3時間 | ナノ


3時間




 新八と神楽に追い出された。3時間くらい出ててください、と、理由も何もなく追い出された。自分の家を追い出される家主ってなんなんだ。そう思ったものの、なんとなく察しはつく。
 新八が買い物袋にパンパンに食材を詰めて帰ってきたこと。神楽がこそこそ色紙を使って何かを作っていたこと。そして、今日は10月10日。
(誕生日、ねぇ……)
 自然と口の端が上がる。そこまで誕生日を祝ってほしいとか、そういう気持ちがあったわけではないけれど。だけどやっぱり、祝ってもらえるものはうれしい。たとえこの歳になっても、だ。だってほら、心は少年のままだし?誕生日って言ったらあれだろ、ケーキが定番だろ?あいつら、でっけーケーキでも作っててくんねーかな。
 そんなことを考えながら、かぶき町をぶらぶらと歩く。いつもとなんら変わらない風景だ。誕生日だからいつもと違って見える…なんてことはあるはずもない。
 それにしたって、一体どうやって時間を潰せばいいのだ。金がないのだっていつもどおりなのに。ふと思い立って、手の中にある小銭を確かめる。
「……ま、ダッツ2つ分くらいの金はあるか……」
 どうして俺の誕生日なのに、俺が甘いものを用意しなくちゃいけないのだろう。可笑しいような気もしたが、相手が相手なんだからしかたない。予告もなく、手土産も持たずに行くのはおそろしい。誕生日だから、なんて言い訳が通用する相手でもないし。行き先がそこしか思いつかなかったのはこの際置いといて、さっさとコンビニへ行こう。
 どうして女は期間限定に弱いのか。その心理はわからないが、迷わずそれを買ってきた。そうすれば女は笑顔を浮かべて、茶を用意してくれるのだった。アイスは冷凍庫にしまわれたけど。
「ちょっと溶けかけてたので。冷やしてから食べましょう」
 ちょうど先日、お団子をもらったの。代わりに添えられたそれに、さっそく手を伸ばす。あんこのやわらかい甘みが口いっぱいに広がって、しあわせだ。
「本当、しあわせそうですね」
「そりゃ、こんな美味い団子食べれば誰でもしあわせになるって」
「そんなにおいしいですか?」
「ああ」
「それならよかった」
 そう言うお妙がうれしそうに笑うものだから、もしかして……と思う。もしかして、俺のために買っててくれた?そんな、自意識過剰ともとれる考え。ぽろっと口に出してしまいそうになるのを、必死で堪えた。
(どっちでもいっか……)
 俺はここに来る約束なんてしてなかったし、誕生日だってことも言ってない。だけど新八は話していただろうし、本当に偶然、誰かから団子をもらっただけかもしれない。なんだって、いいんだ。団子の甘さが、気持ちをほんのり穏やかにさせる。
 たわいもない話をして、茶を飲んで。こんなふうに穏やかに過ごすのも、悪くないなと思う。特にこの女……お妙が正面にいるときは。
 口も手癖も悪いけど、顔だけ見れば美人なんだよ。だから、こうしてゆっくりしてる時間が似合う。……というより、害がなくていい。
「銀さん?」
 丸い目をこちらへ向けて、どうしたんですかと尋ねてくる。なんでもねーよ、と答えれば、もうボケが始まったんですか、なんて。ああほら、始まった。
「いや、ボケてないからね。銀さんまだ若いからね」
「若いって……銀さんが何歳か知らないけど、私より一回りくらいは上でしょう?」
「そうだけどよォ、俺だって……」
「……また、一つ歳の差が開きましたね」
「え……?」
「知ってますよ。前に言ってたこと、覚えてます。……今日、誕生日でしょう?」
 おめでとうございます。その、たった一言が紡がれる瞬間。まるで、周りの音が消えたように感じただなんて。
「……おう」
