ホームメイド・チョコレートパイ アップルパイが好きな夫のために、ウィンリィは月に何度かパイを焼く。様々な思い出が詰まったアップルパイはウィンリィにとっても大切な味で、だからこそエドワードが喜んで食べてくれることは素直に嬉しかった。 しかし今日は、林檎ではなくチョコレートのパイだ。もともとエドワードやアルフォンスが喜んでくれるからとアップルパイはよく焼いていたが、子どもたちが生まれてからは、それ以外のケーキも含めてお菓子を作ること自体は珍しくない。チョコレート菓子、フルーツパウンド、誕生日にはショートケーキ。ただ、アップルパイではないパイを焼くことは、これまでほとんどなかった。 一度だけ、エドワードが旅の土産にチョコレートを買ってきてくれたことがある。なんだか高級そうな包みのそれは、箱を開けるとチョコレート自体にも繊細なデザインが施されていた。リゼンブールでは見かけることすらできないもので、なんだか宝石箱のようだと思った覚えがある。シンプルで綺麗な光沢のあるチョコレートも、ナッツでコーティングされたトリュフも、真紅のハート型のものも。箱の中で綺麗に並べられたそれらに、思わず言葉を失ったものだ。 その時に教えてもらったのがバレンタインデーというもので、どこかの国ではチョコレートを渡す日とされているらしい。不思議な文化ね、とその時は思ったが、来年はあたしからあげようかな、なんてこともぼんやり考えていたものだ。もちろんイベントごとには疎い彼らがその日のためにわざわざ帰って来るはずもなく、しばらくするとウィンリィも日付を忘れてしまっていたのだけれど。その間に、彼らがちょうどその日に帰ってきていたのかは覚えていない。 バレンタインデーというものを思い出したのは本当に偶然だったのだが、今はエドワードと家族になって、もう渡すことも容易い。買ってくれたような立派なチョコレートは作れないけれど、ゆっくり家族で食べられるお菓子を用意することはできる。 「ママ、なにしてるの?」 「今日のおやつを作ってるの」 「やった! あたしもたべる!」 「うん。……あ、そうだ。一緒に作ってみる?」 パパにあげる分だよと言えば、娘はさらに目を輝かせた。 冷やしたチョコレートのパイと、娘が丸めた少し歪なトリュフ。それから、熱いコーヒー。 「……なんか、今日豪華だな……」 テーブルに並べられたそれらに、誕生日でもないのに、と少し慄いた様子のエドワードの手を、娘が得意げに引っ張った。息子も後ろからついてくる。 「あのね、今日はチョコレートの日なの!」 「チョコレートの日?」 「昔、エドがお土産にってチョコレートくれたでしょ? どこかの国の文化だって言ってなかった?」 「あ……あー、あれか」 子どもたち用にジュースを注ぎながら言えば、よく覚えてるなぁと感心されてしまった。ウィンリィも偶然思い出しただけで、覚えていたわけではないのだけれど。それでも、ようやくお返しができたことになんとなくほっとした。この様子だと、エドワードもその後は忘れていたのだろう。 いただきますと声を合わせ、切り分けたパイを四人で一斉につつく。ぱくっと一口。生チョコのガナッシュが、口の中で蕩けていく。パイ生地はしっとりしていて、アップルパイを焼いた時とはまた違う食感だった。 「美味いな、これ!」 真っ先に口にしたのはエドワードで、そういう子どもみたいな反応が、ウィンリィの心をくすぐる。 「パパ、こっちもたべて! あたしがつくったの!」 「おお、すげーな」 そのあたたかな光景に、ウィンリィは目を細めた。エドワードが父親になるなんてあの頃は想像もできなかったけれど、いざそうなってしまえば案外板についているようだ。自由に世界を飛び回っているところは好きだったけれど、こうして家族として近くにいてくれることは正直うれしい。口には出さずとも、彼なりに「家族」の在り方を考えてくれているからこそだと思う。 「……ウィンリィ、あのさ」 「なに?」 ぼんやりと物思いに耽っていたウィンリィは、エドワードの声で意識を戻す。 「チョコ、他にもあげた奴いる?」 「は? いるわけないでしょ」 「だよな……」 唐突な質問に、ウィンリィは眉を顰める。子どもたちが無邪気におやつを食べる中、二人の間には微妙な空気が流れた。 「なんで?」 「……」 エド、と僅かに語気を強めれば、ようやく観念したのかため息を吐く。 「バレンタインってさ、東の国では女の人が好きな人にチョコを贈る日らしいんだよな」 「……は? え? あんたそんなこと言ってなかったじゃない」 「あの時は知らなかったんだよ! 後から何かの文献見た時に偶然知ったんだ!」 「ええー、嘘っぽい……」 エドワードの真っ赤な顔を見ていれば、なんとなく本当なのかなとは思う。それに、知っていたら最初のチョコレートだってくれなかったような気がする。長年付き合っていれば、そのくらいの性格は把握している。けれどあまりにも都合が良すぎるだとか、なんで今更そんなこと教えてくるんだとか、どうしても文句ばかり浮かんでくるのだ。彼の言い訳を認めたくないくらいに。 「来年も、貰えたら嬉しいんですが」 「……わかった。毎年ちゃんと作ってあげる。ただし、あんたも貰えるように努力すること!」 「ハイ」 そんな乱暴な約束を取り付けたって、エドワードは呆れない。初めての正しいバレンタインデーは、やっぱり未だに「可愛くない女」だった。 18.02.14. アメストリスにバレンタインがあるかは別として兄さんなら東の国のイベントのことも知ってるかなと思ってバレンタインはエド→ウィンにしがちです …が、つまり翌年以降はウィンリィさんもバレンタインを知っているわけで…?という エドウィンを好きになって10数年、今更イベントごとでネタができるとは思いませんでした うれしい →back |