶっきらぼうという方が正しいだろう。あまりにも不自然で、急なことで、お礼を言うこともできなければ余韻に浸ることもできない。けれど女の子向けの可愛らしい包装とシールリボンは、おそらく間違いなく、自分へのプレゼントなのだ。
 恥ずかしいのか何なのか、相変わらず無言を貫く銀時を無視して、妙はその袋を開ける。中から出てきた小さな缶には、うさぎの絵が描かれていた。少しだけ子どもっぽいそのうさぎは、どことなく、以前妙が貸した傘の柄に似ているような気もする。金平糖でも入っているのかしら、と缶を開けると、すぐに漂ってきたのは先程まで話題にしていた甘い香りだった。
(これ……)
 蓋を閉めてから缶の裏を見ると、商品名は練り香水となっている。驚いた妙は一瞬足を止めてしまい、また銀時との距離が少しだけ開いた。蓋を開けもう一度だけその香りを堪能すると、自然と口元が緩む。
 待って、銀さん。心なしか声が明るくなってしまう。ぱたぱたと軽く駆け隣に並ぶと、覇気のない瞳がちらりとこちらに向けられ、そしてまた前に戻された。浮き足立っている自分とは異なり、彼はもうすっかりいつもどおりだ。少しくらい顔が赤くなっていたらおもしろかったのに。プレゼントのことなんて、まるでなかったかのように、いつもどおり。
「ねぇ、銀さん」
 けれどそれが心地いいと思ってしまうのは、きっとこの香りのおかげ。
「やっぱり、来年も金木犀がいいわ」




18.11.25.
銀妙月間おめでとうございました
実際金木犀の香水をつけている人がいて、残り香だけでも幸せな気持ちになりました




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