 いつものように気のない顔で、頭をがりがりと掻きながら。そういや、まだ誰にも言われてなかったな……そのことに気付くと、なんとなく照れくさかった。相変わらずお妙が笑顔を浮かべているのがわかって、なんとなく逸らした視線を戻せずにいる。
「新ちゃんたちに追い出されたんでしょう?」
「ん?ああ……」
「ふふ。張り切ってたわ、二人とも」
 かわいいですよね。別に何もしなくたっていいのによ。でも、うれしいでしょう?……ケーキ、あればな。……素直じゃないのね。
 団子はすでになくなっていて、皿には串だけが残っている。口元が寂しくて、手も寂しくて、ついついそれを持って無意味に揺らしていた。
「ああそうだ、銀さん。私からもプレゼントがあるんです」
 おもむろに横から出したのは、重箱。嫌な予感しかしない。銀さん甘いもの好きだから砂糖を多めにしたんですぅ、とか言うんだろどうせ。
「銀さん、甘いもの好きでしょう?特別に砂糖を多めにしてみたんです」
「やっぱりだよ。絶対そうくると思ってたよ。悪いけど重箱見た瞬間から中身わかってたから」
 彼女が蓋を取ると、案の定そこには真っ黒な暗黒物質。砂糖が多かろうが関係ない、かわいそうな卵だ。ベタすぎて叫ぶ気も起きない。
 それでも、今日だけは食べた方がいいような気がした。一応、俺の誕生日のために用意してくれたわけだし。いやでもここは俺の命の安全を選択するべきか……
(どうしてこう、同じ笑顔なのに背景がどす黒く見えるかねぇ……)
 禍々しいものが見える気がする。それは例の暗黒物質から出てるだけで、お妙は純粋にきらきらした笑顔を向けてるのかもしれないけど。どっちにしろ、今の俺には悪魔だ。
(……でも)
 箸、伸ばしちゃうんだもんなぁ。つくづくお人好しだと思うよ、我ながら。
 卵焼きだと思われるものは、いつもより砂糖が多いらしい。が、もちろんそれがわかるほどの味が残っているはずもなく。言葉にできないというか口がきけない。俺生きてる?誕生日が命日になってない?そんなことを思いながら、かろうじて残っていた茶とともにそれを飲み干す。
 笑顔で感想を待つお妙。にこにこ、なんて擬音が聞こえるんじゃないかってくらい。
「……天才だよ、おまえ」
 そりゃあもういろんな意味で。心からそう思うわ。
 お妙はそれを聞いていたのかいないのか、とにかく気にした様子もなく食器を片付けようと立ち上がった。その腕を、唐突に掴む。
「……銀さん?」
「……ちょっと、付き合えや」
 ファミレスでも甘味処でもどこでもいい。外で口直し、だ。
(それがお妙からのプレゼント、ってことで)
 俺の考えなんて知る由もなく、お妙はまじまじと掴まれた腕を見つめる。それと俺の顔を見比べるようにしたあと、すんなり了承の言葉。誕生日くらいデートの相手になってあげます、なんて、かわいくないセリフ付きで。



 ぶらぶらと、再びかぶき町を歩きながら。相変わらずいつもどおりの景色だけど、隣にはお妙がいて。どの店がいいかを考えるのは、少しだけ楽しい。
「でも、新ちゃんたちがご飯の準備をしてくれてるでしょう?」
「糖分は別腹なの。大丈夫だって、そっちもちゃんと食うから」
「……まあ、そうだとは思いましたけど……」
「……なあ」
「はい」
「……おまえも来るんだろ?このあと」
「え……」
 たぶん、いつもより少しだけ飾り付けられた万事屋。いつもより、少しだけ奮発した食事。人数は、多い方が楽しいに決まってる。
 お妙は迷っているようだったが、とりあえず店に入って、甘いものを食べて、笑って。そうして残りの数十分を過ごしたら。そのあとはきっと自然に、二人で万事屋に帰るのだ。




10.10.10.(坂田銀時誕生日)
何を思ったのか糖分王の誕生日に糖分控えめに挑戦してしまいました
結構後悔しているので来年こそは甘い話を…!




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