シークレット・サマー いつもどおりののんびりとしたオフを過ごしたことに満足して、二階堂大和はゆっくりと目を開けた。オフとはいえ昼近くまでは仕事があり、ようやく帰ってきてビールを飲んで。一息ついたつもりが、気付けばどうやら寝ていたらしい。時計は20時を示していた。 (あ、やべ。買い出し行くか……) この時間であれば、まだ他のメンバーは仕事のはずだ。あいつらが帰ってくる前に、食料を増やしておかないと。ついでに自分用のビールも。 大和は身体を起こし、のろのろと着替え始める。近所のスーパーに行くのだから、部屋着であろうとたいした問題はないであろうが、そうも言っていられないのがアイドルである。バレないように、けれどバレても問題のないくらいに。あまりだらしのない格好はしない方が良いだろう。 それでも暑さに負けて、足元はサンダルだ。足をつっかけるだけの簡単なもの。鍵と財布をポケットにしまい、ガチャリとドアを開けた。 「あ」 「……あ」 ドアを開けた瞬間、ばったりと出くわしたのはマネージャーだった。色素の薄い髪は後ろで軽くまとめられ、襟ぐりが広めのカットソーのおかげで、珍しく首元が露になっている。お出かけですか?と小首を傾げる彼女に向かって「うん」と頷きながらも、うっすらと汗の粒が浮かぶその首筋を見ていた。 「あいつらが帰ってくる前に、買い出し」 「そうでしたか。……じゃあ、私も一緒にいいですか?」 みなさんに何か差し入れをって思っていたんです。 大和にその申し出を断る理由はなく、再び彼女に向かって頷いた。夜の散歩デートっていうのもいいねぇ、なんて誤魔化すように呟けば、珍しく返ってきたのは同意の言葉。もう、この程度の冗談じゃ動揺してくれないらしい。 一歩外へ出れば、むわっとした空気に思わず顔をしかめる。最高気温が30度を超える今の時期は、たとえ夜であっても涼しくなる気配がない。それでも、日中の溶けるような暑さに比べればだいぶマシなのだけれど。 (そりゃあ、汗かくよなぁ) 行きましょうか、と背を向けた紡のうなじ辺りを見下ろしながら、大和はぼんやりと考える。彼女のサンダルは、履くのが楽という理由だけで買った自分のものとは違い、シンプルなのに華奢で可愛らしいデザインだった。水色のキラキラとした飾りがついたそれは涼しげで、対称的に深い紅色のペディキュアが映えている。仕事柄、目立つオシャレはできない彼女が、こっそりと足元に秘めていた女の子らしさ。それに気付いてしまったことは、敢えて伝えない。横に並んで、たわいもない話をする。 のんびりと歩く二人の耳に、何やら聞き覚えのある音楽が届く。太鼓の音と、鉦の音。陽気な唄声。 「お祭り、やってたんですね」 聞き慣れたアニメの音頭に、思わず顔を見合わせて笑う。よく見れば周りには祭りから帰ると思しき人々が多く、リングライトを腕に嵌めた子どもや浴衣のカップルの姿があった。 「マネージャーは浴衣持ってんの?」 「持ってますよ。昨年は着る機会がなかったですけど」 「へぇ。何色?」 再び、紡のうなじに視線をやりながら問う。そんなふうに髪を結い上げておめかしするのか、と浴衣姿はなんとなく想像しやすかった。 「紺色で、紫陽花柄です。白地に金魚もあったんですけど、ちょっと子どもっぽいかなって」 「いいじゃん、金魚。可愛くて。まだ10代なんだし」 「……大和さんは、大人だからビールでしょう?」 あんなふうに、と示された先には、ビールを片手に歩く男性の姿があった。 「あー。いいねぇ、祭りでビール。お兄さん、もう金魚すくいとか盆踊りではしゃぐ齢じゃないからさ」 「そうですか? 男子タルモノ!のユニットのとき、結構楽しそうでしたけど」 「……まぁ、あれはね」 曖昧に返せば、それすらお見通しだとでも言うかのように、彼女は笑う。 ゼロアリーナでのこけら落とし限定で結成されたユニットは、どれも新鮮で楽しいものだった。中でも自分たちのユニットは曲名のとおりお祭り騒ぎで、そんなところに八乙女が加わる異色感もあり、なかなか好評だったと聞いている。あれからもうしばらく経っているけれど、祭りという言葉を聞くとぼんやりと思い浮かべてしまうくらいには、きっと自分も楽しんでいた。 「……ちょっとだけ、寄って行きます? お祭り」 「え?」 マネージャーからの意外な提案に、思わず間の抜けた声が出る。交錯した視線の先、深い色の瞳には、微かな好奇心が滲んでいて。普段大人に交ざって仕事をしていても、やっぱり子どもなんだよなぁと考えずにはいられない。 歩を進める度に盆踊りの音頭は大きくなり、がやがやと周りの人の声も増えてくる。辺りはすっかり暗くなっているのに、提灯の灯りでその一部だけがやけに明るい。 (まぁ、行きたくもなるか) 自分だって、この空気感は嫌いじゃない。ユニットではしゃいでいた自覚があるのだから当然だ。それなのに、ましてや二人でこっそりと夜の祭りに行くだなんて。今度こそ、本当にちょっとしたデートのようで、それはとても魅力的な誘いだった。 たとえば、ここにいるのが自分ではなくナギやタマであれば、きっと自ら彼女を誘うのだろう。リクもまぁ、自然にとはいかなくても、一緒に行きたいと言えるのかもしれない。ソウも、案外そういうことしてそうなんだよなぁ。 気付けば考えるのはここにいない面々の顔ばかりで、そんな自分に苦笑する。自分にだって、誘えないわけではない。けして、彼らに遠慮しているだとか、そういうことでもないのだけれど。 「……いや、祭りはパス。さっさと帰ってソファでゆっくりビール、かな」 「…………」 「つまみ作ってよ、マネージャー」 「……あの。それは、いいですけど……」 「けど?」 感じる戸惑いの視線をあえて無視して、交わすことのないまま、触れた小さな指先に意識を向ける。少しだけ汗でしっとりとした指先には、少しでも力を込めたら逃げられてしまいそうな緊張感があった。 だから、触れるだけ。逃げてもいいよと、掴まえはしない。 「そういうところが、ずるいんですよ……」 「いいんだよ、男はずるいくらいで」 その言葉が引き金になったのか、触れていただけの指先を、逆にそっと掴まえられる。まったく、ずるいのはどっちだか。そんな彼女を盗み見れば、もうこちらを見てはいない。なんてことないように振る舞いながらも少しだけ頬は紅く染まっていて、強がる姿はやっぱり可愛らしかった。 「スーパーに着くまで、ちょっとだけ。な?」 「ちょっとだけ……」 熱で浮かされたかのように、ふわふわと彼女は同じ言葉を反芻する。 「そうですね。ちょっとだけ」 祭りを楽しむ人々の目に、きっと自分たちは映っていないから。祭りよりも贅沢な、近所のスーパーまでの道のりを、二人でゆっくりとただ歩く。喧騒が近付くにつれて静かになる自分たちは、きっと帰ってからの時間に意識を向けていた。 17.8.1. 書いている途中で、そういえば大和さんの夏のラビチャ開いてないなということに気がつきました いろいろと矛盾してたらごめんなさい やまつむは特別なことをするより平凡な生活の中に小さな幸せがあるといいなと思っているので、祭りに行かない祭りネタです →back |