幸運のしるし それは、まだIDOLiSH7ができたばかりの頃のこと。オフィシャルサイトのための写真撮影も兼ねて、ピクニックへ行こうとの案が出た。 「ピクニック、ですか?」 「うん。ピクニックというより、親睦会みたいなものだよ。未成年の子たちもいるし、お花見の時期は過ぎてしまったからね」 社長の案に、はあと頷く。確かに、桜の花が咲いていた枝には青々とした葉が茂っており、花見をするには少々遅い。風の心地よいこの時期にピクニックができるのは紡としては素直に楽しみな気持ちがあるのだが、彼らのような年頃の男性も、はたして同じ気持ちになってくれるだろうかと少なからず迷いがあった。 しかし、親睦会は必要だろう。彼らの中にキラキラした可能性を、七人である意味を確かに感じている紡でさえそう思ってしまうほど、今はまだバラバラで、どこか幼い。 「……それに」 口を噤んでしまった紡に、社長は笑みを崩さない。 「人気のアイドルになったら、来年はみんなで堂々とピクニックなんてできないだろう?」 「! はいっ!」 その一言が決め手だった。 目的地は、事務所から数駅のところにある大きな公園になった。有名な観光地のためそれなりに人混みは覚悟していたが、花見の時期よりは多少マシだろう。せっかく天気も良く、この人数で遊びに来たのだ。小さな公園でひっそり過ごすのではなく、思いっきり楽しんでほしい。 大きめのレジャーシートを二枚敷いて、風で飛ばされないように各々の荷物で端を押さえる。小学生にでも戻った気分でわくわくと準備をしながら見回すと、メンバーも楽しそうにはしゃいでいた。楽しんでくれるかなんて、心配する必要もなかったようだ。 (私も、もっと皆さんのことを知らなきゃ……ううん、知りたい) 晴天の下でキラキラと輝く眩しい笑顔に見惚れながら、紡もつられて笑顔を零した。 「あー、腹減った。やっぱ朝飯ないとキツイ……」 「朝飯の時間に降りてこない方が悪い! こっちは準備してたんだぞ」 「そういえば、ピクニックってことはおにぎりとか用意しておくべきだったかな……?」 「あ、それなら私が」 控えめに手を挙げると、七人分の視線が一気にこちらに注がれ思わず挙げた手を引っ込めた。その勢いには怯んでしまったものの、言えることは変わらない。 「えっと……少しですが、作ってきましたので……」 「マネージャーの!」 「手作り!」 「そんなたいしたものじゃないのであまり期待されると……!」 「いやいや、期待しちゃうでしょう」 「なぁ、まだ食っちゃだめ?」 「しゃ、社長と万理さんがまだなのでっ」 買い出しに出た二人は、七人と紡が過ごすための時間を作るためか、まだ戻ってこない。食べるのは、もちろん全員が揃ってからだ。 正直、手作り弁当一つでこんなに喜ばれるとは思っていなかった。アイドルとはいえ、彼らは同世代の男の子だ。こうしてオフの時間を過ごしていると、周りにいる一般の人たちとたいして変わらない。はしゃぐ彼らの様子をちらりと見ながら、男の子だなぁ、とぼんやり思う。もっと気合いを入れて作ればよかった、と少しだけ後悔した。 全員が揃うまではとりあえず自由に過ごしてくださいと提案すると、散策に出たりシートに寝そべったり本を読んだりと、そこにも個性が滲み出ていて思わずくすりと笑ってしまう。紡は鞄からカメラを取り出すと、まずは一枚、シートに日陰を作ってくれている大きな木を撮った。 「マネージャーっていうのも大変だなぁ」 その光景を見ていた大和は、シートに寝そべったまま視線だけを寄越す。ファインダー越しに彼を見つめ、シャッターを切った。 「おいおい、さすがにだらしなさすぎるんじゃ……」 「使うかどうかはさておき、今日は皆さんのそのままの姿を撮りたいんです。それに、オフショットって思っている以上に人気なんですよ」 「そんなもんかねぇ」 そんなもんですと返しながら、横で読書をしている一織も写真に収める。撮ったばかりのデータを確認し、紡は微笑んだ。アイドルとしての彼らはもちろん、こういうリラックスした表情も、やっぱり素敵だ。 「他の皆さんも撮って来ますね!」 「おー、いってらっしゃい」 二人に見送られながら、うろうろと散策に出る。今日は本当にいい天気だ。眩しいくらいの日差し。風で擦れる葉音。人はそれなりに多いのに、都会の喧騒を感じさせない不思議な空間。社長が言う通り、顔が売れたらこんなふうにのんびりみんなで出掛けることは難しくなるのだろう。それでも、たまにはこうしてゆっくりした時間を過ごしたいと願ってしまうのは、贅沢なのだろうか。 しばらく歩いていると、見慣れた背中が二つ、しゃがみこんでいるのを見つけた。 「環さん、陸さん」 呼びかければ、二人は同時に振り返る。ああ、カメラを構えておけばよかった。そんなことを考えてしまうほど、二人の笑顔はぱっと花が開いたように明るい。 「何をしていたんですか?」 紡も彼らと同じようにその場にしゃがんで問う。 「四葉のクローバーを探してたんだ」 言われて足元を見れば、確かに芝ではなくクローバーがたくさん生えている。シロツメクサはもちろんたんぽぽも咲いており、整備されている様子もあまりなく、まさに自然という感じだった。 もしかして、環さんの名前にかけて……? ちらりと彼らの様子を盗み見ながら、そっと指先を伸ばし、少しだけかき分けてみる。昔はそういう遊びもしたなぁ、とつい懐かしくなってしまった。四葉を探したり、シロツメクサの花かんむりを作ったり。 「すごいんだよー、環はもう見つけたんだ」 「えっ! すごいですね!」 「ふふん」 得意げな環と、まるで自分のことのように嬉しそうな陸。二人を見ていると、つられて嬉しくなってしまう。 「もういっこくらい見つかるかなーって、探してた」 「そうですね。一つあると近くにまだあるって言いますし」 「マネージャーも一緒に探そうよ!」 二人からの期待の眼差しに、つい頷きそうになるのをなんとか堪える。一緒に遊びたい気持ちはあるけれど、カメラの重みが意識を現実に引き戻した。食事を始めてしまえば、どうしても写真より食べることと話すことがメインになってしまう。その前に、できるだけ全員の姿を撮っておきたい。ごめんなさい、と理由を告げれば、陸は「そっかぁ」と眉を下げた。 「なぁ、マネージャー」 「はい」 「今日の弁当の中身、なに?」 「へ? あ、えっと……卵焼きと、唐揚げと、かぼちゃの煮物、アスパラベーコンとか……」 「すげー! 楽しみ!」 唐突な話題の転換に困惑しながらも、環の反応は素直に嬉しい。はにかみながら礼を述べると、環は満足げに立ち上がる。 「……マネージャー。手、出して」 「? はい」 手を伸ばしながら立ち上がる紡を、引っ張り上げるように環の手が支えた。 「……あの……?」 正面で見つめあったまま、環の手は離れない。少しずつ込み上げる羞恥心。彼の表情からは、何を考えているのかまったく読めなかった。 「これ、やるよ」 そう言いながら、環は紡の指先に触れた。思わず視線を落とせば、少しだけ喉が乾く。特に何があるわけでもないけれど、なぜだか緊張しているようだ。 ごつごつした指先は、とても丁寧な手つきで。時間にすれば、僅か数秒。小指に結ばれたのは、先ほどの四葉のクローバーだった。 「でも、せっかく見つけたのに」 「いーの。俺はまた見つけっから。りっくん、勝負しよーぜ!」 そうしてすっと彼の指は離れ、何事もなかったかのように、そこにはクローバーのリングだけが残される。紡はしばし呆然としながら、指先に飾られた幸運のしるしを見つめた。四枚の葉が風に揺れる。 (どうしよう……) こんな素敵な贈り物、どうしたって外せない。けれど、このまま皆のところに戻るのも恥ずかしい。 環とクローバーを交互に見ながら、ふと思い立ってカメラを取り出した。青空に翳せば、緑色はとても綺麗に光を浴びる。誰に見せるでもない内緒の一枚を撮り、自然と口元が綻んだ。 18.04.26. 環紡の日なのでふわっと雰囲気話をば Four Leaf RIngってこういうことかと思ったんですけど違いましたね この話の仮タイトルはまんまFour Leaf Ringだったんですが、名曲すぎて拝借するのが忍びなかったのでやめました笑 →back |